この赤いウサギ……通常の三倍の速さで走るぞ!
次の日の早朝、と言ってもまだ日が昇る少し前、俺はオラグの農園を巡回していた。
巡回は俺一人。
本当ははアレンとマリンも連れてこようと思ったんだけど、昨日のショックがトラウマにならない様、農園にはゆっくり来るように言っておいた。
「おはようございます」
「おぉ、おはよう。俺らも柵の周りを見て回ってから作業に入るから、嬢ちゃんもゆっくりしていきな!」
「ありがとうございます」
巡回の道すがら、住み込みの人と挨拶を交わし、入った形跡が無いか確かめながら回る。
そんな中帰る直前にオラグとの会話を思い出してみた。
ソラグが俺らを目の敵にする理由だ。
何でも、ソラグも少年の頃は冒険者を目指していたらしく、農園を手伝いながら剣の練習をしていたそうだ。
そんな折に、今回の様な作物を荒らす魔物が現れてギルドに依頼した所、倒す事には成功したが作物は武器で荒らされ、その上倒したんだから文句言うなと逆ギレし暴力を振るわれ、そのまま魔物も片付けず何処かへ行ってしまったらしい。
結局この出来事はギルドへ報告され、そのパーティは規約内の『依頼主への悪質な暴力』と言う極めて不誠実かつ、悪質な事案として、冒険者としての登録を抹消されてこの街を追われてしまったらしい。
そりゃ、冒険者を幻滅して不信にもなるわな。
ソラグの気持ちもわかる。けど、それを俺らに悪態をつかれてもなぁ。
話しかけても取りつく島も無かったし、お互いに不干渉って辺りが妥協点なんだけどね。
「うわぁ、考えている側から……」
俺の巡回の通り道にソラグがいた。
いや、この場合ソラグの作業場に、俺が入り込んできたと言うのが正しいのか?
こうなると、何か話さなきゃいけない様に思えて来るのが不思議だ。
「おい、何か用か……それよりちゃんと見張れよ?」
相変わらず無愛想だ。
まぁ言わなくても仕事はちゃんとこなすさ。
「ええ、任せておいてください。作物もあなた方もお守りしますよ」
この場合、一番警戒するのはデッドラビットだ。
あいつの突進は、当たりどころが悪いと大怪我じゃ済まなくなるからな。
ま、ソラグに構わずにさっさと見て回るさ。
「おい、お前」
「え?」
何故か呼び止められた。
どちらかと言えば、さっさと離れたい気分なんだけど。
どう言う心境だ?
「お前は何で冒険者になったんだ?」
面倒な質問だな。
まぁこの手の質問はいつでも誰でも聴いて来るから、テンプレ通りにしか答えれないけどな。
「こうしないと、食べていけないからです」
ソラグの目と眉がぴくりと反応する。
あいつにとっては俺の話しはテンプレじゃ無いってことか。
「私には両親はいません。この技と武器は師匠から教わりいただきました。その師匠も今は遠くに行ってしまいました」
まぁ天界にいるからな。
寧ろ俺がこの世界に来た方だし。
「だから、一人で旅をしながら生きているだけです。これと言って旅の目的はありません」
「そうか……すまない。嫌な事を聞いた」
こいつ謝れるのか。
冒険者と言う部分にだけ過剰反応をするのか?
謝罪は受けたし、俺もそう身構えるのは控えよう。
「いえ、大丈夫ですので……ソラグさん、下がってください!」
俺は返事をして、巡回を再開しようとした瞬間、柵の向こうから強い殺気を感じ、身構える。
ソラグも俺の異変に気付いて下がる。
もう直ぐ日の出だけど、まだ周りが暗くて見えにくい。殺気の正体は恐らくアイツだろう。
そしてもう一つ不利な事に気付いた。
「不味いですね……朝日の逆光のせいで……見えにくいですね……」
これでソラグに怪我を負わせて……折角態度が軟化して来ているのを台無しになっても嫌だしね。
一丁頑張りますか!
「大丈夫なのか?」
「先ほども言いましたが、守りますので」
これは流石にアレン達にはまだ早いから、ここで倒しちゃおうか。
そう思った矢先だ。
こう言う時って、ほんっっっとうにお約束だよな君ら!
