CHAPTER4ー3 野球練習
駅に向かいながら3人はしばらく任務を忘れ、楽しく話していた。15分ほどで駅に着き、定期券(どうでもいいことですが、Suicaではありません。まだできてません)
を入れてから、3人は不安そうに振り向いた。
「いるんだよね………?」
「……………いると……思う。」三次の疑念に蛯原は確証なく答える。
「………………」
「………………」
「………………」
3人はしばしば、辺りを見回す。男子学生やサラリーマンがじろじろ見ていたが、それは彼女達が美少女だからなのか、はたまた物凄く挙動不審に見えるからなのかは分からない。
3人はホームに降り立ち、電車を待つ。蛯原が後ろを気にしつつ、松本に聞いた。ホームには人があまりいない。多くの人間は東京につながるJ線を利用するので、ケーブルであるS線を利用するのは少数派だった。
「そういえば、どうして舞は今日遅れたの?」
「部活のこと?」松本が聞くと、蛯原が頷く。
「えっとね、G組の弘毅待ってたんだけど。話し合いが長引いたって言ってた。それで私もとばっちり。」松本が言うと、三次はもしや、という顔になる。
「話し合いって、もしかしてクラスマッチについて?」
「分からないよ。おかしいなあ、今日は瑞穂(黒澤の名前)と一緒に体育館来たのに。」
「男子だけだったみたいだよ。私が待ってたら、男子の咆哮が聞こえてきたから。それに、話し合いが終わって教室から出てきたの、男子しか見てないもん。」松本が言うと、蛯原はホッと息をついた。辺りを見回していた三次が言った。
「うちらも何か話し合いしてたね。男子だけだけど。女子もそろそろやろうって言ってたね。」
「週末って言ってた。」松本が答えた。
10分弱無駄話をしていたが、怪しい者の姿は見えず、電車が来た。
車内アナウンスが5分後に発車する事を告げる。
電車に揺られて、25分。一行は無事に駅についた。
「本当に大丈夫?」蛯原が三次に何度も聞くと、三次は苦笑する。
「大丈夫だって。それに美樹達も気をつけて。今日はそっちに行くかもよ。」
「まあね。でもこっちはずっと国道沿いだし、舞の家も結構近いし。」
「親が迎えに来てくれれば良いんだけどね………」松本が言った。3人ともそれぞれの家庭の事情があった。
「ねえ、貴司君ちゃんと来てるの?料金だけもらって帰ったとかないでしょうね。」蛯原が言った。三次が首を振る。
「大丈夫だよ。怜衣ちゃんの時だってちゃんと任務を果たしたって言ってたから。」三次が時計を見る。8時30分。もう既に人通りが少ない。これ以上の無駄話は逆に危険である。松本がバイバイと手をふり、いつまでも粘る原因となった蛯原を引きずって行った。
「よし。」三次は松本が手を振るのをやめるとすぐさま帰路についた。
10分が経過した。家までの道のりが半分になった時、前からヒタヒタという足音がした。
三次は思わず立ち止まる。
すぐさま、電灯の下にその姿は現れた。
フードを被った、背の低い子供のような姿。口元だけが見え、薄ら笑いをしている。両手をコートのポケットに突っ込んでいる。
その姿を見た瞬間、言い様のない、恐怖と悪寒が体に走った。それがストーカーではないと、直感すると同時に逃げなくては、とも思った。
しかし、どういう訳か足が動かない。
懸命に動かすが、足は言うことを聞かない。助けを求めようと声をだそうとしたが、声も出ない。
突如、その姿はフードを外した。
何の変てつもない、おかっぱの男の子だった。君の悪い笑みを浮かべている。
そして、信じられない行動に出た。
地面を滑るようにこちらに移動し、三次の首を締め付けた。
あまりの強さに、意識が薄れる。
突如、首の強力な力と、金縛りが解けた。
「ゴホッ、ゴホッ!!」涙を少し流しながら、むせる。
「大丈夫ですか?!生きてますよね?!」声の方向を見ると、吉田が右手に炎が燃える松明を持ちながら、三次を見ている。
「た、貴司……君…………」三次は男の子の方を向く。
その男の子はもはや、薄ら笑いを浮かべてはおらず、吉田を憤怒の表情で睨み付けていた。白眼を向き、歯をむき出し、ウ~~~ウ~~~、と唸っている。
吉田は冷たくそれを見返す。油断なく松明の炎を構える。
「三次さん、立てますか?」
「えっ、はい。何とか………」三次はよろよろと立ち上がりながら言った。
男の子は、動こうとしない。吉田は三次に言う。
