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95. 仕組まれた招待 (しくまれたしょうたい)

「問題になることはありませんよ。

私の個人の屋敷ですから」


「外部の邪魔もなく、

ただ静かに……趣味を共有したいだけです」


「……あ、そうなんですね」


エリセルが頷くと、

カイルは付け足すように微笑んだ。


「招待を受けてくださるなら、

美味しい食事も、心を込めて用意します」


エリセルは隣のライネルをちらりと見た。

ライネルも視線を返し、小さく息を整える。


(市場のど真ん中で一日中、置物みたいに立ってるくらいなら……

むしろ、そっちの方がマシだな)


一方でエリセルは、

(希少な品があるかもしれない)という期待が、

もう顔に出ていた。


「……では、分かりました」


先に口を開いたのはライネルで、

エリセルも短く頷いて続けた。


「ありがとうございます。失礼します」


その瞬間、

約束でもしていたかのように背後から

黒い馬車が一台、静かに姿を現した。


整った礼服。

品のある白髪の執事が馬車から降り、

優雅に腰を折る。


「お乗りくださいませ」


声は柔らかいのに、

動きは鍛えられた者らしく無駄がなかった。


流れに押されるように、

二人はカイルの馬車へ乗り込んだ。


「わあ……」


エリセルは馬車を降り、

目の前に広がる屋敷を見上げて感嘆の声を漏らした。


「すごく大きい……それに高級そう……」


ライネルも圧倒されたように、

静かに頷く。


カイルは謙遜気味に笑って言った。


「はは、そんなことは。

この程度で、そこまで褒められるとは」


そして顔を巡らせ、

執事へ静かに指示する。


「ネバス。お客様を応接室へ案内して差し上げて」


「はい、坊っちゃん」


二人はネバスの案内で、

広く静かな廊下を抜け、

陽がよく差し込む応接室へ向かった。


高級な絨毯の上を音もなく歩きながら、

エリセルはさりげなく家具や飾りを見渡す。


どれも……値の張るものばかりだ。


しばらくして、

身なりを整えたカイルが

落ち着いた足取りで扉を開け、応接室へ入ってきた。


「お待たせしました」


柔らかな笑みで言う。


「少し急ぎの用がありまして。

片付けていたら、遅くなってしまいました」


「いえいえ」


エリセルは明るく笑った。


「おかげで美味しいお菓子とお茶もいただけて、良かったです」


菓子を一つ手にした彼女は、

むしろ機嫌が上がった顔をしている。


だが隣のライネルは、

同じお茶を飲みながらも、表情がどこか硬い。


それに気づいたのか、

カイルが慎重に口を開いた。


「ライネルさん……何か深刻なことでも?」


ライネルははっとして、

すぐに作り笑いで首を振った。


「い、いえ。

こんな立派な家に来たのが……ただ珍しくて」


カイルは意味ありげに微笑み、

小さく頷く。


そして体を向けて言った。


「ネバス」


すぐに扉が開き、

執事ネバスが静かに現れる。


抱えていたのは、

ずしりと重そうな箱が三つ。


それぞれ違う紋様が刻まれた端正な箱が、

応接室のテーブルへ丁寧に置かれた。


「実は、お二人をお招きした理由は……」


カイルは箱の上に手を置き、言った。


「以前、競売で入手した品なのですが」

「真贋の判断が、私にはどうにもつかなくて」


「もし、お二人の意見を伺えればと思いまして」


「はいはい、見せてください!」


エリセルは返事と同時に、

椅子から勢いよく立ち上がった。


意欲満々だ。

本物の宝石を鑑定できる機会に、目が輝く。


ライネルも静かに身を乗り出した。


箱が一つずつ開かれ、

中にはそれぞれ赤いマグレイが埋め込まれた

指輪、腕輪、首飾りが収められていた。


光の角度で、

淡く瞬く赤い波動が

三つの品の正体をいっそう際立たせる。


「そうです」


カイルが言い添える。


「最近、話題の中心にあるマグレイ。

私も自然と興味が出まして、集めてみました」


品をしばらく眺め、

顔を上げて言った。


「どうですか?

