22話 賢者の懸念
若き皇王ロベルト・エリウセリアはバルコニーに駆け寄ってくると、都に突き立つ巨大な氷の柱を見て顎を落とした。
「あれぐらいならインパクトがあるだろう?」
僕が片頬を釣り上げながらそう言うと、彼は大仰に溜息をついた。
「…………ありすぎですよ……賢者様……」
ようやく口を閉じたと思えば、絞り出すように答えが返ってきた。
いいことじゃないか、なにをそんなに疲れているんだ……?
「いい感じに派手ね。それに、あの魔法の氷って確か溶けないわよね?」
「壊れもしないよ。地下にも深く伸びているから、まず倒れることもない」
「ならきっと、この都の新しい名物になるわ!」
名物というか、象徴になりそうなぐらい目立っている。
「そうだな…………皇王、よかったじゃないか。これで歴史書には違った方向で名が残るだろうさ」
僕がそう言うと、彼は顔を上げると遠い目をした。
「…………ええ……そうですね。……しかし正直、この一刻も満たない間に大きなことが起こり過ぎです……私の心臓がもうもちませんよ」
それは困るな、これから頑張ってもらわねばならないのに。
「ここで倒れられても困るな。君が正しきを為し得なかったならば……この都のすべてが、あのように氷に閉ざされることになってしまうというのに……」
「……はっ!?」
実際にそうなる可能性は、ほぼないだろうけれど……。
こう言っておいた方が、彼は馬車馬のように働いてくれるだろう。
……決して脅しているわけではない、彼の誓いが万が一果たされなかったときの話だ。
「け、賢者様、そ、それはまことで?」
彼は、顔を唇まで青ざめさせて言った。
しかし、この程度のことで精霊に手を出せばどうなるか『知って』もらえたかどうかで言えば疑問が残る……。
そういった匙加減を計るのは、とても難しい。
しかし、また同じようなことをしでかす輩など、出てきてはならないのだ。
「僕は、嘘は言わない。精霊に手を出すようなことが起これば、今度はこの都を氷漬けにする」
かつてのあの島国は、たった一人の凶行によって全てが消えたのだ。
都の一つくらいは良い勉強だと思ってほしいところだ。
「……氷に閉ざされた都、結構きれいかもね」
ウェルティナがその光景を想像したのか、そんなことを言った。
それってゴーストタウンとか、廃墟を見るようなものだと僕は思うのだが……。
もちろん、人身売買組織だって間違ってもいい気分にはならない存在だ。
だが僕にとって最も優先されるのは、精霊のことになるが。
そもそも、今回僕たちが保護した子たちなんて全体にしてみれば僅かなものである。
ただ偶然に精霊と同じ場所で監禁され、僕たちと出会っただけだ。
そうした違法組織の検挙は、この国がやるべきことであり、彼らの努力においてできることなのだから。
死にもの狂いでやってほしい。
「……なに、ロベルト・エリウセリア。君が先ほどの誓いを守ればいいだけの話だ。そしてできれば今日のことを、皇王家の秘伝にでもしてくれるといいな」
「は、はあ……」
そして、彼は首をゆっくりと振ってから言う。
「私は、大きな責任を負ってしまったのですね」
その言葉は、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
「力を得たのならば、責任もまた生じる。それに、今まで君が背負っていたものに少し追加されただけのこと。そうじゃないか?」
彼は元から、一国の元首なのだから。
「……そのとおり、ですね」
彼は言葉の最後に深く頷いた。
そこで、僕たちの間に言葉は途切れる。
バルコニーにて、雲一つない澄んだ青空と二本の輝く氷柱を見ながら、ただ静かに風を浴びていた。
これで、精霊にまつわる問題は終わった。
ただ、僕には一つの懸念事項があった。
――どこを探しても、精霊を捕らえていた部屋に施されていた魔法陣の情報が出てこないのだ。
それについて記した文書はなく、それを行った魔術師もいなかった。
というか、誰があの魔法陣を設置したのかすらも不明だ。
関係者の記憶を覗いても、誰がやったのかということが抜け落ちている。
どうにも、歯になにか挟まったような気分がしていた――。
そこで突然、ウェルティナが声を上げた。
「あっ、そうだ。ねえ、あの子の里のことは訊かないの?」
あの子……? ああ!
僕はロベルトに尋ねる。
「そうだ、皇王。実は僕たちが保護した子供のなかに、ドワーフの少女がいてね。この大陸にあるドワーフの里について、なにか知らないかい?」
考え事は後にして、まずは目の前の問題から片づけていこう。
次回こそ、ガールズサイド。
次々回で、合流を目指す。
はあ、女の子成分をタイピングしないとつらい。
これからも拙作をよろしくお願いします。




