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79. 導き手 (みちびきて)

二人はしばらく、何も言わなかった。

息づかいさえ飲み込み、深い沈黙だけが長く伸びていく。


廊下の突き当たり。

闇の向こうの角を曲がると、巨大な屋内空間が姿を現した。


「······うわ」


思わず、ライネルの口から感嘆が漏れた。


正確な長方形に設計された空間。

天井は途方もなく高く、内部に装飾は一切ない。

“空っぽ”という言葉が、ぴったりだった。


コツ、コツ。

足音が床を打ち、壁を伝って天井へ昇り、また落ちて、何度も跳ね返った。


「······こんな空間を······地下に?」


ライネルは言葉を濁しながら、ゆっくり周囲を見回す。


忘れ去られた神殿へ踏み込んだ探検家みたいに。

動揺も渇きも、一瞬だけ後ろへ押しやられた。

奇妙な高揚が、瞳に静かに貼りつく。


中央。


何もない空間のど真ん中に、

儀式用の祭壇を思わせる設備が一つ、鎮座していた。


段々にめぐる階段。

正方形の小さな舞台のような構造。

一人がやっと立てる程度の大きさだった。


「······何だ、あれ」


ライネルはゆっくりと、そちらへ歩み寄った。


カミは後ろで足を止めた。

何も言わず、ただライネルの背中を見つめている。


階段は古びているのに、妙にしっかりしていた。

一歩、また一歩。

踏みしめる感触が、どこか懐かしい。


拒絶感がない。

むしろ自然だった。


まるでそこが、

最初から彼のために用意されていた場所みたいに。


最後の一段を踏み、正面に立った瞬間。


ライネルの左腕から、

赤い光が滲み出した。


「······!」


予期しない反応に、ライネルは思わず目を落とした。


赤い魔力は腕を伝って流れ、

彼の足元へ染み込む。


そしてすぐ、床一面に光る紋様が浮かび上がった。


見覚えのあるような古代文字。

絡み合い、重なり、流れるように繋がって光を描く。


その光は階段を伝って降り、

床を走って広がり、

正方形の室内全体を静かに満たした。


眩しくもない。脅威でもない。

落ち着いた、どこか温もりを含んだ赤。


だが現象は長く続かなかった。


すっ。

風が撫でたような気配と共に、光が消えた。


「······何も······起きない?」


ライネルは戸惑った顔で周囲を探る。


静けさが戻る空間。

再び暗い床。

すべてが元通りになったようだった。


「······今のは······何だったんだ」


囁きみたいな声が漏れた。


答えはない。

カミも黙ったまま首を傾げるだけだ。


けれど――


何かが、ほんの僅かに、ゆっくりと動き始めた。


ライネルは本能的に視線を走らせた。

さっきの現象が消えた場所を、改めて舐めるように見ていく。

床、壁、天井。

一つも見落とすまいと。


「······何だよ、終わりか?」


失望が、ほんの少し顔に滲んだ。


結局、ライネルは重く息を吐き、

階段を下りていく。


カミが近づくと、ライネルは小さく呟いた。


「カミ。ここはただの······今のところは、ただの遺跡っぽい」


ゆっくり首を振る。


「俺が期待したのとは違うな。

冒険者学校と繋がる秘密とか······そういうのじゃないみたいだ」


「······どうせ、昔に使われてた施設で、

今は過去の痕跡が残ってるだけ――」


そのときだった。


四方が静まり返った瞬間、

背後から薄く、落ち着いた声がした。


「ようこそ。導き手様」


「······!」


ライネルは反射的に振り向いた。


目の前に立つ人物。

その存在は、気配すらなく現れていた。


白く光る銀髪。

細く長い手足。

古代の聖職者を思わせる装い。


無彩色と青銅色が混ざる布は、

今の時代の服とはまるで合わない。

顔立ちも中性的で、女か男かもすぐには判別できなかった。


「······導き手?」


ライネルは呆然と呟き、一歩引いた。


「私は······そんなものではありません」


混乱した顔で首を振る。


「それに、あなたは······どうやってここに······」


「私はこの施設の管理者です」