私にはどう見ても本物に見えるのですが……」


エリセルは静かに、

一つずつ視線を移しながら

無言で鑑定を始めた。


赤い指輪、腕輪、首飾り。


その中でも、彼女の目がひときわ長く留まったのは

テーブルの端に置かれたイヤリング一対だった。


そして、

彼女の指がゆっくりと

そのイヤリングを指し示す。


「……これ」


小さく漏れた言葉に、

応接室の三人の視線が

同時に指先へ集まった。


赤い宝石が小さく嵌められたイヤリング。


「……このイヤリングだけが本物で、

残りは……全部、偽物です」


「そんな……」


カイルが驚いたように目を見開く。

眉がかすかに歪み、

唇が静かに固まった。


「すみません……」


エリセルが少し頭を下げる。


「がっかりさせたくはなかったんですが……」


けれど、

カイルの口元は妙に上がっていた。


「確信があるんですか?」


カイルが柔らかく尋ねる。


「……え?」


エリセルは反射的に顔を上げた。


「はい。確かです」


「感覚じゃなくて……

中を流れてる気配そのものが違います」


「エリセルさんの“勘”が外れることは、ないんですか?」


その言葉に、

黙って聞いていたライネルが

カイルへ鋭い視線を向けた。


「……何か別の意味での質問ですか?」


カイルは慌てたように両手を少し上げて笑う。


「はは、そういうつもりでは」

「その品……けっこう高い値で買ったものですから」


「ショックでしてね。

まさか全部偽物だとは……」


語尾に濃い落胆と溜息が混じる。


「外れないと思います。

私の能力で見た限りは」


「能力……?」


カイルの目が一瞬、鋭く光り、

わずかに細められる。


「先ほどおっしゃっていた“勘”というのは……

何か能力と関係が?」


「……あ、それは……」


エリセルは少し迷い、視線を逸らした。


「ここまで来て隠すのも難しいですし」

「信じなくても、構いません」


淡々と言う。


「私は……ギフトの持ち主です」


「ギフト……」


カイルの目がかすかに瞬く。


「聞いたことがあります。

百万人に一人、現れるという……先天的な才でしょう?」


「ご存じなんですね?」


エリセルが少し驚いたように訊く。


カイルは穏やかに笑った。


「私も興味がありまして。

少し勉強したんです。……もちろん詳しくはありませんが」


軽く頭を下げ、付け足す。


「もしよろしければ……

もう少し、説明していただけますか?」


エリセルはテーブルの宝石へ視線を戻し、言った。


「私の能力は……

物を見ると、特有の波動を感じるんです」


「一度、特定の品を見てその波動を覚えると」

「その痕跡が頭に残って、何度でも同じ波動を探せます」


彼女は指先で、静かにイヤリングを指す。


「だから、本物のマグレイを見て波動を覚えていたので……」


「今、目の前にある品の中では」

「このイヤリングからだけ、マグレイの波動が感じられます」


「……本当に、驚くべき能力ですね」


カイルが感嘆混じりに言う。


「……欲しい」


「……え? ほ、欲しいって……」


エリセルは目を丸くして戸惑った。


「……失礼しました」


カイルは手を上げ、詫びるように笑う。


「それほど……すごい能力だ、という意味です」


「大丈夫です」


エリセルは照れくさそうに笑って首を振った。


「むしろ……

こんなにすぐ信じてくれるのが、不思議なくらいで」


カイルは杯を置き、頷く。


「お二人をお招きして……本当に良かった」


そう言い終えると、

エリセルはゆっくり手を上げ、

そっとライネルを指差した。


「……この人、ここに来て何もしてないんですけど」


「ぶっ……!」


ライネルは飲んでいたお茶を吹きそうになり、

慌てて口を押さえた。


「ゴホ、ゴホ……!」


「はは……」


カイルは笑って言った。


「お二人が一緒だったからこそ、

私たちは市場で出会えたのでは?」


「……違う気がします」


エリセルは唇を尖らせ、

小さくぼやく。


カイルは静かに顔を向け、

執事ネバスを呼んだ。


「ネバス。あれを持ってきてくれるかい?」


「はい、坊っちゃん」


ネバスはすぐ部屋を出て、

しばらくして薄い紙を一枚持って戻ってきた。


それをカイルに渡し、

カイルは机の上へ丁寧に置く。


「これを……」


カイルは静かに、

その書類をエリセルの方へ差し出した。


「……これは、何ですか?」


エリセルが慎重に尋ねると、

カイルは自然な笑みで答えた。


「今週末に行われる、プライベート競売の招待状です」