「よし、ならば家まで走って下さい。」吉田が言うと、三次は返事をせず、一目散に後方に向かって走り出す。やや、遠回りになるが、男の子のいる道を通れる訳がない。
だが突如、男の子が道に現れた。三次は思わず急停止。男の子の手がまたしても三次の首に伸びる。
その途端、炎が走ってきて、男の子を縛り上げた。どんなトリックを、と思うが早いか、吉田がやってくる。
「止まらないで!走って下さい!!!」吉田の緊迫した声で我に帰る。三次は走り出す。
吉田はぼろ布のロープで、炎を男の子に巻き付ける。男の子は怨みを表情に全面に出して、吉田に手を伸ばす。
吉田はその手を蹴り返した。触れる事ができるなら、こちらからも。男の子は民家の塀に叩きつけられる。吉田が情け容赦なく、松明の炎を胸に刺す。
「ギーーーーーーーーーーー!!」人間とは思えない声を発し、男の子は悶え苦しむ。吉田が炎をどけると、男の子はバッタリ倒れた。 吉田は急いでその場を離れる。男の子はもはや目を真っ赤にし、姿を消した。
10分後、三次は家に走りついた。緊張の糸が切れたか、その場にへたりこんでしまった。
近所は明るい方で、オレンジや黄色のライトが常についており、安心したようだ。
後ろから走ってくる音がして、三次はビクッとして、顔を上げる。
吉田が走ってきた。
「速いですね。見失いそうになりました。」吉田は少し息を荒げながら言った。
「貴司君…………さっきはありがとう……」三次は何とか立ち上がりながら言った。
「いや、依頼人を助けるのが役目ですから。礼を言う必要はありませんよ。」吉田は真顔だ。
三次はちょっと頷くと、吉田に聞いた。
「さっきのあれは何だったんですか?」
「あれとは、何を指してるんです。」
「男の子です。」三次が言うと、吉田はハッとした表情になった。そしてすぐさまポケットから白い粉末が入ったビニール袋を取りだし、三次の家の外壁や庭にまきはじめた。
「ちょっと。何をしてるんですか?!」三次が思わず慌てる。
「塩を撒いてます。ふう。」吉田は塩を撒き終わると三次に言った。
「さて、この庭に入っていいですか?荒らしたり、家に押し入ったりしませんので。」吉田が言うと三次は頷いた。
そこでも吉田は塩を撒いた。
「さて、三次さん。あれがストーカーだと思いますか?」吉田が三次に向き直る。
三次が首を振る。
「単刀直入に言いますが、三次さん、君は今大変危険な状態です。」吉田の言葉に息を呑む。やおら言った。
「ひょっとして、あれは霊ですか?」三次が言うと吉田が顔をしかめる。
「霊は普通、人間には触れられません。三次さんの首を絞めましたよね?」
「確かに………じゃあ生き霊?」
「…………三次さん、意味分かってて使ってます?生き霊というのは、誰かに乗り移った霊をいうんですよ。あんな人が近所にいるんですか?4月の中旬に全身フード?」吉田が
言うと三次は弁解がましく言った。
「だって………あんまり詳しくないし………じゃああれは何なんですか?」
「『霊体』だと思います。」
「霊体?」
「そうです。存在としては、霊以上、人間以下って所ですね。やつの場合は手だけは触れられますが、他は空かしますから。」吉田が言うと、三次は不安そうにキョロキョロ辺りを見回す。
「ついてきてませんか?」
「見えませんね。だからといって、ついて来てないとは断言できませんから。ああいう霊体は幼ければ幼いほど強力なのです。大人になれば雑念が混じって怨念が薄れますから。」
吉田の言葉に三次は泣きそうになる。
「なんでそんなのが私に着いてくるんですかぁ…………」
「…………偶然だと思います。」吉田が言うと、三次はとうとうメソメソ泣き出した。
「私はどうすれば……………」
「早急にやらなければならず、それさえすれば大丈夫です。………家の中は。」
「はい。何をするんですか?」
「これを撒いて下さい。」吉田がそう言って塩を渡した。しかし、少量。
「家の中にパラパラと。家の中に入れないとは思いますが万が一です。それらが効かずに、奴が現れて首を絞められたら、手を思い切り叩いて下さい。」
吉田が言うと、三次は不安そうに聞いた。
「貴司君はこれから帰るんですか?」
「もちろんです。終電まで3時間以上あるんですよ。大丈夫ですから。」
「はい、分かりました。」
「では、急いで家に入った方が良いです。」吉田が言うと、三次はお礼を言った。
帰り際、三次は最後の質問をした。