「「瑞樹!」」
後ろからアレンとマリンが駆け寄って来る。予定より随分早い到着だけど、見た感じ大丈夫そうだ。
ならソラグのお守りを二人に任せれば、俺はデッドラビットに集中できる。
注意するのは、鋭い歯と尖った角と素早さのみだ。
「下がってソラグさんの護衛をお願い!」
そう言うと、二人は苦い顔をしながらソラグの左右に立って構える。
まぁ昨日までの態度を見れば、そう言う顔にもなるよな。
けど、これも依頼のうちだ。全部が楽しかったり嬉しかったりするわけじゃ無い。
だから、今はまだソラグの事を話さない、そのまま頑張れ。
そして朝焼けが眩しく、目を細めた瞬間。
斜め前から鋭い殺気が迫る。
「よっ……間違いなくデッドラビットだね」
半歩引いたその目の前を赤い物体が通り過ぎた。
赤く長い体毛に、細く突き出た鋭い角。
間違いなくデッドラビットだ。
ホーンラビットの亜種で、足の速さは三倍近いとも言われてる。短距離ならどんな魔物よりも速いだろう。
「瑞樹、大丈夫⁉︎」
君らまでソラグと同じ事を言うんだね。
任せなさいって!
「ん? 大丈夫、足が速いだけで大した事はないよ」
「俺、目で追えないんだけど……」
そこは要訓練だな。追々慣れていってくれ。
さてそんな事より、アイツを何とかしないと、農作物が踏み荒さてしまう。
まぁ狙うならカウンターかな。
次に来た時に、って来た!
「カウンターは…………こうする!」
デッドラビットが後ろ足で猛然と駆けながら、頭の角を突き出して突っ込んでくる。
そこをダガーの刃をデッドラビットの口に迎えさせてそのまま振り抜く。
ガツンと言う衝撃が伝わるが、別に一撃で殺したわけじゃない。
昨日俺が二人に説明した様に、ウサギや四つ足の生物の性質上、どれか一本でも損傷すれば自慢の機動力を失い、あとは素早くとどめを刺すだけだ。
現に、俺がカウンターを喰らわせたデッドラビットは、下顎と右前脚を失って地面で踠いていた。
「アレン、とどめを!」
「おう!」
俺の声に素早く反応し、踠いているデッドラビットの首にダガーを突き立てた。
程なくして動かなくなるのを確認して、周りの様子も探るが他の魔物が出て来る様子がなかった。
二人も俺と同様に警戒していたけど、俺がダガーを納めるのを見て同様に警戒を解いた。
「二人とも来てくれてありがとう、凄いタイミングでびっくりしたよ」
「でしょ、本当はアレンが迎えに来てくれるって言ってたんだけど」
「逆に俺が起こされたよ……」
なる程、見た目ほど柔なメンタルじゃないってことか。
丘の上でオークに襲われた時も回復が早かったし、いい冒険者になりそうだ。
「ソラグさんも大丈夫ですか?」
「あ、あぁ大丈夫だ。それよりこいつは?」
どうもデッドラビットを初めて見るらしく、俺に尋ねて来た。
「これはデッドラビットと言う、ホーンラビットの亜種です。一連の出来事は、こいつが主導して起きた事ですね」
「そうだったのか。じゃあこれ以降はもう起きないって事か?」
そんな事はない。
とう言うか、それは早計だ。
統率を取っていたデッドラビットが居なくなったから、動きが余計にわからなくなった。
「いえ、残りが来るかも知れませんので、明日一杯までは様子を見ます」
いわゆる残党狩りだ。
又の名をアフターケア? ちょっと違うか?
でも今朝はこれで来ないだろう。日中は交代で巡回してゆっくり休もうか。
「そうか……兎に角ありがとう。朝食がまだだろう? 用意するから食べてくれ」
「「え……?」」
俺とソラグのやり取りを知らない二人は、いったいどう言う事だと、目を丸くしながら顔を見合わせてる。
二人とも、誤解があるだけで、あの人は根は良い人なんだよ。
「わかりました、いただきますね。ほら、二人とも行くよ!」
そう言いながら二人を促し、俺はソラグの後をついて行った。
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