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80. 新たな冒険の地 (あらたなぼうけんのち)

「······カミ」


ライネルが静かに口を開いた。


「周辺界で最近変化があったって話。

もしかして、それって拠点に何か問題が起きたって意味じゃないのか?」


カミは迷いなく答えた。


「多分、そうだ」


声はきっぱりしていて、目つきも真剣だった。


「“最近起動”って言葉そのものが······俺たちがあそこから抜けた時期と、ぴったり重なるだろ」


カミは語尾を押し殺す。


「つまり、魔界側で何かが動き始めたってことだ。

その影響が周辺界まで広がったんだろ······」


ライネルは目を細め、低く呟いた。


「······ってことは。

魔界が何か企んでるってことだよな」


その瞬間、ふと蘇った記憶が口から滑った。


「そうだ。エナールマ」


ライネルは管理者へ視線を向ける。


「さっき、俺の中に魔族の魔力が流れてるって言ったよな?」


短く息を呑み、もう一度問う。


「それ······どういう意味で言ったんだ」


エナールマは今回も感情のない声で答えた。


「それについて、特別な意味はございません」


「拠点は前利用者が権限を抹消し、

次に始祖の宝石を所有した“最初の登録者”が誰であれ、

種族・血統・起源に関係なく使用可能です」


「私が申し上げたのは、導き手様の魔力波形の解析結果に過ぎません」


エナールマは説明を続けた。


「各個体には固有の魔力振動数が存在します」


「現在、導き手様は人間の魔力と魔族の魔力が混在している状態です。

私はその新情報を得て、驚いただけです」


「それ以外の意味はありません」


「······そうか」


ライネルは静かに俯き、両手を見つめた。


手の甲、指、手首。

見た目は何も変わらない。


それでも内側を流れる感覚だけが、どこか異質だった。


「······オルタ。あいつが俺の中に······」


独り言のように漏れた呟き。


ライネルは改めて顔を上げる。


「じゃあ、ひとつ」


声が低くなる。


「その魔族の気配を抑えられないのか?」


エナールマはきっぱり首を振った。


「不可能です」


短い沈黙の後、付け足す。


「すでに導き手様が装着している始祖の宝石により、相当部分が抑制されています」


「追加の調整は不可能。

現状が最適な安全線に該当します」


ライネルは静かに息を吐いた。


(······つまり、今が最善ってことか)


