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第23話(2)人の心 -望と朋夜-

 幸紀が運転するバスは、望が作った道の上を進んでいく。舗装されていない道で、進むたびに震動するが、川を渡り切るには十分な強度だった。


「…造作もない」


 幸紀は望の作った道を渡り切り、小さく口角を上げ、改めて平地を進み始める。難所を越え、平常運転に戻る幸紀の隣に、朋夜はやってきた。

 幸紀はいつもと違う行動をする朋夜に一瞬目をやる。しかし、すぐに正面へ向き直った。


「…幸紀さま、今、少し、お話ししてもよろしいでしょうか?」


 朋夜が突然、幸紀に尋ねる。幸紀は朋夜の表情を一瞬確認する。


(…女がこういう顔をしてる時は面倒なことになる…こいつの悩みなど興味もなければ聞きたくもないが…使える奴のパフォーマンスが落ちるのも困りものか…)


「ダメでしたでしょうか…?」


「…構わん。だが、俺は聞くだけだぞ」


「聞いてくださるだけでも嬉しいです…いつも、悩み事は、父に相談しておりましたので。幸紀さまになら、父に話しているような気になれる気がして」


「それで、要件は」


 幸紀は朋夜の方を見ずに尋ねる。朋夜は胸の辺りで右手を握りながら、話し始めた。


「…望さんのことです。私は…彼女から憎まれているようで…」


「知り合ったばかりなのにか?」


「いえ、その…実は望さんとは、過去に会ったことがあるのです」


 朋夜の言葉に、幸紀は眉を上げる。


「ほう?そうだったのか」


「はい。1年前…彼女が事件に巻き込まれて、足を負傷した時、私は現場にいました…何の因果か、私がたまたま街に出かけた時、近くの路地裏から、女性の悲鳴が聞こえたのです。急いで駆けつけてみると、悪魔が数体いて、女性を襲っていました。そして、そのとき襲われていたのが、望さんだったのです」


 朋夜は俯きながら語る。一方の幸紀は、朋夜の話を聞いてその裏を思い返していた。


(1年前…悪魔軍の威力偵察のときだな…『月暈の巫女』の実力を見るための散発的な攻撃…1体の上級悪魔と、2体の中級悪魔、10体の下級悪魔が瞬く間に排除されたと聞いて、『月暈の巫女』は別枠で対処するという話になったのだったか…だがその時に望が巻き込まれていたとは)


 幸紀が思い返す事件の真相など、朋夜は知る由も無く、話を続けた。


「魔を祓い人を守ることが『月暈の巫女』の務め。私はそれに従い、望さんを助けるために戦いました。その時、望さんは脚を怪我しており…私は救急車を呼んで、治療をお任せしました。それ以降、望さんとは会っていなかったのです」


「そうか」


「はい。それが、ようやく会えて…ゆっくりお話しできて、仲良くなれると思ったのに…先ほど話しかけたところ、『話したくない、仕事以外で話しかけないでほしい』と…私は何を間違ったのでしょうか…」


 朋夜は着ている袴の帯を握りしめる。

 幸紀は何も言わない。

 朋夜は幸紀の方を見上げて尋ねた。


「…幸紀さまは…助けた相手から憎まれたことがありますか?」


 弱々しく尋ねる朋夜に対し、幸紀は朋夜の方を見ず、正面の窓の景色だけを見ながら答えた。


「さてな。俺は他者を助けたことなどない。敵ならば斬る。そうでないなら斬らない。そう生きてきただけだ。俺を憎む奴がいるなら憎めばいい」


「しかし、月暈村や、菜々子さんに千鶴さん、侯爵のお屋敷も、幸紀さまが助けたと言っても過言ではないと思います。幸紀さまは皆さんの命の恩人です。もしそんな私たちの中に、幸紀さまを憎む者がいたら、幸紀さまは…」


「そんなことに興味はない。俺は悪魔を斬れればいい。お前たちがどんな思いを持っていようと、悪魔と戦う限りは俺の味方で、俺の邪魔をするなら斬るだけだ」


 幸紀はやはり朋夜の方を見ずに淡々と答える。そんな幸紀の横顔を見上げ、朋夜は目を伏せた。


「…幸紀さまは…お強いですね…他者にどう思われようと、自分を貫く…私には、とても…」


 朋夜は幸紀の態度を見て、弱々しく息を吐く。幸紀は朋夜の横顔を一瞬見ると、そのまま車の運転を続けつつ、思案を巡らせた。


(…このままでは戦力が低下するな…何か解決策を出してやるべきか…さて)


 幸紀はそう思うと、朋夜にかける言葉を決めた。


「…お前がいくら気を揉んだところで望の気持ちは変わらん。現状を変えたいのなら行動をするしかないだろう」


「行動…どのように…」


「…とりあえず謝るか?」


「しかし、望さんは私と話したくないと…」


「無視すればいいだろう」


「そうは参りません。さらに問題が大きくなります」


(くっ…知ってはいたが、人間の女は本当に面倒だ…ここにまとめて捨てたいが、優秀な手駒を無駄に失うのも癪だ…どうする…)


(背中ヲ…押シテヤレ…)


(…!)


 突然幸紀の脳内に聞こえてきた男の声。幸紀はそれに驚くも、一方で冷静だった。


(抑制が甘くなっていたか…また強めなくては…)


(朋夜ハ…望ト…話シタガッテル…ダガ…朋夜ハ拒絶サレルノヲ恐レテイル…ソレデモ2人ハ話シ合エバ分カリ合エルハズダ…朋夜ノ背中ヲ押シテヤレ…)


(余計なことを…今回だけは聞き届けてやるが、次はないぞ)


 幸紀は脳内の声をそう一蹴すると、朋夜に声をかけ始めた。


「朋夜、『命令』だ。望の本音を聞き出し、和解しろ。手段は問わん」


「えっ…」


「望が拒絶するなら、俺から指示された『仕事の話』だと言え」


 驚く朋夜をよそに、幸紀はバスのブレーキを踏む。バスのヘッドライトが、再び壊れた橋を照らし出した。


「またお前たちの力で橋を直してもらう。その間に片をつけろ」


 幸紀の言葉に、朋夜は顔を上げ、力を込めて頷いた。


「幸紀さま…!承知いたしました…!ありがとうございます!」


 幸紀は朋夜の言葉を聞き流すと、椅子の背もたれに背を預ける。一方、幸紀から『命令』を受けた朋夜は嬉々として立ち上がり、望の方へ歩き出すのだった。


(満点ダ、コーキ。悪魔ニシテハ、ダガ)


 幸紀の脳内で、再び男の声が聞こえてくる。幸紀はそれを鼻で笑い飛ばしながら、目を閉じた。


「黙ってろ」


最後まで読んでいただき、ありがとうございました

次回もお楽しみいただけると幸いです

今後もこのシリーズをよろしくお願いします

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