その人物は丁寧に頭を下げ、名乗った。


「エナールマと申します」


声は滑らかだった。

機械のように硬いというより、感情が抜け落ちたように静かだ。


「今日この時のため、非常に長い時間、休眠状態に入っておりました」


その言葉にカミが一歩前へ出た。

小さな体でも、目は鋭い。


「おい。エナールマ、だったか」


カミが歯を食いしばって問う。


「こいつが持ってるそれ。

本当に『始祖の宝石』なのか?」


ライネルは無意識に手首を見た。


腕に巻きつく暗い紐。

その内側で、淡く光る赤い宝石が一つ。


普段は気にも留めないそれ。

だがさっき、遺跡が反応した中心。


「はい」


エナールマは頷いた。


「目の前に立たれている導き手様が装着している腕輪。

そこに嵌め込まれた宝石は、間違いなく『始祖の宝石』です」


その言葉が落ちた瞬間、

空間のどこかを妙な波が撫でた。

肌が一瞬だけ冷えた。


「その証拠に、私もこうして再び『起動』できました」


エナールマの視線がまっすぐ、ライネルを射抜く。


「その宝石は、この遺跡の『正統継承者』にのみ反応します」


ライネルは黙って腕輪を見つめた。


「······俺が······正統継承者?」


言葉が重すぎて、声が揺れた。

その肩書きが自分の体に乗る感覚が、ひどく馴染まない。


「······うーん······長老の言ってたこと、いちおう······」


カミが小さく呟いた。

確信があるようで、どこか引っかかる調子。


ライネルはカミを見る。

眉間がわずかに寄った。


「······何だよ」


疑うように問うと、カミは慌てて両手を振った。


「ち、違う! 何でもない!」


言葉を濁し、無理な笑いを足す。


「よかったじゃん。選択肢は多いほどいいだろ? な?」


ライネルは疑いの目を消せなかったが、

今はそれ以上追及しなかった。


そのとき、

静かにライネルを見ていたエナールマの表情に

ほんの僅かな陰りが差した。


「······しかし、導き手様は」


口調にごく薄い混乱が混じる。


「私に事前に注入されている情報とは、いささか相違がございます」


「······どういう意味だ」


ライネルの眉がぴくりと動いた。


「それに、その『導き手』ってのは······一体何なんだ」


声は強く出したつもりでも、最後が僅かに震えた。


「俺はそんなのじゃない。

ただの······普通の冒険者だ」


一度息を整え、もう少しはっきり言う。


「あなたの言う『正統』が何だろうと、

俺がそんな場所に相応しいわけがない」


だがエナールマは視線を外さない。


「······今、私の前に立たれている導き手様は」


そして断定した。


「人間と魔族。

双方の気配を、同時に有しております」


「······は?」


ライネルの目が大きく揺れた。


体の内側を、冷たい感覚が一気に走り抜ける。

否定したい言葉が、あまりにも正確に突き刺さった。


そしてふと、ライネルの目つきが僅かに変わる。


「······なら」


彼はゆっくり顔を上げた。


「この施設の管理者だっていうなら。

お前の持ってる情報、その全部を······俺に教えろ」


短い沈黙。


エナールマは黙って彼を見つめ、

やがて静かに頷いた。


「承知しました」


「始祖の宝石は、合計五つの欠片に分割され、

世界の重要拠点へ分散して存在しております」


エナールマの声は相変わらず無表情で静かだった。


「各宝石は、人間界に二つ。

周辺界に二つ。

そして魔界に一つ」


「この五つの欠片は、異なる階層の均衡を維持し、

世界を支える軸の役割を果たします」


ライネルとカミは黙って耳を傾けた。


「この施設は、人間界に位置する重要拠点の一つです」


エナールマは二人をゆっくり見渡し、説明を続ける。


「各施設内部には、世界の均衡が崩れた場合に備えた

復旧装置と魔法構造物が搭載されており、

特定の資格者が現れた際、自動的に『起動』状態へ移行します」


「ここは人間界の潜在能力を覚醒させることを主機能としており、

それに伴う『試験』も別途、用意されております」


そして――


「導き手とは」


エナールマは顔を上げ、ライネルを正面から見た。


