1話 賢者の修行
クレアが弟子入りし、なぜかアイラまでついてきてから一週間が経つ。
いきなり人が多くなり、静けさに包まれていた僕の家は賑やかになっていた。
悪くはないんだけど……。
「師匠! これはどうしてこうなるのでしょう?」
「お茶はいかがですか?」
「このお茶菓子おいしそうね」
女三人寄れば、なんとやら……。
僕は遠い目をして、在りし日の平穏を想っていた。
だが現実は変わらない。
早く慣れるようにしたほうが建設的ではある。
これが日常になるのだから。
でも今だけは、そう思い僕は目を窓の外に向けた。
空は憎らしいほどに晴天だった。
***
クレアたちには僕の家の屋根裏を、部屋として改築して宛がった。
屋根裏と言っても、かなりしっかりと作られていて雨漏りも隙間風もない。
居住性は一階の部屋とあまり変わらないはずだ。
というか、いくつも部屋のある一階と違って、同じ面積を三等分して部屋を区切ったためにずいぶん広い部屋になった。
王宮の部屋と比べられると困るが。
屋根裏は、もともと嵩張るがそれほど大事でもないものを放り込んでおく場所だったのだ。
適当に放り込んでいたので、整理すると三等分した一つの部屋に十分収まった。
僕がその作業をしているとき、クレアとアイラにも手伝ってもらったのだが……。
「これ、『飛翔のカーペット』……?」
「こちらの牙はドラゴンの……」
顔を青くして手を震わせていたため、あまり戦力にならなかった。
弟子となったクレアには午前は座学として様々な知識、魔法構築の理論などを教えている。
午後は魔法の実践訓練などをさせることになった。
彼女はやる気に溢れる、非常に快い生徒だった。
知識は乾いたスポンジのように吸収し、自分なりに考え疑問を投げかけてくる。
座学においては問題なく進んでいた。
だが、僕が実践的な修行として言い渡したものにて、彼女はいま躓いている。
ちなみにアイラは、僕が長年世界中から集めた料理のレシピ集――僕が書いたもの――に並々ならぬ興味を示し、それを読みまた実際に作っている。
すべてを作れるようにする、と宣言していたが…。
その冊子の数は五十は下らないので、まだまだ終わることはないだろう。
アイラははじめ、掃除・洗濯などをやると言って聞かなかった。
しかし僕の魔法≪浄化≫の一発ですべてピカピカになることを見せると、アイラは手を地面に突いて泣き出した。
僕は慌てながら、そのレシピ集や調理と食物の栄養に関する書籍を引っ張りだして宥めることに成功したのだ。
***
そして先ほどのやり取りのあった午前が終わって、午後――――。
午前中の輝いていた様子から一転、クレアの瞳はどんよりと曇っていた。
この一週間続けている行為だが、そんな彼女に僕はあるものを渡した。
「はい、今日も頑張るように」
バケツと全体的に青色をした竿だ。
「…………はい」
彼女はどんよりとした感じではあるが、返事をしてそれらを受け取った。
「………………いってきます…………」
影を背負いながら、彼女は歩き出した。
彼女が向かったのは、僕の家の目の前にある泉だ。
そう、僕が彼女に与えた課題は『釣り』。
あの泉で竿を垂らし、魚を釣ってくることが目標だ。
もちろん泉の主どのには供物その他で許可を得ている。
主どのは理性的な存在なのだ。
初日にそれを言い渡し、実際に僕が釣るところを見せて、そのまま道具を渡したときのクレアは自信満々だった。
冒険者であったときに幾度か経験があるそうだ。
すぐに終わらせて見せる、と意気込んでいた。
しかし今現在まで、彼女の釣果はゼロ。
ものの見事にボウズだった。
だが彼女は、一言も泣き言を言わなかった。
なんの説明もせずにやらせている身ではあるが、あっぱれであると思う。
そんな彼女であったが……。
さすがに三日目には涙目になり、四日目に入ると無表情になり、五日を過ぎる頃には哀切を帯び始めた。
釣り糸を垂らす彼女の姿は、もう健気を通り越して不憫に感じさせるものだった。
そろそろ、限界かもしれない。
僕はそう思いながら、揺りいすに腰掛け、本を開いた。
クレアの様子
一日目「まかせてください!」
二日目「……今日こそは!」
三日目「ふぇ…、あきらめ、ません…」
四日目「…っ……」
五日目「…ぐすっ…」
六日目「ぇぐ…なんでぇ…」
七日目「…ひっぐ……うぇぇ…」
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