21話 賢者の協定
床にまき散らかされた大量の書類には、人身売買のみならず危険物として禁制品指定されている物品の取引や違法な金利の金貸し業など、ありとあらゆる無法が記されていた。
そしてなによりの問題は、僕の突きつけた一枚の契約書だ。
そこには皇族と大きな取引をもっていることが書かれている。
もちろん、その取引内容は法に則ったまともなものだけだ。
だが似たような文書は数多くあり、調べれば数代にわたって皇王家と誼を結んでいることが分かった。
それが、僕たちがここに来た理由。
僕は、皇王ロベルト・エリウセリアに問わねばならない。
「君は……いや、皇国は、この腐りきった事実を容認しているのか?」
皇都という、おひざ元で。
御用達という、近しい間柄で。
これだけ法から逸脱したことを行っているのだ。
まず初めに疑うべきは皇王がグル、もしくは見て見ぬふりをしているかどうかだ。
なにより商会の無法の記録は、丁度この男が皇王になる数年前から始まっている。
疑わしきは、多々あった。
今度は僕が、ロベルトを真っ直ぐに見定めた。
その整った顔を青く染め、驚愕に目と口が開いている様子が嘘ではないかどうかを。
……もし、これが演技だったら相当な役者だな……。
そんなことを思いながら、数呼吸の後。
彼は、ようやく口を閉じ、ゆっくりと大きく頭を振った。
それが僕の言葉を否定するものなのか、受け入れがたい現実に直面したためなのかは分からない。
答えを待つ僕たちに、彼はしっかりと目を合わせて言った。
「…………いえ、まったくもって知り得ぬ事実です。まさか彼らがこんなことを……」
「皇王、および皇王家には関わりがない、と? ならば、君はこんなにも好き勝手に法を犯す輩を暢気にのさばらせていたというのか?」
法とは、国の威信である。
そして支配者のいる国における国の威信とは、そのまま支配者の威信と言える。
つまり、法を軽視するのならば支配者を軽視しているのだ。
平たく言えばその場合、支配者はナメられている。
今回の件で言えば、ナメられているのは目の前の若き支配者だ。
しかし、果たしてなぜそのようなことになっているのか。
彼は顔を苦渋の色に染め、天を仰いだ。
「……返す、言葉もありません……すべては、私の不徳の致すところなのでしょう……」
彼は、僕たちに語りだした。
「……すでに知っているかもしれませんが、私の父である先皇王は突然に死去しました。私は若輩の身にて、この皇王位を継承したのです。それが、歯車が狂いだした瞬間でした。突如として背負うことになった重責に対して…………私にはあまりにも才覚がなかった。腹心の者もおらず……臣下の心は離れていったのです。…………おそらく私は、歴代でも最も非力な皇王として歴史書に残るでしょう……」
ロベルトは目を覆って、沈痛な溜息をついた。
彼は、本当に商会の闇を知らなかったようだ。
……そしてなんというか、難儀しているんだな。
思わず憐れんでしまうぐらいに、彼の背中には哀愁が漂っていた。
しかし、それほど悪い人物にも才覚に乏しすぎるとも見えない。
後ろ盾がいない、パッとでの若き支配者である。
ただそれゆえに、侮られたのだろう……。
だが侮られることに関しては、僕も一家言を持っている。
そこの部分、彼にとって不服だろうが少しばかり親近感を感じてしまった。
「力がないならどうするというの、このまま見過ごすのかしら?」
ウェルティナの言葉に、彼は力なく笑った。
「……どうしたものでしょうね。今回の彼らに関しては、この資料があれば裁きにかけることは容易いですが……。問題は、これほどの悪行がやすやすと行われ、かつ発覚していなかったということです。……どう考えても、権力をもつ何者かの関与があるはずです。その悪しき根は、どれほど広がっていることか……それを根絶やしにするのは難しいかと」
その通りだな。
どんな商売にしても、売り手がいるなら買い手が必ずいる。
商売の規模が大きければ大きいほど、多くの者の目につき耳に入るはずなのだ。
これほどの悪行ならば、普通はどこかから漏れる。
発覚し、彼の耳に入っていなければおかしいだろう。
……そこまでに、情報をもみ消せる存在がいなければ。
彼の語るところによるならば、確かに彼がそれらを見つけ引きずり出すのは難しい。
だがな、ウェルティナにそんな詭弁は通じないぞ。
「なに言ってるのよ、そんな奴ら絶対に根絶やしに決まっているの!!」
――根絶やしどころか、なんなら土ごと入れ替えればいいのよ!
