表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
停滞の賢者  作者: 楯川けんいち
囚われの精霊編
PR
31/76

1話 賢者の眠気

 麗らかな昼下がり。

 ウッドデッキで揺りいすに深く腰掛けながら、僕は迫りくる睡魔と戦っていた。

 

 まるで自分というものが世界に溶けてしまうような心地だった。

 

 その魅力に、抗うことなどできはしないと理解している。

 だが、僕はそれでもその無謀な戦いに(おもむ)かなければならなかった。

 

 なぜ、な……ら……。

 

 ……。

 

 …。

 

 

 ***

 

 

「師匠ー、終わりました! ……師匠?」


「あんたってやつは、何寝てんのよ!」


 いたたっ!

 耳に激痛が走る。

 

「! ウェルティナ、いきなり何てことするんだ!?」


 目を開けると、ウェルティナがいつの間にかいた。

 傍らには苦笑気味のクレアもいる。

 

 そして、ウェルティナが僕の耳を引っ張っていた。

 のびるから! ちぎれるから!

 僕は彼女の手を振りほどく。

 

「弟子に修行させといて、あんたは優雅に昼寝かしら…? このくされ師匠!」


「くされ……。寝ていたのは悪かったけど、そこまで言われることか……!?」


「器用に座ったまま、気持ちよさげに寝入っている師匠なんて……弟子から見たらどうなのかしら?」

 

 ぐっ。

 ……途中までは頑張っていたんだけどなぁ。

 いつ寝入ってしまったのか、まるで憶えていない。

 

「ま、まあこの陽気だから、師匠がそうなってしまってもしょうがないことなのだろう。ウェルティナ」


 クレアの言葉に、ウェルティナがやれやれというような仕草をとる。


「はあ、弟子にここまで気遣われる師匠ってどうなのよ?」


 それは……ダメだな。

 

「……すまなかったな、クレア。睡魔に負ける惰弱(だじゃく)な師匠で……」


 だからここは、良くできた弟子へ誠意を見せるのが一番だろう。

 

「師匠、謝らないでください! それに師匠は、絶対に惰弱なんてことはありませんよ!!」


 なんて良い子なのだろうか……!

 僕は無意識に、彼女の頭に手を伸ばしていた。

 

「し、師匠……?」


「いや……僕は幸せ者だな、と思ってね」


 ウェルティナが「はあ、まいどこの師弟は……」とこぼす傍ら、僕はなぜか顔を赤くしたクレアを撫でた。

 

「ひと段落したのでしたら、休憩に致しませんか?」


 すると、アイラがお茶のセットを乗せたお盆を持ってやってきた。

 

 僕は手を下ろし、答える。

 

「ああ、眠気覚ましにもちょうどいいかな。ウェルティナ、いつもの出してくれ」


「はいはい」


 少し残念そうな顔をしたクレアがさっと退くと、ウェルティナがもう恒例となったテーブルセットを虚空から出した。

 

 そこにテキパキとアイラが用意を始めた。

 

 

 ***

 

 

 時々吹く風に、冷たいものを感じることもある今日このごろ。


 僕たちは机を囲っていた。

 ウェルティナとクレア、アイラがそれぞれ楽しそうに話をしている。

 

 その光景を眺めながら、僕は思い耽っていた。――――

 

 

 前に『穏やかな』日常を願ってから、もう五か月。

 クレアたちがここにきてからは四か月が経った。

 

 僕の『穏やか』はどこかへ消え去っていた。

 

 ここ最近は、昨日と今日ではまず違うことが起こっている。

 それで今のところ、悲しいことも辛いこともない。

 なかなかに楽しいといえる日々を送っている。

 

 しかしそう、クレアたちは進み続けているのだ。

 

 それにつられるように僕は、『なにもしない』とはできなくなった。

 

 停滞は破られた。

 

 止まり滞ることはできなくなったから、『穏やか』ではなくなった。

 

 そして進めば、おそらく何かが起こる。

 

 それは、楽しいことや嬉しいことかもしれない。

 または、悲しいことや辛いことかもしれない。

 

 けれど僕は、今をそれなりに気に入っている。

 

 だから今だけは、何が起こったとしても受け止めよう。

 

 この日々を、素晴らしいものだったと、いつか言えるように。

 

 

 ――――ふと気づくと、目の前にクレアの顔があった。

 

「師匠、師匠! 聞いていますか、師匠?」

 

 どうやら、考え事にのめりこみ過ぎたようだ。

 

「なんだい、クレア?」


「いえ、師匠がなんだか……とても悲しそうだったので……」


 ああ、そうか――。

 

「なんでも、ないさ。少し考え事をしていただけだ」


 クレアは、「なら、いいのですが」と心配げに言った。

 こちらをチラリと見たウェルティナが声をかけ、クレアは会話にもどった。

 

 クレアは結構、鋭いのかもしれない。

 

 ――僕は、おそらく悲しんでいるのだ。

 

 

 なぜならそう、いつかこの日々は過ぎ去るだろうから。

 それは変えようのない、絶対の事実だ。

 

 そして、僕はまた停滞し、『穏やかな』日常に戻るのだろう。

 この日々の、何かしらの代償を得た上で。

 

 僕は、そのとき、何を思うのだろうか。

 

 

 一陣の風が吹き、柔らかな木漏れ日を揺らす。

 

 僕にはもう、ひとかけらの眠気もなくなっていた。

 

 

 

 

もっと、軽くしようとしたのです。

でも賢者に平穏を語らせると重たくなったのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