4話 精霊の真実、賢者の誓約
僕はティーカップを持ちあげ、口をつける。
傾けて、一口含んだ。
それからソーサーへゆっくりと下ろす。
カタン、といつもより音が響いた気がした。
そして僕は、口を開いた。
***
――精霊とは何か?
古くから続く魔術師たちの命題だ。
それを追う理由は、純粋な知的好奇心というのもある。
だがそれは大きな理由ではない。
なら、なぜその答えを求めるのか。
それは精霊が最高の魔術師であり、魔法使いであるからだ。
彼ら彼女らは自らの属性において、その意志一つで魔術・魔法を行使する。
あらゆる規模で、どのような調整も思いのままに。
それは魔術師にとっての理想だ。
ならば精霊という存在を知ることができれば、その頂に至ることができるのではないか?
様々な者がそう考えた。
そのために多くの、本当に多くのことがなされてきた。
他愛のないものから生半ではないものまで。
机上の論理や実践の実験。
的を得たもの、得ないもの。
そして、狂気に走ったもの……。
すべては理想に届かんがために。
だが今をもって、答えを得た者はいない。
魔術師とは言っても、只人だ。
そこにいるうちでは、この命題に手を伸ばすことすらできないだろう。
なぜならそれは、世界の深淵を覗く行為だからだ。
それでは、なんで僕はそのことを知っているのか。
まあご存じの通り、僕は人から逸脱してしまっているからね。
いや、知ってしまったから逸脱したのだったか……。
とりあえず、僕は命題の入り口を知っている。
そう、世界の深淵の入り口だ。
聞くのが怖くなってきたかい?
聞くだけなら大丈夫さ、そもそもそれに至る手段も容易ではないから。
だが、その感情は人として正しい。
間違ってもそこに向かってはならない。
人として在りたいのなら。
けれど、困ったことに魔術師だったら嬉々として向かおうとする者もでるだろう……。
魔に寄り添い過ぎて、魔に引きずり込まれてしまう者はよくいる。
しかしそれは、人を捨てることだ。
そこに、人の幸せはない。
話が逸れたね。
さあ、命題の答えだ。
この世は魔力で満ちている。
精霊は突然生まれてくる。
時間も場所も関係ない。
その体はあるようで、ない。
精霊の気分で触れることもできなくなる。
なにせ、それは魔力そのものだ。
そしてそれゆえに、魔力を最も上手く扱う。
そう――。
精霊とは、この世にある魔力というものが形を成し、一つの意志を得たもの。
つまりそれは、世界そのものが具現した存在だ。
これが精霊の正体。
人はまず逆立ちしたって、世界そのものをどうこうするなんてできない。
精霊とはそんな存在だ。
***
はあ。
お茶を飲み、一息つく。
カタン、とまた音が響いた。
***
――だが、人は過ちを犯す。
これから話す惨劇は、許されざることに手を出した罪の結果だ。
精霊は、いつどこと知れずに生まれる。
そして、生まれたての精霊というのは必ず産声をあげるんだ。
どうしようもないくらい悲しそうに、寂しそうに……。
それはそうだろう。
精霊は世界という全から、切り離されて個を与えられたもの。
いままで、一緒で当たり前だったものから突然離されて一つになる。
それは、とても悲しくて寂しいことだろう。
生まれたばかりの精霊は、本当に無垢なんだ。
いつまでも姿の変わらない精霊だけれど、そこは人と同じだ。
ウェルティナもそうだった。
昔は気弱で、なにかあるとすぐに泣く。
荒唐無稽な冗談を、いつも真に受けてしまう。
そんな精霊だったんだよ、今でこそ向こうっ気が強いけれど。
だが勇敢で、とても優しい子でもあった。
今でも、それは変わらないな。
いたた、ちょっと昔話したぐらいで怒らないでくれ。
はいはい今のは関係なかったな、うん。
そう無垢で、善意にも悪意にも等しく無知なんだ。
それでいて精霊は、生まれながらに大きな力をもつ。
――もし悪意があり、精霊をどうにかする術がある人間の前で、精霊が生まれたとしたらどうなるのか?