「……それは、何なんですか?」


エリセルがきょとんとして聞き返すと、

カイルは指先で表紙を軽く叩きながら言った。


「うーん……簡単に言えば」

「特別な品だけが出る、秘密の競売だと思ってください」


「おお……!」


エリセルの目がぱっと大きくなる。

興味を隠せない顔だ。


カイルはしばらくエリセルを見てから、

視線を移してライネルへ軽く頭を下げた。


「……もちろん、ライネルさんには申し訳ないのですが」

「この席は非常に貴重で、用意が難しいのです」

「ですので今回は、エリセルさんのみ参加できます」


「構いません」


ライネルは気持ちよく頷いて笑った。


「僕は……品を見る才能が、まるでないので」


「はは、ご理解いただき助かります」


カイルは頭を下げ、杯を持ち上げる。


「では週末の正午」

「今日お会いした宝石街の入口付近でお会いしましょう、エリセルさん」


「はい、分かりました。

招待してくださって……本当にありがとうございます」


エリセルは丁寧に頭を下げ、

書類を受け取った。


その後、応接室では自然に

宝石についての軽い会話が続いた。


出処、加工法、

最近流行している形の話。


その間、エリセルは楽しそうに話していたし、

カイルも親切な微笑みを崩さなかった。


そしてある瞬間、

ライネルが静かに席を立って言った。


「すみません……少し、手洗いに」


「ネバス、案内して差し上げて」


カイルが執事へ合図する。


ライネルはネバスに従い、

静かな廊下を歩き始めた。


赤い絨毯が敷かれた廊下。

磨き上げられた彫刻と、華やかな装飾。


その先へ向かう途中、

ライネルの足が止まった。


廊下の片側。

静かに閉ざされた、大きな扉。


見た目は高級な扉だが、

その内側から異質な気配が、じわりと滲み出している。


目には見えないのに、

肌を撫でるように感じる

重く、奇妙な魔力の揺らぎ。


ライネルは何気ない顔のまま、

だが視線だけはその扉に、しばらく留めていた。



「本日は、とても良い時間でした。カイル様」


エリセルが慎重に頭を下げた。

それに合わせて、隣のライネルも頭を下げる。


窓の外を見ると、

屋敷を包んでいた陽射しはいつの間にか傾き、

太陽はゆっくり姿を隠しながら

夜の影が屋敷に落ち始めていた。


「夕食も召し上がっていきませんか」


カイルが柔らかく勧めると、

エリセルは首を振った。


「いいえ。仲間がいるので」

「一緒に戻って食べようと思います」


「残念ですね」


カイルは微笑んで頷く。


「次は……ぜひ、ご一緒に食事を」


視線を移し、

ライネルへ小さく笑って言った。


「ライネルさんも、今日はお会いできて嬉しかった」


簡単な別れの挨拶を済ませ、

二人は屋敷が用意した馬車へ乗り込んだ。


馬車の中、柔らかなクッションに腰を下ろし、

二人は屋敷へ向かってもう一度頭を下げる。


「はあ……今日、ほんと楽しかった」


伸びをするように両腕を大きく広げ、

エリセルが満足そうに言った。


だが隣のライネルは、

明らかに表情が重い。


「……どうしたんですか、ライネルさん?

何か嫌なことでも?」


ライネルは窓の外へ視線を置いたまま、短く返す。


「いえ。ただ……少し考え事を」


そして、少しだけ顔を向けて続けた。


「それより結局、今日も」

「赤い宝石の資料は、まともに集まりませんでしたね」


「はぁ……」


エリセルは大げさに溜息をつき、肩をすくめた。


「ギフト持ちが目の前にいるのに、心配性ですね?」


「本物を売ってる店も把握したし」

「魔力含有量が高い品も、だいたい見ましたよ」


何でもないことのように、

堂々と言うエリセル。

その顔には、かすかな自信が滲んでいた。


「それに……」


エリセルは手の甲で口元を軽く隠しながら言った。


「週末のプライベート競売……」

「すっごく楽しみです」


「良かったじゃないですか?」

「出発する前に……また会えるんですし」


そして、にやりと笑って付け足す。


「残念ですけど、ライネルさんは招待されてないから……」

「私だけ行かなきゃですね!」


「……はいはい。よかったですね」


ライネルは疲れたように、

ぶっきらぼうに吐き捨てる。


その口調には妙な不快感が混じっていたが、

エリセルはまるで気にしていない。


やがて馬車は静かに停まり、

二人は降りて、

船乗りたちが泊まる宿へ向かって

ゆっくり歩き出した。


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