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停滞の賢者  作者: 楯川けんいち
病患の王国編
19/76

18話 賢者の晩餐

 僕は自分の正面に突き立てていた杖を収納する。

 

 支えを失った両手を、ゆっくりと下げる。

 

 先ほどまで夕日と共に世界を彩っていた白い光と、それを生み出した空を覆う魔法陣は消えていた。

 

 残ったのは雲一つない、夜の闇が半ばまで迫った空だけだ。

 

 僕は目を下に向けて、王都の街並みを眺める。

 

 

 人々は今日起こったことは何一つ憶えていないだろう。

 

 それでいい。

 僕がこれから彼らにできることなどないし、するつもりもない。

 この国を支えるのは、僕ではない。

 僕が支えてしまうということは、国が僕に依存するということになる。

 

 なにかに()って立つということは、リスクを負う。

 依りかかることで、楽や利を得るかもしれない。

 だが、依りかかるものが倒れれば、自らも倒れるしかない。

 リスクを飲み込んで行うのであれば、どのような結果となっても受け入れなければならない。

 

 まあ人はそれほど弱くない、自分で立ち上がることができるはずだ。

 ここまで僕がやったのだ、これで崩れるのならただそれまでのものだったということだろう。

 

 

「終わったわね、久しぶりにあたしも疲れたわ……」


 魔法の手伝いをしていたウェルティナが、大きく伸びをしながら言った。

 僕が遠い目をしていることを疲れていると思ったのだろう。

 まあ、間違いじゃない。

 

「そうだな、僕もここまで魔力を使ったのは久しぶりだ」


「なら、もう降りて休みましょう? 王宮のお夕飯も気になるしね」


 ウェルティナは基本食事をしなくてもいい。

 それが食べなくてもいいこととは異なるが。

 今日は魔力も使って、食べる気分らしい。

 

 だがもう晩餐(ばんさん)にありつくことが前提なのはどうなのだろう……。

 食い意地の張り過ぎなのではなかろうか……?

 

 そんなことを思うと、ウェルティナが睨んだ。

 

「なんか言いたそうね? はっきり言ったらどうなのよ?」


「いやウェルティナは、食いいじぃ! 痛い、耳を引っ張るな、ウェルティナ!」


 食い意地が張ってるな、と言おうとしたら耳をひねられる。

 

「あんたは学習しないわね……、デリカシー! のない! やつは! 死になさいな!」


 言葉の調子に合わせて、僕の耳が絞られる。

 

 痛い……!

 僕はウェルティナを振り落とすように、魔法で塔を飛び立った。

 

 視界に入ったのは、澄んだ薄闇色の空。

 そしてそこには一番星が浮かび、輝いていた。

 

 

 ***

 

 

 それから僕は忙殺されている王たちを尻目に、豪華な夕食をとっていた。

 

 ここにいるのは僕とウェルティナ、そして僕をもてなすように言われたクレアとそのパーティメンバーだけだ。

 壁際にメイドが幾人か控えているけど。

 

 王や重鎮は各方面への連絡、これからの対策を練るために鬼気迫る様子で動いていた。

 実は謁見の間にいた中にクレアの兄――つまり王子――が二人いたらしく、その二人も挨拶もそこそこに駆け回っていた。

 聞くとこの国では、王位継承権を持つ者はあらゆる現場に放り込むのが習慣らしい。


 なんともまあ豪儀(ごうぎ)なことだ、と思っているとアイラに注釈をいれられた。

 

 孫バカであった建国王にそれはもう可愛がられた孫――つまり三代目国王――がいたそうだ。

 その彼が暗君になることを憂慮(ゆうりょ)した父――二代目国王――が、教育のために行ったことが後世に続いているそうだ。

 

 いやそれ三代目が自分の同類をつくろうと腹いせに続けたのではないか、と思った。

 というかあの爺さん、そんなことしてたのか!

 自分で自国に憂いの種をまいてるじゃないか!?

 

 僕がいろいろと脱力感を感じていると、クレアの食があまり進んでいないことに気付いた。

 

「クレア、どうしたんだ? 匙が止まっているようだが……」

 

 僕の問いに、ビクッと肩を上げてクレアは動きを止めた。

 

「……いえ、賢者様。大丈夫です」


 彼女の目元はうっすらと赤くなっていて、声にも覇気がない。


 想像していたことだとは思うが、実際に現実になると受け止めることは難しいものだ。

 大人でだってそうなのだから、まだ幼いと言っていい彼女がそう簡単に抱えられるものではないだろう。

 

「今回のことに考えること、これからのことにやるべきことは多くあるだろう……。だがクレア、君一人ですべてを成すことはできないし、また成すべきでもない……。そう抱え込まないことだ。君の周りの誰もが、君の助けになってくれるだろう」

 

 僕は彼女に諭すように言った。

 一人では、できることは少ない。

 そしてすべてを一人でやろうとすることは危険だ。


 要するにそれは、他者を必要としないということだから。

 

 人の輪を外れる者は、人の道もまた踏み外してしまいやすい。

 

 そう、僕のように。

 

 クレアは、太陽のような子だ。

 真っ直ぐで、そこにいるだけで光を放ち人を引き付ける。

 彼女の輝きは人のなかにこそあるべきだと、僕は思う。

 

「……賢者様は、どうなのでしょうか? 私を助けてはくれますか?」


 なぜか、クレアは僕に涙目で言ってきた……。

 そんなに頼られることはした覚えがないのだが……。

 

「いや、僕は明日には家に帰るよ」


 さっきも思ったが、これ以上はこの国にとってよくない。

 しばらくはゆっくり休みたい、という思いもある。

 

 だが僕の言葉が終わってから、なんだか空気が刺々しい。


 クレアは涙が今にも零れそうだし、アイラは笑っているけど目に光がない。

 マイクは眉間を揉みながら首を振り、デリアはジッと半眼で睨んでいる。

 

 ウェルティナは「あーあー、最悪だわデリカシーのないやつって」とか言ってそっぽを向きながら珍味を味わっている。

 

 壁際のメイドたちは目に見えて殺気立っている。

 

 僕は、なにか間違えたのだろうか……?

 

 その後は針の(むしろ)に座るようだった。

 

 折角の食事に、僕の舌は味を感じることはなかった…………。

 

 

 ***

 

 

 その後は立派な湯殿に案内され、それを堪能した。

 やはり大きな湯船は良いものだと再認識した。

 

 そして用意された大きな客室の、これまた大きな天蓋付きベットに僕は横たわった。

 深く沈みつつもしっかりと体を支えるマットレスは、やはりなるほど王宮に相応しいものだ。

 

 大魔法の行使、そしてなにより久方ぶりに遠出をしたため疲労があったのだろう。

 僕はすぐに夢の世界に旅立った。

 

 

 

 

 

サブタイトルにきちんとした題を入れるべきでしょうか…?

―――入れ始めました(2016/02/27)

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