表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
97/138

97. 欺瞞 (ぎまん)

「カイル様……どうしてここに……」


「失くした物がありましてね。

探していたら、こうして……会ってしまいました」


カイルは静かに周囲を見回し、尋ねた。


「さっきの連中は……何者です?」


「ど、泥棒です。

この前盗られた物を取り返そうとして……

そのせいで厄介に絡まれたみたいで」


それを聞いたカイルの眉間が、わずかに歪んだ。


「父上の領地に……

あんな無分別な連中が、まだうろついているとは」


短く息を吐き、口調をきっぱり変える。


「すぐ兵を要請して、処理させます」


「い、いえ! 私なんかのために……そこまで……」


「もちろん、治安のために当然すべきことですが……」


エリセルは頭を下げ、静かに言った。


「とにかく……ありがとうございます」


道に迷わないと豪語した自分が、

だんだん恥ずかしくなっていく。


「……この道で合ってるはずなんだけど」


ライネルは周囲を見回しながら呟いた。


だが数分前から、

同じ場所をぐるぐる回っている気がしてならない。


「……一人で動くなんて言わなきゃよかった」


後悔が、早くも押し寄せた。

どうやら、また迷ったらしい。


その時だった。


「……あの」


背後から聞こえた小さな声。

ライネルが振り向くと、

みすぼらしい格好の少年が立っていた。


見覚えのある顔。


数日前、

スリを追って盗賊のアジトまで踏み込んだ時、

そこで見た子どもだ。


「お前……お前は……」


不意の遭遇に驚いたが、

ライネルはすぐ落ち着いた顔で言った。


「今日は盗られるような物も持ってない。

だから、もう行け」


言い方は淡々としていたが、

そこには先日の出来事が微かに影を落としていた。


今、向き合うべき課題は、

奴隷の拘束具を外す手がかりを掴むこと。


正確に言えば、

奴隷を探している怪しい人物を見つけ、

拘束具と繋がったコントローラーを手に入れること。


ライネルはきっぱり歩き出そうとした。

だが少年の足は、その場に縫い付けられたように動かない。


言い出せない何かを抱えたまま、迷う目。


「……何だ? どうした?

悪いけど、俺、本当に何も持ってないぞ」


その瞬間、

少年が小さく口を開いた。


「……た、助けてください……」


ライネルの眉間に、薄い皺が寄る。


「いきなり何を言ってる」


少年は少し躊躇してから、

呟くように続けた。


「船に乗ってるって……聞きました」


「……どこでそんな話を」


ライネルは戸惑うように少年を見つめ、

やがて小さく息を吐いた。


「それと……いや、違う。

それは俺じゃ――」


言葉を濁した途端、

自分がさらに面倒な立場にいると気づいた。


「……はぁ、厄介だな」


どこでそんなことを知ったのかは気になったが、

これ以上時間は無駄にできない。


だから、慎重に話を切り替える。


「……俺は正確には船員じゃない。

一時的に雇われてるだけだ」


その言葉に、

少年の目が硬くなった。


「僕を助けてくれるなら……協力します」


「僕がいるアジトに……

探してる物があるかもしれません」


その瞬間、

ライネルの脳裏を疑念がよぎる。


(……罠か?)


