CHAPTER3 女の戦い
「美樹ーーー今日から学校行けるんでしょーー早くーーー!」外から声が聞こえた。
「今行くっ!」蛯原は急いで、家を出る。
「お父さん、行ってくるから、戸締まりよろしくっ!」蛯原が言うと、若く見えるスーツ姿の男性がハイハイと言った。
「お待たせ。」蛯原が言うと、二人の女子が待っていた。
この二人は同じバド部の三次と松本という。二人はかなりの美少女で人目を引き付けていた。松本は海老澤の彼女でもある。
二人は同じ地区出身なだけで、近場ではないが、倒れた蛯原のためにわざわざ来たのだ。
「遅い。体調はもう良いの?」三次が聞いた。
「うん、もう完璧だよ。」蛯原は歩きながら言った。
「それは何より。でも初っぱなから2日も休むんて………」三次が言った。
「うん………」
「え、ごめん。別に責めてる訳じゃないよ。美樹は何も悪くないよ。」
「うん………」
「そうだよ、体調が悪くなるなんて誰にだってあるんだから。美樹は誰かに迷惑かけた訳じゃないよ。」それまで黙っていた松本が言う。とても物静かで、丁寧なしゃべり方だ。
「………………」
「どうしたの?」松本が不審そうに聞いた。
「ううん、何でもない。早く行こっ。」蛯原はそう促し、足を早めた。
教室では小林と黒澤が話していた。
「じゃあ、固定メンバーを決めて、それで交替選手を出すのね。」黒澤が念を押した。
「ああ。」小林がやって来なかった数学の春休みの宿題プリントを素早く解きながら答えた。
「じゃあ、固定メンバーはどうする?」
「それくらい自分で考えてくれ。」
「えっ~~~みんな自分が出たいって言って全然まとまんないだよね………」 「じゃあ放課後にでも、体育館でやったらどう?」
「……………部活あること忘れてない?」
「ふっ。」小林は嘲笑した。
「鼻で笑わないでよ!!」
黒澤が起こったが小林は意に介さない。
「体育の時間を利用すればどうです
。」
「うーん、悪くは無いんだけど………今日の体育がバレーかどうか………」
「そうでした。むっ。」小林は唐突に立ち上がった。
そして教室から出ていく。
「ちょっと、どこ行くの?!話は終わってないよ!!」黒澤が叫ぶが、小林は既にいない。
「もう………」黒澤が顔を曇らせた。
「それでは、昨日の夜にも現れたんですね。」
「そう………助けてよォ、貴司ィ。」吉田の冷たい声に岩本がすがる思いで言った。
岩本怜衣。社長令嬢らしいのだが、堅苦しい生活が嫌いらしい。社長令嬢といえども、お小遣いは逆に厳しいらしい。
今日は4日前から続く心霊現象に耐えかねて、棋道部…大富豪同好会に助けを求めて来たらしい。
岩本は人探しのような簡単な作業でも大富豪同好会に依頼しに来た。そのたびに千円払うのでありがたいのだが。 岩本は美人の顔を思いっきり強調させ、吉田を見たが、吉田は逆に冷たくなった。
「そもそも、そういう事が、岩本さんに起こるはず無いんですが。特に岩本さんは。」吉田の声は依然冷たい。
「別に、あたしのせいじゃないもん。」岩本は譲らない。
「ふん、そうですか。では去年君に差し上げた誕生日プレゼントはどこにやったんです?」吉田は岩本を見ながら言った。とたんにぐっとつまる岩本。
「捨てたんですか?」
「そんな事はしないよ!」
「物置ですか?」
「はあ……………庭にある。」 「あの湿地帯に?」
「どこが湿地帯よ!」
「ははん。それですよ、原因は。」吉田はため息をついた。 「え………?」
「僕はあの時言ったはずです。『グレイオスシアンの火』(第12章参照)はありとあらゆる災難から君を守ると。」
「じゃ、効いてないじゃない。」
「曲解ですか。部屋に、その亡霊が現れたんでしょう。なら、部屋に火を置けば良いでしょう。」
「だってずっと燃えてるんだもん。危ないって。」
「ランタンを割らない限り大丈夫ですよ。第一あの火は悪影響を及ぼす物を吸って燃えてるんですから。」 「本当に?」岩本がそう言った時、予鈴が鳴った。
「やってから疑ってください。」そう言うと、さっさと立ち上がる吉田。
「うう………いつになく、貴司が冷たい…………」岩本が急いで部室を出た。
吉田はしっかりと施錠すると、さっさと立ち去った。ちなみに、岩本が吉田を名前の呼び捨てで読んでいる事に、深い意味はない。
