CHAPTER5ー4 襲来
春ですね。
まだ寒い日が続いていますが春の陽気は近いはず。皆さん、今年度も頑張りましょう。
老婆は目が片方が無くなり、血が流れていた。口も輪郭が無くなり、鼻も削がれていた。耳だけは正常である。
老婆はガラガラガラと喉を鳴らした。
どうやら笑っているらしい。
吉田が近くに落ちていた木の棒を広い上げた。
「三次さん、いらない紙があれば下さい。」吉田が冷静に言った。三次は恐怖に震えながらも、吉田にノートの断片を渡した。吉田は紙を受けとると、自分のライターを取り出した。火をつける。
「今日はグレイオスシアンの火がない。その場しのぎだが………」吉田がそう言って火を木に移した。松明のようになった。
奇妙な感覚が街にも広がっていた。街の人々から先程まで聞こえていた声や音楽が消えていた。おまけに動く者もいない。
老婆は松明を向けられ、無表情になった。吉田は老婆から目をそらさず、三次に言った。
「三次さん、動けますか?」三次は恐怖で歩道橋の手すりにすがり付いていた。震えが止まらないらしく、手を手すりから離すと、膝が震えているのがはっきりわかった。吉田が顔をしかめた。
「仕方ない。では階段を下り……」いいかけたところで、老婆が動いた。 足元の石を拾い、吉田に投げつけた。
吉田が難なく棒で打ち払う。老婆が猛然とダッシュし、吉田につかみかかった。後ろで三次が小さく悲鳴を上げた。吉田は老婆の手を掴もうとした。自分に触れている部分は当然、自分からも触れる。
ところが、吉田の手は空を掴んでいた。吉田がぎょっとした表情になったが、老婆が吉田の足を脚ですくいとった。吉田が転倒した。
「何だ、コイツ?」吉田が立ち上がりながら老婆を睨み付けた。老婆は今は吉田との間合いを取り、こちらをただ無表情に見ている。
「大丈夫?」三次が吉田に声をかけたが、吉田は反応しない。
吉田が老婆に向かって火棒をつきだした。
「そこを動くな。」吉田が脅すように言った。
「脅しをかけられるような立場か?」太い声がした。三次があっと言った。声の持ち主はベビーカーのなかの赤ん坊が発したらしい。但し、表情は赤ん坊のままだ。
「貴司君、見える?」 「見えます。」吉田が唸る。赤ん坊はさらに言った。
「お前の手は読み尽くしている。いくらお前が足掻いたところで、時間の浪費にしかならぬ。無用な邪魔立てはやめて、そいつを渡せ。」赤ん坊が手を上げて、握りこぶしで三次を指した。
「赤ん坊のくせに無駄に語彙があるな………何のために三次さんを?」
「お前に言う必要はないと思うが。」
「ハッ。」吉田が嘲るような声を出した。
「それなら貴様の認識が間違ってるんだな。ただ三次さんに用があるなら本人に話せばいい。それをせずに、誘拐を試みるとは、人に言えない事だろ?」
「誘拐?俺達はそんなことしてないが。」
「失敗しただけだろ。少なくとも未遂だ。」
「いずれにせよ、そいつを渡さないなら………」
「力づくか?」
「…………………」赤ん坊は何も言わない。老婆が前に出てきた。
「誰に雇われた?」吉田が油断なく火棒を構えながら言った。
「自分の欲望に正直、本能に正直、暴力に正直な霊術師か?」吉田が言うと、微かに老婆の顔に赤みがさした。
吉田が老婆に火棒を射し込む。老婆がかわし、吉田に殴りを入れる。吉田がパンチを受け止めるため、左手を出した。
ガッツーン!!