顎が少し落ち、また上がる。


「次の質問」


ライネルは視線を逸らし、言った。


「この施設の中で、どうして俺の魔力が通らない」


「さっきゴーレムに襲われた時、

明確に魔力を使おうとしたのに······」


掌を開き、語尾に力を入れる。


「何も起きなかった」


エナールマは待っていたかのように答えた。


「この施設は、人間界の力の均衡を維持するために設計された構造物です」


「従って魔界の魔力は内部で発動できないよう、

特殊な結界が常時稼働しております」


「当該結界は外部侵入者、あるいは異質な魔力の暴走を防止する安全装置であり、

一般的な解除は不可能です」


エナールマの視線が、ライネルの腕輪へ一瞬だけ滑った。


「現在、導き手様の魔力は人間と魔族が混在した形態です。

結界により魔界の魔力と判定され、遮断されました」


「······だから、反応がなかったのか」


ライネルは頷きながら呟いた。


そこでふと、ライネルの目が細くなる。


「でも······カミ」


低い声で問う。


「お前、さっき水の魔法を使ったよな?」


カミは瞬きし、頷いた。


「使った。けど、あれは人間界の魔法だ」


説明するように続ける。


「ドラゴン族は自前の魔力だけじゃなく、他種族の魔力もある程度扱える。

特に人間界の魔力は構造が単純で、使いやすい」


「······は?」


ライネルの目が大きく開く。


「待て。ってことは······」


カミは舌打ちして、小さく笑った。


「バカ。まだ自分のこと分かってねぇのか?」


カミは指先でライネルを指した。


「一言で言うと、お前は······人間の体で“魔族の魔力”を使って魔法を撃ってるんだよ」


カミの声が一段荒くなる。


「周辺界で戦ってた時のお前、俺は見た。

お前、完全に魔族みたいになってたぞ!」


投げつけるような言い方。


ライネルは首を振った。


「それは······俺じゃない」


「······は?」


カミの目が細くなる。


「何言ってんだ。とうとう頭がイカれたか?」


カミは一歩近づいた。


「じゃあなんで、今また“お前”に戻ってんだよ。

最初から全部見てたんだぞ······」


ライネルはしばらく黙った。


組んだ指に力を込める。

指先がわずかに震えた。


「カミ」


囁くように呼ぶ。


「他の奴らには、秘密にしてくれ」


カミが口を閉じた。

一瞬で、ふざけた空気が抜け落ちる。


ライネルは続けた。


「俺の中には······理由は分からないけど、別の魂が入り込んでる」


「そいつは力を貸す代わりに、少しずつ俺の体を侵食してる」


「結局、俺を器にして、自分が復活しようとしてるんだ」


「······そんなの、あり得ない······」


カミの声がわずかに揺れた。


ライネルはきっぱり遮った。


「冗談じゃない」


目が揺れない。


「お前が見た“別の俺”。

あれは······」


短く息を呑み、真っ直ぐ言った。


「俺の中に棲んでる魔族、オルタだ」


瞬間、カミの目が見開かれた。


「······オルタ?」


小さく復唱し、一歩後ずさる。


「バカ言え。

それ······魔王の名前だろ」


空間が一瞬、固まった。

静かだった気配が、目に見えない震えを帯びた気がした。


ライネルは目を閉じ、ゆっくり息を吐く。


「······そうだ」


「今、俺の中にいるのは、その“オルタ”だ」


ライネルは鋭くカミを見た。


冗談の一つも許さない、そんな眼差し。


「······何だよ、その顔。怖いだろ」


カミは肩をすくめ、視線を逸らした。


「あ······分かった。信じるって」


唇を歪めて、無理やり笑う。


「まあ······都合はいいよな。

俺たちはその力が必要だったし」


「······悪い」


ライネルは静かに俯いた。


「他の奴らには、秘密にしてくれ」


「言っても信じないだろうけど······

変な誤解はされたくない」


カミは宙を見ながら短く息をつき、答えた。


「そのへんは心配すんな」


そして、ぶつくさと付け足す。


「正直······俺もまだ、お前がそんな存在だって完全には信じ切れてねぇ」


一拍置いて、カミは意地の悪い笑みを作る。


「でも、仮に本当でも」


「俺が独り占めするからな。へへへ」


「······どういう意味だ」


「何が?」


カミはわざとらしく首を傾げる。


「何でもねぇよ。

ただ、お前を“指名”したってだけ。力も、運命も、全部独占」


ライネルは呆れたように眉を寄せたが、すぐ表情を消した。


「······それと」


ライネルの声がまた低くなる。


「俺たち以外にも、始祖の宝石で拠点を起動してる奴がいる」


一度息を整える。


「結局······そいつとぶつかるんだよな」


カミは目を閉じたまま頷いた。


「そうだ」


