第一話
〜ユキとのぼる〜
「ユキ、ご飯…」
ドアの向こうからのぼるの声がする。もうそんな時間か。
「ちょっと待ってろ。今作るから」と声をかけるとのそのそと自室に引き上げていく足音が聞こえた。足取りから随分空腹なのがうかがえる。
「さてと…」
切りのいいところまで仕事を片づけてしまいたかったが、これ以上放っておくと冷蔵庫を荒らされかねないので仕方なく夕飯の準備に取りかかることにした。
部屋と出るとすぐにのぼるの部屋のドアが開いた。
「これから作るから」
「…」
のぼるはのそのそとリビングへ移動。ソファーにどっかと腰を下ろすとそのまま動かなくなった。そんなに腹減ってるのか…
のぼるは普段あまりしゃべらない。声の出し方を忘れてしまったかの様にいつも無表情のような、ほほえんでいるような、あるいはどちらともつかないような顔でじっとしている。あるいは絵を描いている。あるいは俺を見つめている。
ヤツの表情の微妙な変化に始めは気付くことが出来ず戸惑うこともあったが、最近ではヤツの行動からおおよその見当はつくようになった。
そう言えば、あれからもう3年になるんだな…
「チャーハンを作った。早く食べたいだろ?」
「…うん。」
「素直でよろしい」
のぼるは食うのが早い。俺が半分も食べ終えないうちに平らげ、「…おかわり。」と皿を突き出す。
俺が食べ終えるまでに3杯食ったのぼるは「…ごちそうさま。」とつぶやいて皿を持って流しに向かう。
ここまで来るのに半年、皿を割らずに洗えるようになるまでもう半年かかった。
ふとそんな事を思い出しながら食後の一服を…
「…」
のぼるがこっちを振り返る。いつもの表情のまま。
「わかったよ。ベランダで吸うよ…」
のぼるはタバコのにおいが嫌いだ。という事に気がつくのに2年かかった。
「今日も、おいしかった…」
洗い物を終えてのぼるがベランダに出てきた。
どんなに適当に作っても、どんなに丹誠こめて作っても、のぼるは同じ調子で同じ言葉をかけてくる。
でも、同じように見えて毎日少しずつ違う。という事を俺は知っている。今日のは「中の上」といった所かな。ちなみに「中の中」以下の評価だった場合は次の日にごちそうを作ると決めている。これは俺の中で勝手に決めたルール。
「仕事は…終わったのか。」
のぼるはヤツになれていない人には独り言にしか聞こえないような声でつぶやく。
しかし、のぼるは基本的に独り言を言わない。のぼるが声を出すのは他人に意志を伝えたいときのみだ。
「いや、まだ少し残ってる。今日中にはなんとかしたいんだけどなぁ…」
「そうか…」
のぼるがあからさまに残念そうだ。
その訳は…ご想像にお任せしよう。
「まぁ、あと2,3時間ってとこだ。お前はそれまでに風呂を沸かして酒を買ってくること。わかったかな?」
「…わかった。」
のそのそと風呂場へ向かうのぼるの足音が気持ち弾んで聞こえるのは気のせいではないだろう。
「素直でよろしい」




