20話 賢者と王女の出立
なぜ、こうなったんだろう……。
僕は昨日転移してきた場所、王宮の庭園にいた。
庭園には王と王妃を筆頭に多くの人が見送りに出てきている。
僕はこういう場はあまり得意ではない。
一挙手一投足に注目されると息が詰まるのだ。
だが、今はそうでもなかった。
それはなぜか。
答えは、僕の隣にある。
というか、いる。
太陽の光を受けて眩しく輝く金髪。
簡素であるが、仕立てのしっかりした白い司祭服。
ファルシウェン王国第二王女、クレア・レーガン・ファルシウェンが僕の隣にいるからだ。
そしてどうしたことか、彼女は僕と共に彼らに向き直っている。
見送りの者たちの視線は彼女に集まっていたのだ。
事は、もう魔の森の家に帰る、と退去の旨を僕が伝えようとしたときに起こった。
***
僕はぐっすりと眠り、すがすがしい朝を迎えた。
はず、だった……。
……目を開けたときに、よだれを垂らしたウェルティナが目の前にいなければ。
僕は気を取り直して顔を洗い、部屋に運ばれた朝食を頂いた。
昨夜のように皆で食べないのか、と思いもした。
しかし、あのときの居た堪れなさを思い起こしてそのまま食事をとった。
その後、僕はまた謁見の間に呼ばれた。
ちょうどいいと思い、挨拶をしてそのまま帰ろうと考えていたのだ。
謁見の間に入るまでは……。
僕が家でだらだらとしようと決意しつつ、廊下を歩いていった。
そのうち目的の大きな扉に行きつき、それを開けた。
謁見の間では昨日の面子がそのままに揃っていた。
僕は王の前まで進み、言葉を出そうとした。
だが、それは叶わなかった。
僕が口を開こうとしたとき、クレアが僕の前に逸るようにやってきて言ったのだ。
「賢者様!! どうか私を弟子にしてください!」
そして、彼女は深々と頭を下げた。
「……は?」
彼女はなにを言っているのだろうか……?
全くもって想像していなかったことが起こって、思考に空白が生まれてしまう。
「私は自分の力の無さが悔しいのです……! 賢者様の下で、学ぶことはできないでしょうか!?」
なるほど、そういうことか。
僕はいまだに頭を下げているクレアを見て、次に大きく口角が上がっている王と柔らかく微笑んでいる王妃を見た。
クレアはただ真っ直ぐに僕に願っているのだろう。
だが、仕込みがあったのは間違いない……!
僕はどうしたものかと顎に手をやる。
この申し出を受けて、僕に利はない。
対してこの国は、僕に王女が弟子入りするという事実が得られる。
僕とのつながりを匂わせるだけでも、いろいろな方面から得るものがあるだろうな。
ふむ、困った。
クレアは嫌いじゃないが、勝手に僕が利用されるのは好きじゃない。
「顔を上げるんだ、クレア。…今の状況で王族の君がここを離れるのは良くないんじゃないか?」
暗に考え直すよう仄めかす。
「そうではありますが、これもこれからの国のための行動です。父上も了承しています」
君の父上は君を連れていってもらうことこそ目的だよ、と説いてあげたい。
だが、彼女の眼はあまりにもまっすぐに僕を見つめる。
僕はその眩さに目を細めた。
するとウェルティナが言う。
「いいじゃないの。どうせ帰ってもやることなんてないんだから! 人が増えれば賑やかになるわ!」
まさかの身内の裏切りだった!
「ウェルティナ、人は犬猫じゃないんだから気軽に預かれるものじゃないよ」
「娘っ子ひとりなんてどうってことないでしょう? なら楽しいほうがいいじゃない!」
この精霊は……、もう少し考えて言動を行ってほしい。
「私は……だめ、でしょうか…? 賢者様……」
クレアは目をウルウルとさせ始める。
僕は助けを求めるように、彼女のパーティメンバーに目線を送る。
「どうぞよろしくお願いします、賢者様」
「姫様のたっての願いなのです」
「ここは男の甲斐性というものを見せるところですよ」
味方はいなかった。
というかデリア、君の言っていることはなにか違う。
僕ががっくりとしていると、王たちが口を開いた。
「賢者殿、どうか娘を頼むことはできんか?」
「この子の望みを叶えていただけないでしょうか?」
とどめを刺しに来ていた。
この狸たちめ……!
「下働きでも、何でもします! だから賢者様、お願いします!!」
王女じゃなくても、女の子がそんなことを言ってはいけない。
まったく、この子は…。
「……僕は教師としてそれほど優秀ではないし、厳しくするかもしれないよ」
「かまいません!」
クレアは目を輝かせながら、すぐさま返答した。
はあ、僕の負けだ。
「なら、ついてくるといい……。途中で嫌になっても帰っては来れないからな、覚悟はいいか?」
「もちろんです!!」
クレアの瞳はより一層とキラキラと光った。
僕は、一つ頷くと王に向き直る。
「王よ、これは貸しだぞ」
「引き受けてくれるか! ああ、我らの借りであるとも」
王は、大仰に頷く。
「なら別れを済ませると良い。もう僕は行く」
「すでに済ませてあるとも。クレアの出立の用意も万全だ!」
この男は…少しは悪びれるということをしないのだろうか……。
帰ったら、ゆっくりできるはずだったんだけどな………。
ふとウェルティナが肩にいないことに気付くと、もう嬉しそうにクレアと話し出していた。
……家が姦しくなりそうだ。
僕の平穏は何処にあるのか。
ため息がこぼれた。
***
僕の意識が現在に立ち戻る。
クレアが両親と向き合っていた。
「では、達者でなクレア。賢者殿、クレアをお頼み申す」
「クレア、しっかりと励むのですよ。賢者様も娘のことをどうぞ良しなに」
そうゲオルグ王とリーフェリア王妃が言った。
「はい、父上母上。立派な弟子となれるよう頑張ります」
クレアが気合の入った様子で宣言した。
あまり頑張らなくてもいいんだ……クレアよ……。
頑張りすぎると空回りすることも多いものだ。
僕が頑張りたくないというのもあるが。
「僕の弟子となるのだから、無茶無謀はさせない。安心してくれ」
知識というものは、感覚でどうにかなるものとは異なる
ゆっくりと着実に積み上げなければ、身につかない。
急げば急ぐほど、穴がでる。
そして穴のある知識などに意味はないのだ。
「では行くぞ、クレア」
「はい! 皆のもの、マイクとデリアは達者で! 私も精進してくる、また会おう!!」
クレアは皆に大きく手を振りながら言った。
「ウェルティナ、頼めるか」
「お安い御用よ。行くわよ!」
魔法陣が広がり、僕たちはその光に包まれた。
そのなかで、クレアは僕を向いて言った。
「これからよろしくお願いします、賢者様」
僕は笑いながら、それにこう返した。
「僕のことは、これから師匠と呼ぶように」
するとクレアは、花がほころぶように微笑んだ。
「はい、師匠!」
魔法陣が輝き、そして視界が暗転した。