「あなたは何者ですか…………貴司君?」この問いに、吉田は首を振って答えなかった。
4月21日
あれから3日経ったが、三次は平穏無事だった。あれ以来、三次は蛯原、松本にわざわざ遠回りしてもらい、3人でかえるようにしていた。その成果もあり、3日間の間は一度も見ていない。
21日早朝のグランド。
練習ができるグランドが使えるのは各クラス1回だけ。そんな訳で、小林は全員を召集した。朝4時から全員の家電にかけ、無理矢理起こしたのである。不満どころか、怒りが爆発したG組の面々は、小林をフクロにしようとしたが、小林が大量の18禁雑誌が入った段ボールを見せると、静まり返った。
「女子がいちゃやばいだろ。だから、わざわざ早く起こしたのによ。いいや、いいや。いらないなら今日のオカズに…………」小林が下卑た笑いをすると、本能に近づいたG組の面々はようやく小林を許し、雑誌を一人一冊持って帰る。小林はきちんとカバーまで用意していた。小林は雑誌を取らない吉田や鈴木、さらには海老澤、金子、小橋に雑誌をひけらかす。
「あほ。動かないもんで抜けるか。」鈴木が言う。
「僕、PCあるし。音声無しで抜けるか。」吉田までが言うと、海老澤が急に小林の後に向かって叫んだ。
「おっ、山口さん。お早う。今日は早いね!」
小林は素早く雑誌を鞄にねじ込み、挨拶しようとしたが……………………
誰もいない。
「分かりやすい青春だな。」吉田が言うと、他の4人もため息をついた。
さて、6時15分、野球練習が始まる。キャッチボールはスムーズに行った。しかし、守備練習では、ありとあらゆる問題が浮き彫りになった。守備についた。小林がバットを握り、「行くぞ、コラァ!!」と大声をだす。
一球目は、サードへ。サードを守る小橋は軽快に裁き、余裕で一塁へ正確な送球。一塁に入った大高が難なく捕球する。
次はショートへ。吉田は捕球し、投げた。
が、送球が乱れ……………
「なに、暴投しとんじゃコラァ!!!取ってこい!!」小林の叫びに吉田は走って行く。
次はセカンド。鈴木も小橋同様軽快に裁き、送球も正確。
次はセンターへ。館へ真っ正面!!!
「あら?」館が落球した。グローブ端に当たり、後ろへ。
小林の罵声がした。
次はレフトに飛ばしたが、元野球部の堀江が難なくキャッチ。
その後は鈴木がバットを握り、ライトへ。ライトの小林はあっさり捕球した。
だが、鈴木の高度なバッティングに段々と守備が崩れてきた。
ライナーを卓越した反射神経で確実に捕球する一方で、吉田は3球に1度くらいの割合で暴投した。
レフトを守る、堀江は肩が弱くサードを中継しないと、バックホームが間に合わない。
センター館は肩が強い代わりに頻繁にエラーした。
ファーストの大高はランナーがいないにも関わらずキャンバスに近く、早い打球を捕球できない。
唯一大丈夫なのは小橋で目を見張るような守りを続けざまに見せた。
ちなみに小林は、捕球送球ともに問題がないが、センターのカバーやら何やら自分のポジション以外は守らないのである。
打撃に移る。
ピッチャーとして、園部がマウンドに上がる。1番の小林がバッターボックスに入る。
園部が投げる。
が!!
小林空振り!!!
キャッチー山田が思い切り後ろにそらす!!
「………………」沈黙が支配する。
園部が気をとり直し、投げる!
今度はよく見て振る。
それでも空振り!!
やはり山田が取れない!!
「なぁ、ちょっと、ちょっと。」見かねた鈴木が入って来た。
「ある程度予測しないと当たんないよ。見た限りだと、130位でてるよ。」
「んな、素人に打てるか!!」小林が言うと、園部がやや誇らしげに、
「昨日、ちょっとバッティングセンター行って測定したら、最高134だった。」
「あのなぁ、練習にならないだろうが……………」小林が言うと、園部が少々手加減すると言い出す。
30分後。
結果は簡単で済みました。
まず、ヒット打者。
小林、鈴木、吉田、堀江、小橋。
内野ゴロ。
館、山田、大高。
後はバットに当たってない!!
結局、園部のいう手加減は10キロ落とす程度だった。120キロの変化球を素人に打てるわけがない。
小林は思わず頭をかく。
全員汚れ、不満たらたらなので、小林は集まってくれたことに礼を言い、今日は終わりにしようと言った。
選手達は小林が素直に礼を言ったことで少しはイライラがおさまったようだった。
2年G組、課題が山積みである。