第12章 脱出
エリアFー6海老澤が眠り、金子と黒澤が見張っている。他愛もない世間話のようで、緊張感を欠いていた。時刻は午前7時を回っている。
「そう言えばさ、瑞穂は蛯原さんが何故、連れてこられたか知ってる?」金子が出し抜けに聞いた。
「連れてこられたかって、プログラムに?」黒澤が言った。
「そう。そもそもどうして、山口さんも………い、い」
「岩本 怜衣のこと?」
「そうそう。岩本さんも。どうして、連れてこられんだ?俺が助けを求めたのはここにいる男子全員だけだぜ………」金子が首を捻った。
「知ってるはずないでしょ。私だって、美樹に聞いたけど、分からない、気付いたら見知らぬ教室にいた、って言ってたもん。」
「そうか…………」金子は深い溜め息をついた。
「岩本さんって、俺はよく知らないんだが、一体どんな人なんだ?」金子が聞いた。
「……………そう言われると、ねぇ。まあ、社長令嬢で、秀才でハンドボール部に所属するからいなんだから、運動神経もすごいんでしょうね。」黒澤が考えながら言った。
金子はそれ以上追求しなかった。若干ではあるが、黒澤が妙に刺々しかったからだ。
再び沈黙が訪れた。
エリアHー5
萩谷から吉田が殺人者であることを知らされた山口はショックを隠せない。
山口本人としては、吉田の事が好きな訳でも嫌いな訳でもなかった。自分を助けてくれたのは事実だし、優しくはなくても、必要があれば勉強等は協力してくれた。だが、クラスの中の女子をほとんど無視するような場面が多々あったのだ。ツンデレには到底見えないし、かといって女子を憎んでいる訳でもなさそうだ。取っ付きにくいのだ。
それに、目の前にいる小林や、奥で眠っている萩谷すらも何かしらの犯罪者だ。萩谷は17で煙草は吸うし、吉田もたまに吸う。小林は不良達から金を巻き上げて財政を潤している。なのに、嫌悪を感じない。何故なのか?
と言った感じの事を小林にしつこく聞いた所、小林は答えた。
「山口さんに迷惑がかからない程度の犯罪ですから。」
「ふーん。」山口は納得しそうになり、踏みとどまった。 「理由になってなくない?人に迷惑をかけなければ何をしても良いってことにはならないもん。」
「山口さんが言うことはイチイチ正しい。しかし、大富豪同好会が何故生徒受けが良いか分かります?」小林は淡々と言った。
「分からない………」
「生徒を助け、不良にのみ犯罪行為を犯すからです。犯罪者に手をだすのも犯罪だなんて、きれいごとですからね。」
「大富豪同好会がどんな活動をしているか分からない。」山口は言う。
「では、この『記憶』を見ましょうか?」小林はクリスタルの瓶を取り出した。
「憂いの篩。ハリー・ポッターシリーズの中にでて来ましたね。それの試作品ですよ。見てみますか?」
「誰の記憶に?」
「岩本さんの彼氏である、大野君のものです。必要に応じて借りました。本人は自由に見てくれて構わないと。」小林はすらすらと言った。
「それを見れば、活動内容が分かるの…………」
「はい。見るなら一人で見てください。俺は見張りをしなければならないので………瓶をこめかみに押し付ければいいだけです。」
「……………」山口は無言で受け取った。そして、無言でこめかみに押し付けた。
**********************
山口はふと目を覚ました。眠っていたらしい。ここは……どこ………?そんな疑問と共に、辺りを見回す。
もし、ここが憂いの篩の中なら、自分の存在は記憶の中の人達に気付かれはしない。 靄が目の前に立ち込めている。それは1分ほどして、晴れた。
「あれ………学校だ。」山口は自分の通う高校の一教室にいた。ホワイトボードの日付は………月までしか書いてないが、2007年11月。
「あれ、……岩本さん?」山口がふと左を向くと、岩本が何やら落ちつかない様子で、教室のドアを見ている。
『はあ。』岩本が溜め息をついた。それからは机に突っ伏して動かなくなった。
5分くらいしても何の変化も起こらない。山口は退屈し、外の世界は大丈夫かな、とか思いながら教室の掲示物を眺めていた。
ガラガラガラ。ドアが開く音がして、大柄な男子が入ってきた。途端に、岩本は起きた。顔を不満そうに歪めて男の方を向きながら言った。
「待ちくたびれたよ〜〜〜ナルチのばか〜〜〜」
ナルチと呼ばれた男子をよく見てみると、大富豪同好会会員の大野正人である。柔道の達人だとか。
「ごめん、部活で遅れて………で、何の用。」大野は体格からは全く想像できない声で言った。大野は萩谷よりは小さいが、横幅は恐らく萩谷よりは太い。ラグビー部所属と言うのも頷ける。
「ふふん。1週間後は何の日でしょう〜〜??」岩本は楽しそうだ。
「ええ、岩本さんの誕生日でしょ。」大野はスッパリと言った。
「そう。だからあ、あたしの家で毎年誕生会するんだ〜〜〜是非来てね。うん、もちろん友達も誘って良いよ〜〜〜プレゼントは何でも良いから思い出に残るようなものちょうだい。」岩本がそう言うと、鞄を持ち上げた。
「うん、わかった。必ず行くよ。何時から?」