「多分そいつが、最近の周辺界に影響を与えて、均衡を崩してる原因だろ」


語尾が少し重くなる。


「周辺界で問題が起きて、親父が動いたのも、

きっとそいつと関係してる」


言い終えると、カミは疲れた顔で床に座り込んだ。


「はぁ······うんざりだ」


「魔族ども、何を企んでやがるんだよ」


ライネルは答えなかった。


ただ静かに腕を上げ、

手首に巻かれた赤い腕輪を見つめる。


その奥で、淡く脈打つ光。

静かなのにしつこく、まるで何かを予告するみたいに。


「······そのうち会う」


ライネルが低く呟いた。


「本物の敵か、

それとも······俺と同じ導き手か」


施設の管理者、エナールマは

ライネルとカミの会話を、乱れなく聞いていた。


表情は無表情。

瞳にあるのは機械的な解析と判別だけ。


そのエナールマへ、ライネルがふと質問を投げる。


「エナールマ」


「ここから、人間界の別の場所へ移動できるか?」


質問を受け、エナールマは迷いなく頷いた。


「可能です」


「この施設と接続された人間界の転移地点は、

現時点で三つ存在します」


ライネルがすぐに問い返す。


「その場所は······どこだ」


エナールマは指先を動かし、魔法陣を展開した。


宙に赤い円が浮かび、

その上へ三つの文字がゆっくり刻まれる。


「地点を提示します」


「一、トリルライオン移動石」


「二、エバーダイナー移動石」


「三、ルビアン移動石」


「以上、三地点へ移動可能です」


カミが顎に手を当て、呟いた。


「······何だよ。全部初耳の地名だ」


ライネルも首を僅かに傾げる。


「全部······昔の呼び名なのか。

地図でも見たことがない」


ライネルは手首の赤い始祖の宝石を見ながら問う。


「じゃあ、この宝石があれば、自由に行ったり来たりできるのか?」


エナールマはゆっくり首を振った。


「不可能です」


声は揺れない。


「地点移動は、この施設に蓄積された自然魔力を用いる機能です」


「指定地点、すなわち各場所に設置された移動石から、

ここへ帰還するのにも一か月を要します」


カミの目が細くなる。


「一か月?」


エナールマは淡々と続けた。


「さらに、別地点への再転移を試みるには、

最低一か月以上の再充填が必要です」


「······は?」


ライネルの表情が固まった。


「じゃあ······三つのうち一つを選ぶしかないってことか。

運が悪けりゃ······」


歯を食いしばる。


「王国と無関係な外れへ落ちる可能性もあるってことだよな」


そのとき、エナールマがゆっくり頷き、問う。


「導き手様。移動されますか」


ライネルはしばらく黙った。


前へ進む一歩が、

一か月というリスクになって返ってくるかもしれない。


迷いが伸びた、その瞬間。

見慣れた重みが肩へ“ぽん”と乗った。


「ライネル」


カミが耳元で囁く。


「どうせ、ここに居続けられねぇだろ」


「戻れるにしても、まず出るんだ。今」


「······でも」


ライネルは眉をしかめ、小声で返す。


「外したら最低二か月だぞ、カミ。

移動した先に道も人もなかったら······」


「行け!」


カミが遮って手を振る。


「人が住んでるなら、道はどっかで王都に繋がる。そういうもんだ」


「悩むな。選べ。

一、二、三。どれか“押せ”」


ライネルは俯いたまま、無言で数字を繰り返した。


(一······二······三······)


迷いが長引く。


「一······違う」


「二は······くそ、分かんねぇ」


しばらく頭を回した、そのとき。

不意に仲間の顔が浮かんだ。


アイラ。

モネロ。

そして······ライネル。


三人。

三。


「······よし」


ライネルがゆっくり顔を上げる。

目が固くなる。


「エナールマ」


「三にする。

ルビアン移動石へ頼む」


エナールマは静かに頭を下げた。


「承知しました、導き手様」


「またお会いする日まで、ここで待機いたします」


直後、施設奥の壁面が“すうっ”と割れ、

隠されていた扉がゆっくり開き始めた。


機械音と共に開く巨大な石門。

中から、もくもくと満ちる眩い光。


柔らかく温かな魔力が、風のように二人を撫でた。


「その扉をお進みください」


エナールマの最後の案内。


ライネルは静かに頷き、

ゆっくりと足を運ぶ。


「······何が待ってるんだろうな」


小さく漏れた言葉が、自分の耳に深く刺さった。


肩の上のカミは両腕を広げ、目を閉じる。


「行くぞ」


つま先が敷居を越えた瞬間、

視界が白く弾け――


二人の輪郭は光の中へ、

静かに、慎重に、

溶けるように消えていった。


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