吉田が後ろに倒れた。
吉田の腹に脚が入り、嫌な音がして吉田がふっとんだ。
老婆が火棒を拾いあげ、吉田に突き刺そうとした。
吉田が火のついた先端を何の躊躇いもなく、掴んで火棒を奪い返し、間を取った。
「痛いな。やってくれるぜ、全く。」吉田はそう言いながら火傷した右手で歩道橋の黒くて丸い鉄柵を掴んだ。冷たい鉄柵は火傷の手には心地よかった。吉田が三次を振り返った。
「三次さん、一刻も早くここから離れて下さい。」
「でも、貴司君が……」
「僕は大丈夫です。早く!」吉田がそう言ったが、三次は動かない。そうこうしているうちに老婆が吉田に接近した。
「さあ、そいつを渡せ。次は火傷じゃ済まされんぞ。」
「理由を教えろと言ったはずだが。」
「………強情な奴め。そいつが何者か知らんのか?」
「ああ?」
「やはりな。もし知ってたら行使するだろうな。」赤ん坊が言った。
吉田がいきなり赤ん坊に向かって燃えてだいぶ小さくなった木片を投げた。
「バカが。」赤ん坊は動じず、老婆がそれを打ち払った。
「火傷を負いながら、その的を外さぬ投球………見上げたものだ。
だが、お前もワンパターンだな。いい加減飽きる。」
吉田が言い返そうした時、歩道橋を登ってくる姿が見えた。
老婆も赤ん坊も吉田も三次も介入があるとは予想していなかったので、唖然として、その姿を見つめた。
海老澤と黒澤が現れた。
チッと赤ん坊が舌打ちした。
「あれ?貴司君?それに志穂ちゃん?こんな所で何してるの?」黒澤が言った。二人が答えず、前方を向いているので、黒澤は目線を追ってみた。口が開いた。
「何か浮いてる…………」
「えっ?」吉田が黒澤の発言に耳を疑う。
「何だありゃ。手か?」海老澤も前方を見つめながら言った。
「あっ、変わった!足か?うわあ!!!!!」
海老澤と黒澤が腰を抜かす。
「生首………………!!!!」黒澤が口を覆う。
「ちっ。思わぬ邪魔が………何故こいつらはここにこれたんだ?」
「そうか!!この野郎なめた真似しやがって………!!」吉田が何かに気付いたらしく、怒りを剥き出しにした表情になった。
「今日はここまでだ。さらば、火術師!!」赤ん坊が叫んだ。その途端、視界が悪くなった。
5秒もすると、いつもの市街が活動を取り戻していた。
「逃げたか。フッ。」吉田が海老澤を助け起こした。
「ありゃ、何だったんだ?」海老澤が聞いた。
「僕にもさっぱり。三次さん、大丈夫ですか?」
「うん………」三次がようやく足の震えが止まって、立てるようになった。
「何で貴司君が志穂ちゃんと一緒にいるの?」
「別に特に理由は………」
「黒澤!!良いことを聞いた。貴司よ、お前は何故三次さんと一緒にいた?」
「だから理由は…………」
「ハッハーン!!」海老澤が大声を出したので、道行く人が振り返った。
「三次さぁん?何で貴司と一緒にいたんだ?」
「あの、それは…………」三次が吉田を見たが、吉田は視線を合わせない。
「もしかして………貴司君!!」普段冷静でリーダーシップのある黒澤が頬を赤らめていた。
「付き合ってんの?!」
「それは違うけど………」三次が呆れたように言った。
「じゃあもう契りを交わしたか?」
「今すぐ死にたいか?」海老澤の問いに問いで対応する吉田。
「もう、じゃあ何で二人は一緒にいるのよ?」黒澤が混乱したような表情で言った。
「それは…………」
「偶然の一致ですな。奇跡的に知り合いなだけで。」吉田が口ごもる三次を遮って答えた。
「はあ?嘘くさ。」海老澤はそう言うと、「あ、やべ電車が。」と言い、3人に別れを告げ、走って行った。
「帰ろうよ。」黒澤が言った。2人は曖昧な声を出してついて行った。
駅のホームで黒澤はバイバイと吉田に手をふり、明らかに三次を待つ仕草をした。三次は吉田を見たが、吉田は大丈夫というように頷き、踵を返して立ち去った。
「今日美樹が休んでたけど、何か知ってる?」黒澤が吉田を見送った後聞いた。
「何も。」三次が答えた。海老澤、黒澤、三次は同じS線で帰る。
ホームで電車を吉田が使うJ線は3~6番線。S線は1~2番線である。 黒澤が時間を確かめる。その時、アナウンスがして、まもなく列車がホームに入ることを告げた。
「やっぱり気になるんだけど、何で貴司君と一緒にいたの?」
「また………」三次が黒澤を見たが、黒澤は真面目な表情だ。
「実際、俺も知りたい。」後ろで声がした。
海老澤が立っている。
「言えないよ。」三次が短く言って前を向いた。
「どうして?」黒澤が聞いた。
電車が入ってきた。
乗車したが、中は満杯であった。座れず三人並んで立つ。
「どうして言えないの?」黒澤が尚も聞いた。
「駄目なんだって。部外者には。そう言われた。」三次が言った。黒澤がイライラとしていたが、海老澤はその返答でピンと来たようだ。
「わかった。同好会に依頼したな。」海老澤が言った。