ウェルティナはそう述べた。
そんな無茶な言葉に、ロベルトの顎が落ちる。
そして僕の方に助けを求めるように視線を向ける。
しかし、僕は彼の縋るような眼差しを切って捨てるように頷いた。
残念だが、僕も今回ばかりはウェルティナの言葉の通りに思っている。
直接的ではないとはいえ、あの商会に与したのだ。
だから、彼らは僕の敵だ。
僕の敵となるということを、骨の髄まで刻まなければならない。
それに、ウェルティナの言うこともそれほど間違っているわけではない。
――根本から、土台から変えてしまえばいいのだ。
「……そんな、不条理な。……っ、もしや賢者様たちが協力していただけるのですか……?」
ロベルトの目に、光が灯る。
「いや、やるのは君でなければならない」
そして僕の言葉で、その光は消えた。
しかしそうでなければ、意味はないのだ。
こういう輩は、またどこかから湧いて出てくる。
だが、僕たちはここに居続けるわけではないのだから。
彼のもとで、彼の力をもってなさねばならない。
けれど、なにも手を貸さないとも言っていない。
――土台から、つまり彼に力がないと思われている状況を変えればいい。
それだけで、風向きは変わるはずだ。
「だが、僕もこれでハイ終わりとするわけにもいかない。自分たちがどんなものに手を出したのか……少しばかり知らしめようと思っている」
「具体的にはどうするのよ?」
ウェルティナが合いの手をいれる。
「そうだな……皇都に目立つオブジェでも建てようか。ちょうど、必要なくなった土地もあるしね。……ときに皇王、その許可をもらえないか? 建てた後は、それをどう使おうが君の自由にしていい」
そう言って話を向けると、ロベルトは顎に手をやり数秒考えこむ。
そして恐る恐る尋ねてくる。
「…………それを、利用しろと?」
「そうだ。これから起こることは、君のお墨付きで行われたことであるとするんだ。そうなれば必ず、君の皇王としての力は盛り上がるだろう。…………だがそれも、これより君が正しきを為し続けるということが前提条件だ」
僕はそこで言葉を区切ると、さらに魔力を強く吹きあらした。
部屋のすべての調度品がガタゴトと揺れ動き、重厚な執務机すらミシリと唸る。
そして僕は、彼に問う。
「そう、誓えるかい?」
その心に宿す善と悪の天秤を傾けることなく、正しきを為し続けると――――。
「……私には、正しきことなど、わかりません。きっと、これからもわからないままでしょう…………」
ロベルトは震えながら、僕の目を直視した。
僕から見る彼の目には、もう哀しみの影はなかった。
「……しかし私は、この国を愛しているのです。厳しく、貧しいこの国を。……その国を、誤った道を進ませるわけにはいきません。私の子……次の皇王のためにも」
――――だから、こう誓います。私が考え続ける限りの正しきを為していくと。
……そうか、彼には子がいたか。
まあ立場と年を考えれば、いて当たり前だろう。
子のため、孫のため。
人はそういった、自らの後ろを歩む存在がいるだけで強くなれるものなのだそうだ。
彼らのために、人は自らの歩いたところを踏み固めていく。
そうして自分の歩みが停まったとき、その先を彼らに託すのだ。
託された者は、また同じように未知の先行きを踏み固めていく。
彼らがそうしたように、後ろを歩んでくる存在のために。
その連鎖のなかにある者は、とても強い。
なにせ、その連鎖こそ人の営みなのだから。
人というものが生まれた、その瞬間から続くものなのだから。
強くて、当たり前なのだ。
……それゆえに、そこから外れた僕は弱いのだろう。
「なら、その誓いに応えよう……。ウェルティナ、あの商会の捕縛した連中をこの城のエントランスに!」
一つかぶりを振って、気を取り直し僕は言った。
「わかったわ! …………完了よ!!」
ウェルティナの周りに魔法陣が現れて、消える。
しかしこれで、商会とその会長一族の邸宅から人はいなくなった。
今頃、この城のエントランスは犯罪者やら衛兵やら近衛兵やらがみんなして芋虫状態でお見合いしているはずだ。
……なんともシュールな光景だろうな。
僕は体を、この執務室のバルコニーへと向ける。
そして一歩、足を踏み出した。
「≪戻れ≫」
城を覆っていた結界を、解除した。
僕の魔力が、なだれ込む様に都中に溢れ出していく。
歩きながら、僕は魔法を唱える。
「≪その氷は溶けず≫」
――ひんやりとした空気が漂い始める。
「≪その氷は割れず≫」
――僕の周りにキラキラと氷が舞う。
「≪悉くをその内に抱え、閉ざす≫」
――目の前に近づいたバルコニーのガラスが真っ白に染まった。
そのまま、バルコニーに出る。
「≪永久の堅氷≫」
――眼下の都に二つの塔が急速に伸びていく。
その塔は、この城の高層にあるバルコニーに並ぶかそれよりも高い。
しかしてその実態は、陽の光を反射して輝く氷の柱だった――。
これからも拙作をよろしくお願いします。