「忘れてた、忘れてた。ええっと〜〜〜何処に閉まったっけな……………これかな………?そう。これだ。はい、招待状。10枚あげる。友達の分ね。それがないと、多分入れないから。」岩本は淡々と言った。
流石は社長令嬢だが、傲慢さや腹黒さといったものが無いところがよいのである。
「ありがとう。じゃあそうさせてもらうよ。」大野がそう言うと、岩本は何人もを虜にしそうな笑顔を向けた。
場面が変わった。
山口は辺りを見回した。
すると、狭い部室であった。吉田と後藤がいた。大野から招待状を受け取り、顔をしかめていた。
「で、僕達を誘うわけ。もっとましな奴等を誘えよ。岩本さんの誕生日なんだろ。」吉田が言った。
「ですね。岩本さんの誕生会となれば、有力な人脈を持つ人なんかが来るでしょうよ。わたくし達が行けばいい面の皮ですね。」後藤も容赦がない。
「俺が岩本さんと付き合い出した時、ファンクラブに何されたか覚えてるか?」大野が珍しく声を荒げた。
岩本や蛯原や山口などの美少女を崇めるファンクラブなるものが、高校には存在していた。山口は顔をしかめた。ファンクラブはパパラッチのようにしつこいし、じろじろ見るし、良い思い出がない。
「未遂だろうが。ああいう事がまた有れば良いのに。」吉田はあっさり一蹴し、残忍な笑みを浮かべた。
「ストレス解消でしたね〜〜〜あれは。」後藤は表情を変えずに声色だけ楽しそうだ。
ファンクラブから、毎日のように
「岩本様に近寄るな!!!」だの
「高嶺の花も大概にしろ」だの罵倒文書が大野の下駄箱に入っていたのだ。ある日、岩本が大野と一緒に昼飯を食べた事でファンクラブの逆鱗にふれたらしい。不良5人組を倒した空手部の主将や、剣道部の主将を初めとする20人以上の人間にリンチされそうになった。大野自身は強く、吉田や後藤や海老澤が援軍に来るまでは持ちこたえた。
しかし、あれ以来ファンクラブから嫌がらせを受け始めたのは言うまでもない。陰湿なものばかりでいい加減、嫌気がさしてきていた。
「考えたんだが…………」ある日の部室で吉田が大野から事情を聞いて溜め息をついた。
「岩本さんの誕生日会には、もっと厄介な奴等も招かれているはずだ。行かない方が得策かもしれんぞ。岩本さんが模木(大野の偽名)を好きなのは知ってるさ。だがな、聴衆の前であからさまな好意を示されれば、君が逆恨みされるぜ。」
「…………せっかく誘ってくれたんだ。断るのも、申し訳ない。」大野が言った。
「まあ、模木さんが行かなければ、岩本さんは悲しむでしょうね。」後藤が言った。
「……………僕達も行くかね?ごっつぁん?」吉田は頼りになる副官に聞いた。
「私はどちらかと言うと、行きたいですね。ご馳走なんかが出そうじゃないですか。」後藤がフッと笑って言った。
「そうか。模木よ、岩本さんに我々の出席を伝えてくれ。」
再び場面が変わった。
山口は吉田の隣に立っていた。
「岩本邸か……………大きい。広い。」吉田が溜め息をついた。スラム生まれの自分には無さすぎる。
「それに人も多いな………」大野は周りを見ながら言った。 周りは金髪の外国人や碧眼の女性がいたりして、多くの人が集まって来たようだった。
「何だ、あの3人?」
「不審人物だ。SPに知らせよう。」
「……………キモッ。」
近くにいた、金髪の男子、あとは純粋な日本人らしい。最後の一言は片言で、曖昧に覚えた単語なのだろう。
大野は、正装………卒業式なんかで着る、ジャケットといった感じ。
しかし吉田は完璧な普段着。ジーパン+パーカー。パーカーは羽織るようにしているため、少し歩くだけでマントのように靡いた。おまけに、緑色のタオルで口と鼻と耳を隠している。異質なこと極まりない。
後藤はバドミントン部のジャージである。それだけだが、パーティーには明らかにそぐわない。
その時。
「ナルチ〜〜〜〜〜」凛とした声がした。
3人が振り返ると、岩本がいた。吉田と後藤は礼をした。大野は固まっている。
「貴司?後藤君?二人とも毎日夜更かしするほど仕事があるのにわざわざ来てくれてありがとう〜〜〜」岩本は後藤と握手し、吉田とも握手した。
「どうしたの?タオルなんか巻いて。」岩本は吉田を見上げた。
「すみません、答えられませんね。」吉田はまた頭を下げた。
「そう、ごめんね。お節介が過ぎちゃった。」岩本はエヘヘと笑い、大野とも握手した。大野は岩本に見いっている。
岩本は深紅のドレスを着、肩を出して高価そうなハイヒールを履き、胸元も開いている。妙に大人らしく、妖美で、綺麗だった。
「ナルチ、どうしたの?」
「え、え……いや、何でも。誕生日おめでとう。」大野が言った。
「うふふ。ありがとう〜〜〜」岩本は嬉しそうに言い、また後で、と3人と別れた。
「岩本さん、キリリとしてましたね。」
「うん、何だかスラム生まれの自分が少しだけ悲しくなった。」吉田はタオルを戻し、言った。
「………………」大野は黙ったままだ。
「しっかりしろよ。まだパーティーは始まって無いのにボーイフレンドがそれでどうする?」吉田が言った。
「オイッ。お前ら。」不意に声がし、3人は振り返った。
振り返った先には先程とは違う、いかにもお坊っちゃんと言う感じの3人と同じくらいの男子が5人の仲間を引き連れて立ち、傲慢な笑みを浮かべていた。