ライネルは少年を静かに見た。

判断は、まだ下さない。


この街に滞在して、せいぜい五日ほど。

把握できているのは、全体のごく一部だ。


無理に動いて事故を起こせば、

これまで積んできた計画が全部崩れる。


王都で待つ仲間のことを思えば、

ここに長居する余裕もない。


一日でも早く戻らなければならない。


……だが。


目の前の状況を、

ただ見ないふりで通り過ぎるには、

胸のどこかが引っかかった。


迷った末、

ライネルは静かに口を開く。


「……分かった。信じてみる」


「でも騙したなら、

その時は俺も……お前をどうするか分からない」


少年は流れていた涙を、手の甲で拭った。


そして力なく――だが、はっきり頷く。


「……ついてきてください」


ライネルは無言で頷き、

その後ろを追った。


細い路地の奥。

人の気配が途切れるそこには、

歩くたび冷たい気配が染みてくる。


どこから奇襲が来てもおかしくない、

張り詰めた空気。


少年が立ち止まったのは、

盗賊たちの秘密のアジトへ通じる

いくつもある通路のうちの一つだった。


「それにしても……」

ライネルが低く言う。

「俺たちのこと、ずいぶん知ってたみたいだけど。どういうことだ?」


疑うというより、確かめたい気持ちが勝っていた。


少年は視線を逸らさず、

暗いアジトの廊下を縫うように進みながら、自然に答えた。


「船に乗ってるのは、

港でよく見る商船の印で分かったんです」


「……ああ」


ライネルは掌で額を軽く叩いた。

考えれば当然の話だ。


この街に慣れた子どもなら、

自分よりずっと早く多くの情報を掴む目を持っている。

それを見落とした自分が甘かった。


その時、

少年がふいに足を止め、

人差し指を唇へ当てた。


静かに。


そしてごく低い声で、

ライネルへ身を寄せる。


「アジトの近くです。

ここからは、もっと気をつけて」


言い終えると、少年は振り向いて尋ねた。


「探してる物って……具体的に何です?」


ライネルは少しだけ迷い、

静かに答えた。


「……あるかは分からないけど、

拘束されてる人の足枷を外せる道具みたいなやつ。

そういうのが必要なんだ」


「……こんな所にあるのか?」


疑いを混ぜて呟いたが、

少年は迷いなく頷いた。


「うちの盗賊団は、金になることなら何でもします」


「奴隷売買も例外じゃない。

きっとあります」


その言葉にライネルの足が一瞬止まったが、

少年は淡々と続けた。


「寝ぼけて廊下を歩いてた時に、聞いたことがあるんです」


「捕まえた奴隷を商品にする前に、

拘束具に制御をかけるとか……そういう話」


「その時に、いわゆるマスターキーみたいなのが作られて、

それで管理するって……」


「僕が知ってるのは……これだけです。

納得できる答えになったか分かりませんけど」


少年は慎重に言葉を締めた。


ライネルは頷き、もう一度確認する。


「じゃあ整理すると……

俺はお前が商船に乗れるよう手助けする。

お前は俺に、拘束具を外せる――

つまり“マスターキー”を確保するのを手伝う。そういうことだな?」


少年は黙って頷いた。


ライネルは腕を組んで少し考え、静かに言う。


「お前を信用してないわけじゃない。

ただ……先にきっちりしておいた方が、

後で揉めなくていい」


ライネルは、自分が船員ではないことを思い出した。


だがエリセルに頼めば、

仲介して乗せられるはずだ。


だから、はっきり言う。


「いい。言っておく。

俺はその船の船員じゃない」


「でも、本物の船員を紹介することはできる」


「……これでいいか?」


少年は頷き、淡々と言った。


「構いません。

船員になってもいいし、

別の方法でも、逃がしてくれるなら何でも」


小声で言葉を交わしながら歩いていた二人は、

いつしかある地点で足を止めた。


少年が壁の方を指して言う。


「この扉を開けたら……本格的なアジトです」


「中は侵入を防ぐために、

迷路みたいに複雑に絡んでます」


ライネルは困ったように首を振った。


すると少年が落ち着いた声で付け足す。


「大丈夫です。

中の道と見張りの位置は……だいたい把握してます」


「マスターキーの場所まで、

僕が案内します」


少年がそっと扉を横へ押した。


隙間から、

眠たげな灯りの光が

するりと内側へ滲み出る。


今回入った通路は、

前にエリセルが突破したルートとは、

まったく別の道だった。


