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停滞の賢者  作者: 楯川けんいち
囚われの精霊編
32/76

2話 賢者と闖入者

 少しばかり僕に考えさせることがあった息抜きの日から、数日が経った。

 

 時は午前。

 天気は、うっすらとした曇り模様だ。


 僕は食堂にて、講義をしていた。

 もちろん、その相手はクレアだ。

 

「……と、いうわけでこの治癒魔法は裂傷、やけどのような怪我には適している。しかし、患部に毒がある場合に使うと逆に毒が活性化する。またこれは、(のろ)いが原因の場合は効果がない。いつも言っていることだが、魔法の前には状況をよく確認することが重要だ」


「師匠、複数の原因がある場合や原因が分からない場合はどうすれば良いのでしょう?」


「……場合にもよる、としか言えないな。だが、効率を考えない力技ならある」


「それは?」


「浄化系、解毒系を片っ端からかける。その後、治療」


「……魔力的にまず不可能では」


「そこが問題だ。だがプリーストのクレアなら呪いは直感的に分かるはずだ。そういったことに敏感なのもプリーストの才に依存するからな。毒は……感知系の魔法をいくつか覚えるべきだな。そのうちに教えよう」


「はい!」


 食堂で講義をしているのは、単に適した場所が他にないからだ。

 書斎や書庫では狭し、僕の寝室は論外。

 クレアの部屋でやってもいいが、クレアが嫌がった。

 なぜかアイラにも「不許可です」と言われた。

 ……年頃の女の子は難しい。

 

 まあそんなわけで、食堂で行っているのだが一つ問題があった。

 僕は講義中、手が離せない。

 しかし、昼ご飯は食べなければならない。

 だからほとんどの日は、アイラが率先してお昼を作ってくれている。

 すると、どうなるかというと。

 

 くうぅ。

 

 かわいらしい音が部屋に鳴った。

 同時にクレアが顔を赤らめてお腹を押さえた。

 

 そう、隣接している厨房からいい匂いが流れてくるのだ。

 昼に近づくほどに、それは凶悪な妨害となる。

 

「成長期だからな、クレアは」


 だから致し方ないことだ、と僕はしみじみと頷いていた。

 

 クレアは涙目になると(うつむ)いて、プルプルと震えはじめた。

 

 ……僕はそれを見て、なにかを間違えたらしいと悟った。

 今、ウェルティナが傍にいないことに安堵しながら、素早く事態を収めようとした。

 

 しかし、それはできなかった。

 

「ねえ、あの子が来たみたいよ!! ……ってなんでクレアが俯いているの?」


「さ、さあ……」


 僕は目を泳がせる。

 

「どーせ、あんたがデリカシーのないことでも言ったんでしょう? きりきりと白状しなさいな!」


 耳をつままれる。

 だから、なぜそう暴力的なんだ君は。

 

「離せって、ウェルティナ。……さっきなにか言いかけてなかったか?」


「……そうだったわ。あの子がさっき察知の結界の範囲に入ったのよ! そのまま直進して……あっ、もう着くわね」


 ちょっと待て!

 あいつが来たのか!?

 こんなところにいる場合じゃない。

 今はクレアたちもいるんだぞ……!

 

 そこまで考えて、椅子を蹴倒しながら立ち上がったときだった。

 

 パリーーン!

 

 高速で飛来した影が、窓ガラスを砕き散らした。


 それが、僕にそのままの勢いで向かってきた。

 

「師匠っ!」


 クレアが叫ぶ。

 しかし僕は、「あーあ」と遅かったことを嘆きながら、動かなかった。

 

 

 なぜなら僕に当たる前に、その影は「ぐぎゅう!!」と悲鳴(・・)を上げながら潰れたからだ。

 

 

 それは、僕から握りこぶし一個分ほど直前で、透明な何かに阻まれていた。

 そう、僕の常駐させている全方位障壁が攻撃と判定して起動したのだ。

 

「いたーい! 賢者、ぼくの抱擁を拒むなんてどういうことさー!?」


 新緑色をした小さなそれは、僕を責めるように言った。

 

「毎回言っているが……。あのな、あの速さで飛んできてぶつかることを抱擁とは言わない。現に、僕の常駐障壁も起動しているし」


「なんだってー! じゃあ、ぼくのこの喜びをどう表現すればいいっていうんだい?」


「普通に玄関から入ってこい。というか毎回、障害物をぶち抜いて来ないでくれ……疲れる……」


 はあ、とため息が出る。

 そして僕は、壊された窓を見た。

 窓枠まで壊れてる……。

 僕は呪文を唱える。

 