授業が始まる鐘が鳴ると同時に数学の柴崎先生が意気揚々と入ってきた。柴崎先生はG組の副担任であり、川北先生とも仲が良く、寛大な先生であった。私語はさすがに注意されるが、内職、居眠り、携帯いじりは全面許可である。
柴崎先生による数学の対数関数の分野の説明が行われている。2年に入ったばかりだが、随分早いペースである。
小林はたえずニヤニヤしていた。問題を解いてはニヤニヤ、黒板を見てはニヤニヤである。
隣の吉田が冷たい目で小林を見てもニヤニヤが止まらない。
1時間目が終わると、海老澤が後ろの吉田に話しかけた。
「何か、女子が殺気立ってないか………」
「そうか?」吉田が生返事をする。するとニヤニヤ笑いをしていた小林がヒヒヒと笑いだした。
「誰だ貴様は。」吉田が冷たく言う。
「女子は一生懸命なんだよ。」小林はそう言って、3時間目を指す。
そうしているうちに、生物の豊田先生が入ってくる。鐘はまだ鳴ってない。
M高は1時限65分である。
そして3時限目前の休み時間。鈴木がトイレにいち早く行った。鈴木が帰ってくると、女子が群れをなして、教室を出ていった。殺気立っている。
「………………」鈴木ですら、1歩引いた。
3時間目体育。
だが、始業の鐘がなっても、先生は現れない。そのかわりに、メモ書きがステージの上に置かれていた。
『体育館の中で自由』
「……………」読んだ、金子が呆れた。
「まじか?じゃあ、バスケやるか!!」海老澤は嬉しそうだ。
3時間目体育。
だが、始業の鐘がなっても、先生は現れない。そのかわりに、メモ書きがステージの上に置かれていた。
『体育館の中で自由』
「……………」読んだ、金子が呆れた。
「まじか?じゃあ、バスケやるか!!」海老澤は嬉しそうだ。
「どうせ先生いないし、外に出てサッカーにしよう!!」
「そんなのいつでも授業で出来るんだから、バドミントンにするべきだ!」
「コホン。」
金子を中心に勝手に騒いでいた男子連中は咳払いに振り返った。
黒澤が後ろに女子生徒を率いていて、こっちを見ている。
なんだろう。なんとも表現し難いオーラが黒澤が出ている。まだ新クラスになったばかりだが、新しいクラスメート達は不穏な空気を読んで、すぐ黙る。金子が前にでてなんでしょう?と聞いた。
「あのね、女子は全員バレーやりたいんだけどさ、いい?」黒澤を始め、女子はニコニコしている。
ただし、美少女の見せる妖艶なものは一切なく、有無を言わせぬオーラがあった。
「はい、どうぞ。」
「ありがとう。じゃあ協力して欲しいんだけど………」
「好きなコートをどうぞ。」急いで金子が手を差しのべた。
「そうじゃなくて。ネット張りたいんだけど身長足りなくて、協力してもらえる?」黒澤はクラス一の長身の春日を見て言う。
「分かった。」春日は同じテニス部員を何人か呼び、準備するべくステージから降りた。
「はあ…………」金子がため息をついた。
「まだ終わりじゃ無いんだ。」黒澤が金子に言う。金子は微妙に青くなり海老澤を見た。海老澤は緊張しながら黒澤に聞いた。
「あと、手伝える事は?」
「私達のバレーのプレーを評価して欲しいの。」黒澤はニコニコしながら言う。 その言葉にサッカー部の館と大塚が不満気な声を出した。
「じゃ、俺達は見てるだけか?」
「やってらんねーよ。」
「何か言った?」黒澤はフフフと笑いながら言う。目が笑っていないし、口調が冷たくなった。
「「喜んで見学します。」」館と大塚が声を揃える。やれやれと吉田が首をふる。
「ありがとう。実はクラスマッチのための選手選びなのよ。小林君に相談したら、固定メンバーをまず決めて、交代選手を出す方が良いって言うから。まずはみんなでその選考をするために、体育を自由にしてもらったんだから。」黒澤は真面目な雰囲気になった。
吉田が紙をもう一度よく見る。後ろから赤松と秋山がのぞきこむ。
「なんか、字がぶれてないか?」
「まるで何かに怯えたかのように………」3人はため息をついた。
そうこうしているうちにネットが張られる。
「張れたぜーーーー」春日が言うと、女子は片側のコート側に集まる。 「さあ、大高。サーブして。」そう言ったのはテニス部の成井だった。
