2話 賢者の修行2
僕はなぜ、クレアに釣りをさせているのか?
もちろん、魚を釣らせるためではない。
この行為によって僕が求めていることはたった一つ。
それは、彼女の竿に魚が食いつくことなのだ。
彼女はこの一週間ボウズだと言ったが、それは正確には異なる。
なにせ、彼女の竿にはただの一度もアタリがないのだから。
……うん、自分でさせておきながら酷い。
ウェルティナにはすでに鬼畜扱いされている。
反論したいところだが、実際に泣き顔の子がいるので甘んじてそれは受け入れた。
不名誉であるとは思うが。
話がズレた。
なぜ、彼女の竿にアタリが来ないのか。
それは、ここの泉の魚と彼女の竿に理由がある。
ここの泉は魔力の濃い『魔の森』でも最奥にある。
それがどういうことかと言うと、泉には濃密で静謐な魔力に満ちている。
そこに生きる魚は古代よりあり続ける種であり、連綿とその魔力に包まれてきた。
そんな泉の魚たちは、違う気配の魔力が泉にあれば敏感に察知し、警戒する。
そして、クレアに渡した青っぽい色味の竿。
この竿は、ミスリルの中でも魔力伝導性が極めて高い金属であるセルリアン・ミスリルで作られている。また釣り糸には、これまた魔力伝導性の高いスカイドラゴンのひげを加工したものを使っている。
つまるところこの竿は、握るだけで自然と身体から漏れる魔力が流れ込んでしまうものなのだ。
魔の森の泉にてこの竿で普通に釣りをしようとすると、泉の魚には釣り針も釣り糸も異物に感じられるのだ。警戒し、食いつきもしないのは無論だ。
釣るためには自分の魔力をかけらも漏らさず、身体の内に押しとどめ続ける必要があるのだ。
つまり、魔力の制御だ。それも完璧に自分の魔力を制御し続ける必要がある。
前にも言ったが、魔力はすべてのものに宿る。
そして、生物のそれは活発に働きかけている。
ありえないことだが、これは感覚的に言えば体温を全く外に放出しないようにすると言っているようなものだ。
しかし、魔力はその意志によって影響を与えることができる。
そして自分の魔力というのは自己の意志に最も影響を与えられるものだ。
魔力を全く発さないというのは、とても高難易度だ。
それは僕でも六年近い時間を必要とした。
だが、魔力をほとんど発さないようにすることならば難易度は下がる。
それこそここの魚に感知されない程度にまで抑え込むことは、素質と根気さえあれば二、三か月ほどで会得できるはずだ。
そしてそこまで魔力を制御することができるようになったとき、魔力の運用効率は飛躍的に上がるだろう。
魔法陣や詠唱が完璧であっても、そこに魔力を通すのは術者の技量。
大抵はそれほど気にすることではない。お茶を跳ねないように注ぐか、大雑把に注ぐか、ぐらいのものだから。
しかし同じ魔力量の人間であっても、魔力の通し方が上手ければ下手な者より魔法の効果や回数に大きな差がでる。
クレアにとって、これが一番最初に取り組むべきことだと僕は思った。
なぜなら――――。
***
「賢者様、午後のお茶の時間になりました。でんかー! お茶の時間ですよー!!」
アイラが玄関からティーセットを持ってデッキにやってきた。
そして大きな声でクレアを呼ぶのを聞きながら、僕は本を閉じた。
「それで、弟子を泣かせるのが好きな鬼畜さん。調子はどう?」
アイラと共に出てきたウェルティナが僕に聞いてきた。もちろんクレアについてだ。
そしてその呼び方は不名誉だ。
「まだ、ダメだな……。原因には気付いているようだが、あの様子だとな…………」
「まあそうよね……」
僕とウェルティナは、とぼとぼとやってくるクレアを見ながら話した。
僕たちが感じる彼女の魔力は、やり手の魔術師の軽く四倍ほどにもなる。
そしてそれは、溢れんばかりに彼女の身体を廻っていた。
そう、彼女の生まれ持ったポテンシャルはとてつもない。
だがそれゆえに、彼女は自身の才能に振り回されているのだった。
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