「≪修復≫」


 時間が巻き戻るように、窓が直る。

 ここはこれでよし。

 あとはクレアに怪我がないかどうか。

 

「クレア、怪我はなかったか?」


 僕が声をかけると、クレアは唖然とした様子そのままにこちらを見た。

 

「……な、ないと思います。……し、師匠、あの、そちらの方は…………?」


 クレアは――今はウェルティナと手を合わせながら再会の挨拶をしている――そいつを示す。

 

「ああ、紹介するよ……アイラと一緒にね」


 窓の破砕音のせいか、慌てたアイラが部屋にやってきた。

 彼女は部屋の中を見渡すと、よくわからない状況に目を白黒させていた。

 

「とりあえずみんな、座ろうか」


 

 ***

 

 

 僕が促して席につくと、そいつが口火を切った。

 

「それでー、こっちの見ない顔の二人はどうしたの、賢者?」


「あー……この二人は、いろいろとあって今ここで暮らしている。クレア、アイラ、自己紹介をよろしくたのむ」


 僕の口から言うよりも任せたほうがいいだろう。

 決して、丸投げではない。

 

「私の名は、クレア・レーガン・ファルシウェン。今はここで、賢者様の弟子として学ばさせていただいています」


「わたくしは、アイラ・ハルザードと申します。クレア様のメイドです」


 クレアは胸を張って言い、アイラはいつも通りきっちりとした礼をとった。


「へー、メイドさんがいるのかー。ということは結構いいとこのお嬢さん?」


「クレア様は、ファルシウェン王国の第二王女です」


「わお、王女様? それは予想外!」


 名前で分かるだろ、普通。

 

「相変わらず、国の名前とかは憶えてないのか……」


「うーん、いろんなところに行くけど、あんまり人のいるところには行かないからねー」


 まあ、行ったらそれなりに騒ぎになるからな……。

 

「師匠……」


 クレアに袖を引かれて、促される。

 ああ、こいつを紹介しなければならなかった。

 

「こっちは……」


「ぼくは、ベーチェル。風の精霊だよー」


 僕の顔の前に浮かび、言葉を被せるようにベーチェルは言った。

 

 まったく、こいつは……!

 僕は手で、ベーチェルを押しのけて退かす。

 

「なんだよー、賢者」


「人の顔の目の前に浮かぶな、邪魔だ」


「ぼくの体を間近で見られて嬉しいくせにー」


 それは、ない。

 

 ベーチェルの大きさは、ウェルティナと大差ない。

 肩まで伸びた髪は、春の新緑の色をしている。

 そして体には、髪よりも濃い緑色のワンピースを(まと)っていた。

 ワンピースは上半身はぴっちりと体の線が出るようで、スカート部分はふわりと膨らんだ作りになっている。


 精霊の常ではあるが、彼女もすさまじく整った顔立ちだ。

 少したれ目で、ウェルティナよりも見る者に与える雰囲気は柔らかい。

 その体は華奢で、(はかな)げにも感じる。


 もちろん、そんなことはない。

 精霊らしく周りを見ない、はた迷惑な奴だ。

 

「……そうなのですか、師匠」


 暗い声音でクレアが聞いてくる。

 なぜ、そんな疑うような目をしているのだろう……?

 

「いや、そんなことはない」


「どーかしらね」


 ウェルティナがジトッとした目で言う。

 君まで疑うのか……。

 

 ここは、話を変えよう。

 

「……それで、ベーチェルは久しぶりにどうしたんだ?」


「そうそう、賢者に聞いてほしいことがあったんだよ」


 そこはかとなく、嫌な予感がした。

 

 しかし、そこに声が割って入った。

 

「長いお話になるようでしたら、先に昼食を済ませてはどうでしょう?」

 

 アイラ、僕には君が救世主のように見えるよ……!

 

「そうしていいかい、ベーチェル?」


「うん、いいよー」


 問題を先延ばしにしているだけかもしれない。

 でもこれで、心の準備をすることはできる。

 

 昼食の品が机に並べられていくのを眺めながら、僕は気力を奮い立たせようとした。

 

 そんな僕とは裏腹に、昼食を前にしたクレアは嬉しげに破顔する。

 

 それを見て、なぜだか胸が軽くなった気がした。

 

 

 

 

 

 

名前が付けられない……割と深刻に……

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