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停滞の賢者  作者: 楯川けんいち
囚われの精霊編
33/76

3話 賢者の唾棄

 僕たちは、アイラの作ってくれた昼食をとった。

 

 食事を終えると、いつもと同様に僕が魔法で食器をきれいにする。

 

 毎回アイラは、それを哀愁を帯びた目で見つめた後、食器を片付ける。

 そろそろ水も手にやさしくない冷たさだから、洗わなくていいのは素晴らしいことだと思うんだけど……。

 あの目は何を思っているのだろうか?

 さっぱりわからない。

 

 そのアイラが、お茶を用意して戻ってきた。

 さあ、話の始まりだ。


「そういえば、風の精霊様と師匠はどうして知り合ったのですか?」


 まず、クレアがそんなことを聞いてきた。

 本題には関係ないが、話の滑りとしてはいいか。

 

「それは……」


「かたいよクレアー、ベーチェルでいいってー。それで昔ねー、ぼくは賢者とウェルティナ姉さんに助けられたんだよー」


 ベーチェルはまたしても、僕の言葉に被せるように発言する。

 相変わらずのマイペースぶりだ……。


「もうずいぶんと昔の話よ」


 呆れる僕を放って、ウェルティナが肯定を返す。

 

「へえー、そうだったの! どういう風に?」


「そう、始まりはあるダンジョンでぼくが……」


 クレアが目を輝かせてベーチェルにせがむ。

 それに対してベーチェルは、その小さな胸を張って話し出す。

 

 だが、そこに僕は割り込む……。


「君の話は長いから、そのへんは今度にしてくれ」


「なんだよー、これからが大スペクタクルのはじまりなんだよ?」


 だからだよ……。

 クレアも頬を膨らませて、なぜそんなに不満げなんだ……。

 

「僕に聞かせたいって話はそれじゃないだろう?」


「……ああ、そうだったねー」


 ベーチェルは虚を突かれたような顔をすると、ゆっくりと顎に片手を当ててから言った。

 いま、絶対忘れていただろ。

 

 彼女はそのまま変わらない口調で、致命的な言葉をつづけた。


「そうそう、この前なんかねー。人間がぼくたち(せいれい)を捕まえたとか聞いたんだよ」


「なんですって!?」


 ウェルティナが叫ぶ。


 ……!

 

 僕も声こそ出さずに、けれど確かに心臓が跳ねた。

 

 人が精霊を捕らえた。


「それが本当だとすれば、なんと愚かなことを……」

 

 僕は真偽を確かめなければならない。

 

 ベーチェルへと食い掛かるように問う。


「ベーチェル、それはどのくらい前だ?」


「そうだなー、それから寄り道しないように、ここに向かって十日くらいたったかなー。……うん、寄り道してないよ。ちょっと鳥と競争したり花畑で遊んだりなんてー、してないしてない」


 ベーチェルの目が泳いでいる。

 寄り道しまくりだな。

 

 そうすると、概算で六日から八日くらいか……?

 しかし、風の精霊であるベーチェルの最高速度はこの大陸を四日で縦断するほどだ。

 それだと、該当範囲が広すぎる。


「それは、どんな場所で聞いた?」


「うーん、雪が降ってたよー。遊びながら飛んでいたからー、よく憶えてる」


 精霊が具体的な場所を指すはずもない。

 しかし雪か、良い情報だ。

 秋口に入るころに雪が降る場所。

 

「聞いた相手はどんな奴だった?」


「雪の中をトロトロ走ってた馬車から聞こえたんだよー。その馬がねーすごい毛が長くてふわふわだったんだー」


 なおかつ馬車が走り、毛の長い馬がいる。

 

 高山ではない。

 そして、そんな馬がいる台地もない。

 なら候補は……。

 

「北の大陸……」


 おそらく、だが。

 しかしベーチェルの移動距離としても妥当。

 

「正解でなくとも、行く必要があるな……」


「師匠、どういうことなのですか? 精霊様を捕らえるなんて道理に外れた……。そもそも、そのようなことが可能なのですか……?」


 クレアが訊ねてくる。

 

 一般的に、精霊は信仰の対象であったりするほどに神聖な存在だ。

 普通の人間は手を出すことなどありえない。

 そして、精霊の力は強大だ。

 人が尋常(じんじょう)の手段で捕らえることなど不可能と言っていい。

 

 だが、尋常でない手段なら……?


 僕には、心当たりがあった。

 その唾棄(だき)すべき所業に。

 

「……時に人は、線引きを踏み越えてしまう。それがどのような禁忌だとしてもだ……!」



 そしてそれは――どうしようもなく愚かしいことに――『知って』いるかどうかに関わらないのだ。

 

 その行為が、どのような悲劇を起こすのかということを。


 『知って』いても、自分はそうはならないと高をくくる。

 『知って』いなければ、なおさら根拠のない自信をもつ。

 

 踏み越える人間というのは、そういうものだ。

 

 

 僕の言葉から、尋常でないことが起こっていると察したのだろう。

 クレアが青くした顔で唾を飲み込んだ。

 

「……なんという…………」


 部屋に沈黙が下りようとした。

 しかし、それを拒む精霊が一体いた。

 ベーチェルだ。

 

「それでー、賢者どうする? もしもほんとならー、ほっとけないよね?」


 その通りだ。

 もちろん、精霊を捕らえるということ自体への怒りもある。

 

 しかし、そも精霊とは、人がどうこうしていいものではないのだ。

 下手をすれば、悲劇として残ることすらできない惨劇を生む。

 

「あの、精霊様が捕らわれていることは許せませんし、助けることはもちろんですが……話の様子からすると他に何かまずいことが?」

 

 そこにアイラが、恐る恐る言った。

 ああ、なんの説明もなければそう思うか……。

 アイラとクレアからしてみれば――それも許されないことではあるが――ただ精霊が捕まったにしては、僕らが気色ばんでいるように見えるだろう。

 

「すまない、言葉足らずだった。結論を急ぐ前にいろいろと話そう」


 精霊について、そして過去にあった精霊にまつわる惨劇について――。

 

 

 



人々は航海の技術が発達する前から、他の大陸の存在を精霊の言葉によって知っていたんだ。

それで、精霊たちがあっちーとかこっちーというのを方角であてていたら今みたいな言い方に落ち着いたのだ。

べ、べつに大陸の名前を決めるのが面倒ってわけじゃないんだからね!

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