それはとても、とても小さい可能性だ。
しかし、時に現実は無慈悲に、偶然に偶然を重ねてそれを引き当てる。
もう、六百年くらい前だろうか。
そんな悲劇があった。
――――ある男が、生まれたての土の精霊を見つけた。
わけもわからず泣きじゃくっていたはずの精霊を、あろうことか男は魔法のかけられた籠に閉じ込めたのだ。
その金属籠は四代目ドワーフ王が作ったとされるものだった。
歴史に云われるように、四代目ドワーフ王は精霊の寵愛を受け、魔道具分野では伝説となっている。
魔剣を初めて打った人物でもある。
そんな籠の本来の用途は、中に入れた宝物を劣化させることがないという鑑賞のためのものだった。
籠の中を外界と魔力すら遮断、隔離することでそれを実現していた。
あまりにも優秀なそれは、精霊すら隔離することに成功してしまったのだ。
そしてそんな貴重な籠を持つ男は、ある国の宮廷魔導士にして侯爵という身分だった。
その国は島国だった。
ファルシウェン王国の半分ほどではあったけれど、大きな島だった。
しかしそこまでの地位を持ちながら、彼はさらなる力を欲していた。
その動機は、筆頭宮廷魔術師の肩書を自分より爵位の低い者が得たから、というものだった。
下らない理由だ。
だが、彼が禁忌に踏み入れるには十分だったらしい。
彼は精霊を捕らえてしまった。
精霊が泣いても、彼は籠を開けることなど全く考えなかった。
どれだけ精霊が訴えかけても、彼は聞く耳持たなかった。
自ら捕らえておきながら――あるいは捕らえたがゆえに――彼は精霊の力を恐れていたのだ。
精霊を利用すれば、と考えながらも彼は躊躇した。
その状態は十日以上続いた。
外界の魔力と隔離された精霊は、徐々に弱っていった。
そして、運命の日がやってきた。
衰弱しきった精霊が、悲しみと苦しみそのものが音となったような悲痛な叫びを上げて、泣き始めた。
島に、その叫びは響き渡った。
――我が子である精霊の嘆きに、そのとき母たる世界は応えた。
立つこともかなわないほどの揺れが、島を襲った。
そのなかで、地面は千々に亀裂が走り始める。
海は荒れ、暗雲が空を覆い、雷が乱れるように落ちた。
島の地面は、端から海へと崩れ始めた。
巨大な手が毟り取るように、地面が削れていった。
その国は、その日、一刻も経たない間に島ごと消えてなくなった。
叫び声も、それと同時に消えた。
そして、籠とその精霊の姿もまた――――
***
僕がこのことを知ったのは、島が消えてずいぶんと経った頃だ。
ある町で、その島国が消えたという噂を聞いたんだ。
その国を知っていた僕は、かなり驚いた。
僕は実際に島に向かった。
しかし、あるべき場所には海しかなかった。
どうしようもない胸騒ぎが、僕を揺さぶった。
『知る』必要がある、そう感じた。
僕は、原因を調査をすることにした。
魔法を駆使しながらも、調査には一年ほどかかった。
そして、いまのような結論が出た。
なにかの間違いじゃないかと、最初は思った。
だが、海を浚い復元した日記などの資料、また過去を見る魔法。
それらすべてが、その答えをさし示していた……。
人が精霊をどうにかできるのは、彼ら彼女らが生まれたばかりのときのみ。
そしてその無垢さにつけこむという非道を行ってなお、本来只人ではどうにもできないもののはずなのだ。
しかしそこに、どうにかできる手を持つ者がいて、かつその者が邪な心をもっていたとき、惨劇は起こる。
外道の結果、それは自業自得だ。
だがその結末は、あまりにも多くのものを巻き込み損なう。
関係ない人々の命はもちろんのこと。
歴史にも、口伝いの伝承にすら残っていない。
それはあまりにも酷い。
なにより、生まれたばかりの精霊がどうしてそんな目に遭うのか。
悲劇を呼び起こさなければならないのか。
精霊っていうのは無邪気で、勝手で、迷惑かける奴ばっかりだ。
だけど、精霊たちはいつだって楽し気に生きている。
精霊に悲劇というものは似合わない。
彼らはいつだって喜劇の住人で、奇跡の担い手なのだから。
あんな惨劇を繰り返してはならない。
あれは必要のない悲劇だ。
だから――――
――もしも二度目があるのなら、
――僕が、停める。
――――いつかそうしたように、今また誓った。
……今話は難産でした。
いつもと書き方変えたのが悪かったのか、ただ文章量が多いのか
ほぼ地の文だったので、読みにくかったかもしれませんね
ただできるだけ静かに、厳かな感じを出したかったのです