「同好会?」
「大富豪同好会のことだけど。俺らの学校で同好会なんて生物同好会しかないからさ、略して通用するんだよ。」
海老澤は理解した顔になった。黒澤は失敗したという表情になった。
「ダメだ、忘れてた。私も相談したことあったのに。」黒澤が言うと、三次が意外そうな顔で振り向いた。
「何の相談?」
「ストーカー。」
「解決したの?」
「うん、2人組だったけど、田子君が打ちのめして終わり。」
「田子君が?」
田子というのは1年の時に、吉田、海老澤、黒澤と同じクラスだった男子である。大富豪同好会の副会長である。今は三次と同じ2年B組である。 「そうだよ、知らないの?同じクラスでしょ。」
「あんまり、話したことないから………」
「そう。」
「でもさ、何かあの人達って何か怖くない?話しかけづらいって言うか。」
「そうか?別に普通だけど。」海老澤が言った。
「海老くんは男だから、気にならないんだよ。正直、あの人達は女とか関係ないって感じだもん。」三次が言うと、黒澤が頷いた。
「確かに。女子に対してはみんな敬語だし。あっちからは一度も話しかけて来ないし。怜衣がいなかったら私も怖くて話しかけられないよ。」
黒澤が言った。
「黒澤が??嘘つけ、可愛いふりも大概にしごばああああアアアアァァアァ!!」海老澤の腹を黒澤が学習鞄で小突いたら、めり込んで結果的に大声を出し、電車の乗客の不快感を誘った。
「まあ、でも。怖いけど、悪い人達じゃないからね。きっと志穂も解決してくれるよ。」
「うん………。」三次が曖昧に返事をした。
「でも………会長………の……貴司が………こんなに………も………付きっきりで………ゴホッ
、ウェホッ!!誰かを……保護するのは………ゲハッ、ギャホッ!!珍しいこと……なんだよ。」海老澤が腹を押さえて苦しそうに言った。 「そうなの?会長とかあるんだ。」
「そう。貴司君が会長。副会長がさっき言ったように田子くん。後藤君は書記長だっけ。」
「まあ………他にも会……員はいるみた………いだが………あとは………知らない。」海老澤は腹を押さえながら慎重に言った。黒澤が海老澤に聞いた。
「小林君とか、小橋君は違うのかな?」
「違う……あいつらは……ただの………手伝いだ。」
海老澤は知らないだけで、小橋については会員である。軟式野球部と掛け持ちしているので、あまり部室にはいないのである。小林は吉田達の仕事を知っていて、たまに手伝いをする。またとない戦力なので、手伝いを拒否するわけがない。
「ふーん、頭いい人は皆同好会なのかと思った。」
「あの人達は頭いいの?」三次が聞くと二人は耳を疑うという表情になった。海老澤が腹から手を離し、小さな声で言った。
「何いってんの?秀才ぞろいさ。貴司も、後藤君も。田子くんなんか数学では常に1位か2位だぜ!!」
「そんなに?」
「確かにそんな風には見えないけどね。頭は良いのよ。考えがちょっと変わってるけど……」
「ちょっとどころか、相当変わってるけどな。」海老澤が
言うと、三次は不安そうな顔をした。
「………………」
「大富豪同好会の特徴といえば?」
「規則を真っ向から破り、理由だけは何か正しくて、成績は良好、運動面もそこそこ。」
「………………ただのヤンキーじゃあ?」海老澤の問いに答えた黒澤が三次をみた。
「でも決定的な欠点がある。」
「?」
「堂々し過ぎてる所だね。」
「訳わかんないんだけど………」三次が首をふった。
「だから、人前とかを気にしない訳。だからファッションなんかはまるでなってないし、リア充を嫌うし。」
「リア充?」
「とにかく、奴等が一人でも髪を染めたり、アクセサリを付けたりしてるのを見たことがあるか?または想像できるか?」
「確かにないわ。」
「ふん、そういう事だ。」
「変わってるね。」
「そうだな。大富豪同好会=変人で間違いない。ただ人に迷惑をかけるか、かけないかでヤンキーとの違いは分かる。」
「へえ…………あ、もう着くみたい。」
電車が徐々に速度を落としていた。
電車が完全に停車すると、海老澤が下りていった。
扉がしまり、その後の3駅後に黒澤と三次が下りた。
「大丈夫志穂?」
黒澤が改札を出ながら聞いた。
「何が?」
「何か依頼したってことは、困ってる事があるんでしょ。私で良いなら相談に乗るよ。」
「………………」三次は黙ってしまった。申し受けたくなる事だ。しかし、三次が答える前に黒澤は言った。
「わかってるよ。依頼は他人には漏らしちゃだめなんだよね。もし、私が私に化けた誰かだったらね………じゃあ、バイバイ。」黒澤はそれだけ言うと、走って行ってしまった。三次は手を曖昧に振った。
「遠回りだけど…………」三次もそう呟くと、はや歩きで大通りを通過していく。
その姿を悔しげに観察する男子高校生が居ることも知らずに。




