執行人side
俺の初恋は、処刑台の上だった。
女の首に縄をかけた時、俺は彼女と目が合った。全てに絶望したような、光を失った瞳。聞けば、実の兄を誘惑して、兄がそれを断ると逆上して階段から突き落としたのだという。
とんだ色情魔の悪女であった。
ドキドキと胸が高鳴った。美しい貴族の女。自分のような身分では、その罪がなければこうして目を合わすことすら許されない女。
そしてこの恋は、俺の手によって終わる。
床板を外す紐を引っ張って、彼女を奈落に落としていく。紐がビーンと、張り、大きく揺れてやがて止まる。
処刑人なんて嫌々やっていた家業であった。やりがいもない仕事。みんながやりたがらないからしかたなく我が一族がやってきた仕事。それがどうだろう。今、俺は。初恋の女を吊り上げた。彼女の人生を俺が終わらせたのだ。俺は彼女にとって最後で唯一の相手。初めてのやりがいに脳が震えた。
体中の血が昂り、頭の中の泡が弾けて昇華する。
俺は、興奮していた。それと同時に萎えていた。もう、俺の最愛の人は死んでしまった。このリビドーを再度感じることはできないのだ。
あまりの苦しみに私は息ができなくなった。
そして信じたこともない神に祈った。
ああ、どうか。この悦びを再び味わせてください。
すると、どうだろうか。神か悪魔か、何かが私の願いを聞き入れて、時が巻き戻ったのだ。時は、彼女を吊る一年前に戻っていた。
ああ、これでまた彼女に会える。
高鳴る胸を抑え、彼女がその兄を殺してくれるのを待った。
しかし今度やってきた彼女は、次期国王の婚約者を痛ぶったという不敬罪でやってきた。
彼女は随分な悪女のようで、毎回違う罪状で処刑台に送られてくる。
自分の手で殺してしまうにも関わらず、俺は悪女と会えることが楽しみでしかたなかった。俺が彼女を殺し、その罪を精算してあげる。それは俺たちの愛の形だった。
だけど、ある日。彼女の調書を見る機会があった。そのあまりにも杜撰な調書に俺は震えた。そして気がついた。彼女は金儲けの道具にされている。父親に意味のない罪であえて死に戻らされているということに。
彼女を、彼女を殺していたのは自分ではない。そのことが俺にとってどれほどのショックだったか。俺は縄に切れ込みをいれ、わざと、彼女の処刑を失敗させた。
俺の部屋で目覚めた彼女は俺に死を望んだ。
「……貴方には関係ないでしょ。お願い。私を殺して!」
「嫌だね。一人でどうぞ」
そんなことはさせないけれど。
「それができないからお願いしてるの。貴方執行人でしょ?私なんて簡単に殺せるでしょ。殺すことなんてなんとも思わないでしょ」
俺の中に怒りが込み上げた。彼女は未だ、父親のために死のうとしている。そんなのは不貞行為だ。浮気だ。許されない。
思わず彼女の首を締めた。ああ、ダメだ。まだ殺してはだめだ。ああ、なんて、細い首なんだ。美しい。
彼女に突き飛ばされ、俺は後方に転がった。
彼女の目は生に満ちていた。ああ、よかった。危なかった。今殺したらあの父親の思う壷じゃないか。女には俺だけを見て欲しい。父親なんか忘れさせなければならない。
行く当てもなかった彼女は俺の家に住むようになり、いつしか俺の妻のように振る舞うようになっていった。
ああ、可愛い。ああ、好きだ。
彼女をいつか、どんなふうに殺そうか。生の宿り始めた瞳はどうやって俺を見つめてその火を消すのだろう。彼女のことを思うと、顔が赤くなった。
だけど、そんな幸せな日々は長くは続かなかった。
※
彼女の父親が、突然尋ねてきて、彼女を刺したのだ。
ずるいずるい!貴方という人はまた私と彼女の睦ごとを邪魔するのでか!?
ああ、許せない。なんで、どうして。どうして彼女があんな男に殺されないといけないんだ。
血まみれの美しい彼女を抱きしめ、なんとか止血をするが、どくどくと美しいそれは止まることを知らない。
「死ぬな!死ぬな!殺されないでくれ!お前を殺すのは俺だ!俺なんだ!!」
ああ、このまま死んだらやり直しか。やだなぁ。今のままの彼女を私の手で殺したいのに。次のループじゃ新鮮味がなくなってしまう。彼女に父親を忘れさせるのは骨が折れるのに……。
俺の目の前で光を失っていく女は、俺に何かを伝えようと口をパクパクと動かしていた。
それを見ていたら。とてもいいことを思いついた。
止血の手を止め、彼女の首を包み込む。ああ。細い首だ。
彼女と見つめ合う。ほとんど光の消えたそれはそれでもまっすぐ俺を見つめていた。そこに父親はいない。いるのは俺だけ。こんなに喜ばしいことはない。
力を込め、その首を締めていく。なるべく時間をかけて、でも俺が殺せるように。
最後にぱきりと、骨が折れる音がして。確実に彼女は俺の手の中でその命を失った。
ああ、死んだ。
そこに、最初ほどの、爆発的な悦びは案外そこにはなかった。
それから、時間が巻き戻ることはなかった。だが、あいもかわらず、俺は処刑人をしている。
嫌だった家業だが、今はそれほどでもない。最初の妻のように、また俺に、爆発的なあの感情を与えてくれるの人を探して、今日も俺は誰かの首を吊っている。