少年の話では、

この盗賊の巣には簡単な罠が各所に仕込まれていて注意が必要らしい。


もちろん、

それは外部の人間にとっての話で、

自分が一緒なら問題なく通れるという。


だが本当の問題は、

奴隷を拘束する場所へ近づく時に起きる。


「そこは……首領の魔物を通らないといけません」


「……もうすぐです」


カビの混じった臭いと、

微かに漂う血生臭さが鼻を掠めるころ、

先を歩く少年が静かに言った。


そして、とある扉の前で立ち止まり、

耳をそっと当てる。


「……何してる」

ライネルが背後から低く問う。


少年は片眉を少し寄せて答えた。


「変なんです。

いつもなら……魔物の音が聞こえるはずなんです」


「どんな魔物だ?」


ライネルの問いに、

少年は言葉を濁して首を振る。


「名前は分かりません。

狼みたいなんですけど……雄ライオンみたいなたてがみがあって」


「結構大きかったと思います。

遠くから見ただけで……それくらいしか」


そう言うと、

少年はポケットを探り、

鍵束を取り出した。


カチ、カチ。


何度か試した末、

カチリという音とともに

扉がゆっくり開き始める。


ライネルと少年は慎重に中へ入った。


緊張しながら踏み込んだが、

意外にも内部は整っていて落ち着いた雰囲気だった。


壁はしっかり手入れされ、

床には埃ひとつないほどに整えられている。


「……でも」

ライネルが周囲を見回し、低く呟く。

「奴隷を商品にする場所にしちゃ……やけにまともだな」


少年は短く笑って答えた。


「そこが住む場所だからです」


ライネルは眉をひそめた。


「……どういう意味だ」


その瞬間。


ドンッ!


背後で荒々しい音とともに、

鉄扉が勢いよく閉まった。


鉄が噛み合う鈍い振動が、

密閉された空間に響き渡る。


すぐ外から、

聞き慣れない嘲笑が漏れた。


「ハハハ! ガキのくせに、やるじゃねえか」


「見かけより演技が上手いな」


複数の男の声が絡み合って聞こえる。


ライネルは

鉄扉の小さな覗き窓から外を見た。


「……どういうつもりだ!」


だが、

そこにいるはずの少年は、

もうどこにもいなかった。


「ふん……男のガキじゃ高値はつかねえが、

顔は悪くないしな……」


外から下卑た声が続く。


「貴族の奥方の玩具なら、そこそこ人気が出るぞ」


ライネルはまだ状況を呑み込めないまま、

鉄扉の前に立っていた。


その時、

遠くで口笛が鳴った。

それに混じって、ライネルのすぐ傍で

低く荒い呼吸が響く。


「……グルル……」


そこでようやくライネルは

視界の悪さを悟り、

素早く横を確認しようと首を回した。


だが覗き窓以外、

室内の灯りが弱く、

隣の存在をはっきり捉えられない。


その瞬間、

外で誰かが叫んだ。


「適当に脅すだけにしろ!

殺すなよ!」


その言葉を最後に、

外の連中は

一人、また一人と離れていく気配がした。


しかし――


「……グルルル……」


呼吸はどんどん近づき、

耳の横へ食い込むように迫る。


ライネルが慎重に

右へ顔を向けようとした、その瞬間。


黒い影が鋭い勢いで

彼へ飛びかかった。


だが、

黒い魔獣の牙はライネルに届かなかった。


空中で、

まるで止められたような姿勢のまま、

獣は動けない。


ライネルの瞳から

青い気配が噴き出す。


彼が鋭く目を細め、

片手を上げて――掴むように握り込むと、


空間が歪み、

黒い魔獣の体が

見えない手に絡め取られるように押し潰された。


「……グルルッ……!」


肉が捻じれ、

骨が軋む音。


そして。


パァンッ。


肉体が弾け、

血のように濃い液体が床を濡らした。


ライネルはゆっくりと顔を上げ、

鉄扉を睨む。


その視線の先で、

扉がミシリ。

ひび割れが走り、

やがて歪んだ隙間が広がって、人が一人抜けられるほどの穴になる。


「……はぁ」


ライネルはゆっくり、

光の差す方へ歩き出した。


近づいてくる、

騒がしい声。


盗賊たちの集まりなのか、

奥の部屋から雑多な会話が漏れてくる。


「見た目より、馬鹿なやつでしたね」


「こんなのばっかなら……

これからも簡単に連れて来られそうだ」


聞き覚えのある声だった。


ライネルは、

それが誰の口から出た言葉か――

確かめるまでもないと分かっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