12 神聖教団の方針
神聖教団にはいくつもの顔がある。
多くの人々にとっては、精霊に祈りを捧げる際の規範になってくれる組織だ。
村や町にモンスターが入ってこないのは、その土地を守護する精霊のおかげ。その当たり前の知識が、当たり前のこととして知られているのは、神聖教団の熱心な布教のおかげだ。
人々はふとしたときに精霊に感謝を捧げ、週末は教会に集まって一緒に祈る。
そうしていれば精霊の加護がずっと続くだろう、と安心を得られるのだ。
また、機械式の時計はまだまだ珍しく、時間を正確に知る方法がほとんどないため、多くの人は教会の鐘に合わせて生活を送る。
鐘の音で起床し、鐘の音で昼の休憩を取り、鐘の音で仕事を終える。
膨大な魔法の知識を有する世界最強の魔法師集団、という側面もある。
神聖教団は教えを広めるために世界中に勢力を広げた。それと同時に、各地の伝承を調べたり、古代文明の遺物を調査し続けた。そうして集めた知識をもとに、新たな魔法理論を組み立て、才能ある者に教えていく。
それを繰り返しているうちに、神聖教団はどの国家よりも強大な戦力を有するに至った。
建前上、それぞれの国家と神聖教団に主従はない。
国政は国家が行い、信仰は神聖教団が取り仕切る。
そういう棲み分けがなされた、対等な立場ということになっている。
とはいえ、互いの力の差を考えれば、神聖教団が国家になにか『要望』をする場合、実質的に『命令』となってしまう。
神聖教団は世界を支配したいのでも、破壊したいのでもない。ただ、よりよい世界になるよう導きたいだけだ。
しかし、全ての者が神聖教団の方針に納得できるはずもなく。ときには不幸な衝突が起きた。今のところ、神聖教団はその衝突において歴史上、不敗である。
もちろん、盤石と言いがたい部分もある。
神聖教団の組織が巨大化し続けたゆえに、教えを広めるべき神職が率先して愚行を働くというケースも見受けられる。
近年では、偽聖女事件がそれだ。
地方の司教が、普通の少女であるエリシアを聖女に仕立て上げた。その企てに教団の上層部の一部も関与した。
その後、白の聖女が発見され、エリシアは偽物と判明する。
だが更に話は一転し、エリシアも本物として覚醒したのだ。
神聖教団としては恥以外のなにものでもない。
やはり聖女と認定された者は全て聖都に連れてきて、厳重な管理下に置くべきという意見が強まる。
しかし聖女の出現は世界の意思であり、その土地に現われたのにも意味があるはず。聖女の行動にむやみに干渉すべきではない。神聖教団はただ、聖女がその力でなした功績を人々に広め、希望の材料にしてやればいい。
この議論は今まで何百回と繰り返され、聖女に対する方針は何度もコロコロと変わった。
神聖教団として一番困るのは、聖女に干渉しすぎてヘソを曲げられること。たんに聖女が働かなくなるだけならまだしも、教団と完全に敵対されたら致命的だ。
なにせ教団自身が「聖女の素晴らしさ」を声高に語ってきた。
聖なる力を持った女性が、献身的に人々に尽くす物語。
辛いことがあっても、熱心に祈れば、聖女が助けに来てくれるかもしれない――。
信仰心を刺激するには、聖女は上質の材料だった。
その聖女を敵に回せば、これまで利用してきた分がそのまま教団へのダメージとなって返ってくる。
幸いにも、聖女となる女性は例外なく、献身的な性格だった。
放っておけば、神聖教団が望むような活躍を勝手にしてくれる。
偽聖女事件での問題は、聖女に覚醒していない少女を聖女として認定させようと企んだ者たちがいたこと。それを教団が止められなかったこと。大きくはこの二つだ。
エリシア自身に問題があったわけではない。
今後も聖女に対しては「見守りつつも、自由に行動させる。聖女から教団に要望があれば可能な限り聞くし、教団が聖女になにか要求するときは『お願い』という形をとる」という方針が続く。
世界が終わるような危機が迫れば、また対応が変わってくるだろうが。