3話 賢者の修行3
とりあえず、僕たちはデッキにてテーブルを囲んでお茶を飲んでいた。
カップとお茶請けを置く丸テーブル、クレアとアイラの座る椅子二脚は、ウェルティナが虚空から取り出して設置した。
ウェルティナはこんな洒落たテーブルセットいつ手に入れたんだ……?
まあ、今それは関係ない。
僕の右隣にいるクレアが放つ暗い雰囲気の方が問題だ。
天気も良いのでなかなか明るい雰囲気の気持ちのいい時間になるはずなのだが、見事に相殺されている。
彼女が修行を始めて一週間、進歩が現れないからだろう。
魔力の制御力というのは地味ではあるが、すべての土台となるものでもある。
世間一般の魔法・魔術を使う分には効果や回数に影響が出るだけだ。
しかし、大規模な魔法・魔術になれば話が変わってくる。
相応の制御力がなければ魔力を無駄に使い過ぎる、または発動することもできないということが起こる。
彼女がどんな方向に進むのであれ、必要な技術だ。
ちなみに、ファルシウェン王国で僕が使用した位の魔法になると魔力の制御を僅かにでも違えると破綻する。
それは川の流れを操作しながら、水を一滴単位で正しい水量を各支流に流していくようなものだ。加えて、正しい水量というのも工程によって異なっている。
もっとも、クレアはそこまでは求める必要はない。
とはいえ彼女はいま、先の見えない洞窟をただただ歩き続けるような苦しみを味わっているはずだ。
師匠としてどこまで弟子に手助けしていいものか、僕にも判断がつかない。
苦労を覚えないで得た力というのは、時に人を惑わす。
それは周りにとってはもちろん、当人にとっても不幸なものだ。
そうやって僕がうーんと腕を組んで唸っているときに、それは突然やってきた。
ウェルティナが両足を揃えて飛んできて、僕の頬を蹴り飛ばしたのだ。
「ごふぉっ!」
「あーもう、まどろっこしいわね! 説明なり手助けなりしてやんなさいよ! 暇人のあんたと違ってクレアたちの時間は限られているのよ!!」
ウェルティナ、君はなんて暴力的なやつなんだ……!
言ってることはもっともだが、蹴る必要はないだろうに……。
僕は頬を撫でながらウェルティナを睨みつけた。
「……たしかに、その通りかもしれないな」
そうでしょうそうでしょう、といった感じに頷いているウェルティナに僕は魔法を唱える。
「≪捕縛≫」
「なっ!」
ウェルティナは魔力で編まれた白い帯で体をがんじがらめにされる。
「うーー! むうううーーーー!!」
口も塞いだので声はくぐもって意味を成さない。
「……クレア、ウェルティナが手伝ってくれるそうだ。これはいい餌になるよ。間違いなく泉の主どのだって食いつくさ」
帯の端をもって、ぷらんぷらんとウェルティナをクレアに渡す。
陰鬱さも忘れて事態をポカンと眺めていたクレアは、そのウーウーとうるさい芋虫を両掌を皿のようにして受け取ると我に返った。
「し、師匠、さすがにそれは……」
クレアは困ったように僕と芋虫とに視線を交互に送る。
はあ、弟子を困らせてはいけないな。
落ち着かなければ。
僕はお茶を一口飲み、ゆっくりとカップを置いた。
「さすがに冗談だよ……半分くらいは」
そしてウェルティナの拘束を解く。
「あ、あんたね! なんてことするのよ! し、しかもあたしを餌にするですって……!?」
解放されたウェルティナは、クレアの手の上で四つん這いの状態で僕に叫んだ。
彼女は涙目になりながら怒っている。
「ウェルティナ、師匠も冗談だって言ってたではないか。それくらいで……」
「あんたたちは丸呑みにされる怖さをわかってないからそう言えるのよ……!!」
クレアが取り成そうとしても聞かない。
ウェルティナはぶるぶると震えて足を折って座り込み、頭を抱えてしまった。
そして、「暗い……生臭い……生暖かい……」などと呟きつつも静かになってしまった。
……そっとしておこう。
僕とクレアは目を合わせて、そう意志疎通した。
だが、主題を見失ってはいけない。
「クレア、どうして魚が釣れないのかはなんとなくわかっているんだろう?」
「……はい。あの竿が、私の魔力を吸い出しているからだと思います」
おおよそ正解である。
このぐらいなら説明を行っても大丈夫か。
僕は、彼女に魚が食いつかない二つの理由を説明し始めた。
***
「……素材について考えてはいけないぞ私……慣れなければここでは心臓がもたない……! だが、セルリアン・ミスリルと言えば我が国の年間の生産量が三キロ未満の超希少金属……この竿一本で国家予算の十分の一以上…………!!」
前半はいたって真面目に聞き入っていたクレアだったが、後半の竿の説明では頭を振りながらをそんなことを言っていた。
……ミスリルさえあれば、特定の添加物との錬金で量産できると言ったらどうなるのだろう。
やめておこう。いたずらに世の中を騒がせることは良くないことだ。
僕は好奇心を押し殺し、真実を胸にしまった。
「で、ここからが重要なんだが。クレア、君には素晴らしい才能がある」
僕がそういうと、クレアはみるみるうちに顔を赤くした。
「そ、そんな! 私は修行もまともに進んでいませんし、国にも同じくらいの力量の者はそれなりにいましたよ」
彼女は言葉が進むごとにモニョモニョと相好が崩れていっている。
まあ今の彼女ならば、そうだろう。
「いや、クレア。君は魔力は飛びぬけている。だけど、それを運用する技量が拙い。それこそ、コップに水を注ぐのにバケツを使っているぐらいには無駄が多い。それでも魔力が多いから、やり手の魔術師やプリースト程度のことができてしまっているんだ」
これが、並みの魔力量だったならもっと以前に表面化した問題だったのだろう。
「そうだったのですか……」
「たぶん、最初にあまり魔法・魔術に造詣の深くないプリーストに教えを受けたんじゃないか? 魔法の構築には隙が無いからな」
魔法の根底を解さずに、形だけ完璧というプリーストは普通にいる。
在野の冒険者のプリーストならともかく、聖堂院にいるプリーストはそういう者が多い。
「どうなんでしょう。基礎だけを教わったら飛び出して、いえ独学でやってきたので」
おい、このお転婆王女…………。
「……そうか。まあ、とりあえずクレアはこの修行を完遂しなければならない。だが、このままでは半年近くかかるかもしれないな……」
「ええっ!! 半年も……!」
クレアは青い顔になって絶望の表情を見せる。
まだ十三の彼女にとって、半年とはどれくらいの重みなのだろうか。
僕が彼女くらいのときはどうだったのか、なんて忘れてしまった。
だが、考えることはできていただろうか。
できていなかったように思う。
彼女にとって半年という期間は長いのだ。
人でありたいなら、人というものを考え続けなければならないというのに。
僕は、それを怠っていたのだろうか。
ウェルティナにも言われたことだが方法を提示するだけでなく、僕は手助けをするべきだ。
クレアならば、間違っても力に惑わされたりはしないだろう。
それに僕は彼女の師匠で、彼女は僕の弟子だ。
なら僕が彼女を正しく導けばいい。
それだけの話だったのだ。
「大丈夫だ。これからは僕が魔力の制御を徹底的に指導する。そう、二週間以内には会得できるだろう。だから気を引き締めていこう、クレア」
僕はそう宣言して、クレアの頭に手を置いた。