大高は、はあっ。とやっぱりな、という感じでため息をついた。
大高は中学生の時はバレー部員だったのだ。同じ中学出身の成井はよく分かっている。
「手加減したら、酷いわよ。」成井が大高に言った。大高はハイハイと言った。
女子の考えた選考方法は下図を参照。
① ② ③
④ ⑤ ⑥
コート後ろ側
大高が⑥の選手に打ち込み、3回で返す。それが終わると、③の選手が抜け、⑥に新たな選手が入る。②の選手は③へ。①の選手は②へ。④の選手は①へ。⑤の選手は④へ。⑥の選手は⑤へ移動し循環する。
一方男子には女子の名簿が配られ、項目ごとに10段階評価するらしい。ちなみに基準は黒澤のプレーらしい。
項目は、レシーブ、トス、スパイクとかはもちろん、滑り込みとか、ファインプレーとか、足技とかもある。
「じゃ、始めるよ。」大高が言う。
「さあーーーー来ーーーーーーい!!!」叫んだ。しかも相当な大音声で。何人かの男子が耳をふさぎ、聴覚が敏感なものは卒倒する。大高はフラフラしてたが、それでも、なんとかサーブする。
吹奏楽部の田中がレシーブし、山口がトスし、黒澤はバシンと打つ。
「ぬおっっ!!」大高はスパイクをすんでの所で避ける。
ボールはコートの外に落ちたが、際どく良いところをついた。
時間が経つにつれ、体育館には耳を塞ぐ男子と物陰に隠れる男子がいた。それはまだいい方で、気絶しているものが大多数だ。
ステージの上では、淡々としている吉田、落ち着いている鈴木、ニヤニヤしている小林しかいない。金子と海老澤は卒倒した大高の代わりにサーブしている。
惨かった。
スパイクがまともに飛んだのは黒澤ぐらいで、他の女子は明後日の方向に神速で打ち込むのだ。
頭に当たろうが、顔面に当たろうが、腹に当たろうが、気絶してしまう。
しかも打つ瞬間、
「うおりゃゃゃゃゃあああああああああああ!!!」とか、奇声を発するのだ。真剣なのは良いことだ。しかし、全員が美少女と言っても過言ではないG組女子の面子はあっさり壊れた。
15分後………
「ふう、どう集計できた?」黒澤は汗をタオルで拭きながら聞く。
「はい。今計算する。」小林が鈴木と吉田の書類と自分のを見ながら数え始めた。
「クラスマッチは男子はもう練習してるの?」G組一の美少女、山口結香が鈴木に聞いた。
「いや、それどころか誰が出るかすら決めてない。」鈴木は肩を自分で揉んでいる。
「早めに始めないとな…………」鈴木がポツリと呟いた。
その時、もの静かな声がした。
「鈴木君、吉田君、小林君!」最後ははっきり言った。
鈴木と山口は声のした方向を向き、吉田は体育の時間にも関わらず、持ち込んでいた本から顔を上げ、小林も名簿の集計を中断する。
「あの、始業式の時、私のせいで迷惑かけて………ごめんなさい!」そう言ったのは今日久しぶりに登校した蛯原である。
「いや…………えっと…………体を大事にしてね。」1年の時、蛯原と同じB組出身の鈴木が言った。 吉田は頭を下げて、読書に戻る。小林は手を上げ、集計に戻る。
蛯原は3人を最後に見た後、海老澤と金子の元へと向かう。 「知り合い?」吉田が鈴木に聞いた。
「まあ、1年の時同じクラスだった。何だ、興味あり?」
「なわけないだろ。」鈴木の問いに答えたのは小林である。
「ふっ、どっちにしろ諦めた方が良い。彼氏持ちだ。」鈴木は立ち上がって、他の生徒の元に向かう。 「よしっ、終了~~~~」小林が言うと、黒澤がやって来た。
「どれどれ、見せて。」黒澤が言うと、小林が紙を渡した。
スタメン…………
(但し、小林はバレーの知識が並みでしかないので、先程の表で示す。)
先頭がスタメン起用である。
①………………丸山、源
②………………古川、田中、和知
③………………山口、綿引
④………………黒澤、杉川
⑤………………成井、石塚
⑥………………皆川、清水
リベロ…………蛯原、藤田
抗議を覚悟していた小林だが、女子達は結果を見ても、残念そうな顔をする者はいたが、文句は言わなかった。
授業終了の鐘が鳴る。
すると、女子は全員で円陣を組み、
「優勝するぞ!!」との黒澤の掛け声と共に「オーッ」と言った。
男子達は思わず拍手し、体育館を後にした。