「施設内ゴーレムの統制権。

緊急命令権。

各種防衛装置および記録へのアクセス権」


「全般的な支援を要請できる、

唯一の資格者です」


「······だから、ゴーレムが止まったのか」


ライネルは小さく呟いた。

それからもう一度、手首を見る。


小さな石の欠片一つ。

だが、その中に詰まった重さは

思っていたよりずっと大きい。


周辺界で出会ったクレセリアの思念。

マッドドラゴンの長老の言葉。


離れていた欠片が、

この腕輪一つで繋がっていく。


(どうして、俺なんだ···)


まだ完全には飲み込めない。

それでも、パズルが少しずつ嵌っていく感覚だけは確かにあった。


そのときカミが、いつもの調子で口を挟む。


「ライネル、俺の言った通りだろ?」


小さな手をぶんぶん振って付け足す。


「今はそう見えないかもしれないけど、

ここは本来、冒険者を育てて潜在能力を引き出す場所だったんだ」


「長老が間違うわけないしな。そりゃそうだ」


ライネルは力なく笑い、頷いた。


「······ああ、カミ。

まあ、間違ってはいないと思う」


そして視線を落とす。


「でも······まだ頭がごちゃごちゃでさ。

ちょっとだけ、考えをまとめる」


カミは肩をすくめて後ろへ下がった。


しばらくして、

カミが管理者へ顔を向けて問う。


「じゃあ、こういう施設は

ここ含めて合計五つってことか?」


だがエナールマの返答は冷淡だった。


「導き手様以外の質問には応じません」


「······は?」


カミは目を細める。


「融通きかねぇタイプかよ」


カミは腕を振り回してライネルに叫んだ。


「ライネル! お前が聞け!」


ライネルはため息をつき、頷いた。


「······分かった」


エナールマへ視線を上げる。


「じゃあ俺が聞く。

こういう施設は、ここを含めて合計五つでいいんだな?」


エナールマは即座に頷いた。


「その通りです」


「始祖の宝石が分配された数だけ、

すなわち総計五つの拠点が各階層に分かれて存在します」


「そのうち人間界には二つ。

現在、導き手様が居られるここは、その一つです」


ライネルは短く頷いた。


「······なら。

他の導き手が、すでにどこかの拠点を使ってるかどうか。分かるか?」


エナールマはわずかに俯き、静かに答えた。


「各拠点を利用している導き手が『誰』であるかまでは、

管理システムでも識別できません」


「しかし」


声がほんの僅かに低くなる。


「現在、魔界の拠点一つが起動状態に入っております」


「そして周辺界の拠点一つも、

最近、起動が開始されたことを確認しております」


「······何だと」


カミの顔が固まった。


小さな手を顎に当て、

短く考え込む。


「······ってことは」


カミの視線が静かにライネルへ向く。


「今、俺たちがここを起動させたのも、

他の導き手に感知されてる可能性があるってことだよな?」


エナールマはカミの言葉には反応しない。

黙然とした無視。


カミは眉を跳ね上げ、ライネルへ体を向けた。


「ライネル、これは流せねぇ。

本当か確認しろ。向こうが俺たちの起動を知れるのか」


ライネルは静かに顔を上げた。

視線はエナールマを真っ直ぐ捉える。


「······エナールマ」


低いが、はっきりした声。


「本当か。

俺たちが起動させたことも······他の拠点で感知できるのか?」


エナールマは目を閉じ、ゆっくり開いて答えた。


「はい」


「導き手の正体までは識別できませんが、

各拠点は互いの起動信号に限り、同期が可能です」


「すなわち、他の拠点の管理者たちも

ここが稼働中である事実は、すでに認知している可能性が高いでしょう」


「······くそ」


カミが小さく歯を食いしばった。


「もう時間勝負だな」


ライネルは黙って肩を強張らせ、

腕を抱くように擦った。


「······寒気がした」


声が低く沈む。


「そうなると······俺たちがここで何をしても、

それ自体が他の導き手に“活動中”ってバレるってことだろ」


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