第11章 心の傷3
夕方、萩谷と小林と吉田は走っていた。小林は何故か情報通で、拉致現場を知っていた訳だが、しばらく走っていくと、ある工場の駐車場の入り口に人だかりが出来ている。説明するまでもない。
「やはりな、進入禁止のテープが張り巡らされている。警察が来ているに違いない。」小林が顔を曇らせた。いくらなんでも、警察の真ん前でケンカするのは間が抜けている。
「警察がテープを張り巡らした所を見ると、渡辺達は長谷川を人質にとっているのかね?」萩谷が言った。
「そうか、そういえばそうだな。説得の最中とか?」小林が唸る。吉田が徐々にサッカー部二人から離され始めた。
「貴司ぃ。しっかりしろぉ。」萩谷は勘に障る声を出した。
吉田は答えず、走り続けた。すると、小林は人だかりの手前で右折した。
「この先に柵が破れた所がある。そこから侵入しよう。」小林が言った。
三人が工場の前にたどり着いた。
「む、あれは………」萩谷の指差した方向に、警察官が7人ほどいて、一人は拡声器で話していた。
「いつまでも意固地にならず、出てきなさい。お腹も空いたろう。」
この説得から判断するに、萩谷の言うとおり、籠城の構えなのだろう。
「しかし、説得の対象が小学生みたいじゃないか。やつらを甘く見るとヤバイぜ。」吉田が言った。
警察と先生達がいるので、吉田達は茂みに隠れたままだ。萩谷は双眼鏡で工場の窓から、渡辺、五十嵐を確認したと言った。
かれこれ1時間が経過しても、説得は続いた。
「…………強行突入しちまえよ、まどろっこしい。」萩谷が唸った。
「人質がいるんだぜ。」小林が言った。
「バカな。人質がいても居なくても、変わらん。」吉田がバシッと言った。
「じゃあ、お前は大事な人……………がいたとして、目の前で羽交い締めにされ、ナイフを首に突きつけています。さあ、どうする?」
「ふん、それで『こいつの命がどうなってもいいのか?』とか聞くんだろ?そしたら、『僕の欲しいのは人質の命ではなく、お前の命だ。
』的な事を言う。
武器を捨てろと言われても絶対に捨てない。逆に武器を捨てたら考えを変えてやらなくもない、と言う。普通はそういう奴等は人質に重きを僕らが置くと思うから、そうでないことを匂わせれば、簡単さ。まあ、人質を解放した後、そいつをどうするかは気分次第だな。」吉田が小林の質問にハキハキと答えた。
15分くらい雑談したころ、夜を貫く絶叫が聞こえた。
「ああああああああああああああああアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」
そして激しい銃声がし、直後に悲鳴が聞こえた。
小林はガバッと立ち上がった。
警察と渡辺達が戦っている。しかし、渡辺達の奇襲で、警官達は銃を奪われ、銃殺されていた。
「至急おうえ……」そういいかけた、警官にたちまち何発もの銃弾が浴びせられ、通信機と共に倒れた。
「行くぞ!!!!」渡辺達が叫んで、吉田達の真ん前に向かって、走り始めた。渡辺以外はたま切れらしく、銃を捨てていた。渡辺、柴田、豊田、小川、五十嵐である。長谷川はいない。
渡辺が茂みのすぐそばに来たとき、小林が踊りかかった。不意をつかれ、渡辺と小林は地面でもつれあった。
仲間達は直ぐ様何が起こったかを認識し、参戦しようとしたが、吉田と萩谷が応戦し、乱闘になった。
小林は銃を奪い、渡辺に向けた。渡辺は素早く建物の陰まで走り、銃弾を避けた。小林は深追いした。
「ふんっっ!!」萩谷がフルスイングした右握りこぶしを、豊田の鳩尾に入れた。豊田は苦痛に呻き、倒れて踞った。
残された柴田は引かない。萩谷の腹に強力な蹴りを入れようとした。しかし、萩谷がそれを受け止め、軸足の左足を切れ込みを入れるように蹴り、転倒させた。起き上がろうとするところを萩谷が馬乗りになり、顔に鋭い殴りを何発も入れていた。
吉田も五十嵐と小川を相手に戦っていたが、ただ避けているようにしか、見えない。しかしやがて、吉田は五十嵐のパンチをかわすと、足を素早く、振り上げた。電光石火、吉田の右足が五十嵐の鼻に命中、あっさり骨が折れ、五十嵐は気絶した。
「何で…………」小川は仰天している。吉田が極めて冷酷な目線を向けると、小川は素早く逃げた。
渡辺は小林と戦って、何処かに行ってしまった。
「小林ーーー。」吉田が小林を探して、建物の陰に近づくと、足が吉田の腹を強打した。
「??」吉田は反動で、壁に叩きつけられた。
見ると、渡辺が銃をこちらに向けている。小説に有りがちな、悪人が善人を殺す寸前に話しかけてきて、何とか救出が間に合う………そんな筋書きは通用しなかった。
渡辺は無言で吉田めがけて撃った。吉田は身を屈めながらも無駄と分かっていた。最期か…………
一か八か、吉田は胸ポケットから、アーミーナイフを出し、あらんかぎりの力で投げた。
1発目が外れ、2発目を撃つのと同時だった。
ドサッ。
倒れたのは………渡辺だった。
額からアーミーナイフを突きだし、血まみれで倒れていた。
吉田は目の前が真っ暗になった。
「そんな…………僕は手を狙ったんだ………」
「貴司ーーー大丈夫か?!!!銃声がしたが………」萩谷と小林だった。
二人は吉田を見、渡辺を見た。 二人は息が止まった様に見えた。
「殺しちまったのか?貴司、殺したのか?」
「そんなつもりは…………」
「息してない!!!心臓も止まってる!!!」
「人殺しだな。」背後で冷たい声がした。三人は振り返った。顔をアザだらけにした、柴田がいた。
「助けてくれーーーー!!!!!人殺しだーーーー!!!!!」柴田が絶叫し、応援に来た警察と観衆にあっという間に囲まれた。
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「それからは酷い生活でした。確かに、長谷川や警官達を殺したのは渡辺だと工場の監視カメラがとらえてましたし、僕が殺されかかり、正当防衛も証明されました。」
「…………………」蛯原は恐怖からか嫌悪からか、涙を流している。
「アーミーナイフを所持していたのは、銃刀法違反でした。
しかし、警察が止められなかった殺人を僕が止めた事、正当防衛などを全て換算した挙げ句、一応は起訴しました。しかしながら、裁判で検察側は情状酌量の余地があるとし、執行猶予付きの、懲役10年を課しました。僕は控訴せず、検察も控訴せず、判決は下りました。全てが終わったら11月になってました。」吉田は無表情では無く、自虐的な笑みを浮かべていた。
吉田は蛯原を見た。
「これが僕の正体です。これでもまだ僕の事を好きでいられますか?」
吉田は聞いた。
「………………」蛯原はただ泣いているだけだ。
「家に帰ってみると、以外にも何もされていませんでした。
しかし、帰った次の日からは近所の目が酷くなりました。
例えば、家の塀に、『殺人者』とか『人でなし』とか書かれたり、外を歩くと石を投げられたり、窓を割られたり………その度に僕はそういった連中を…………殆んど子供でしたが、何歳児だろうが、女の子だろうが、情け容赦なく、打ちのめしました。すると、親が乗り込んでくる。親は決まって僕につかみかかってきます。僕にはもはや良心が無く、それをも打ちのめしました。酷いときには、骨折させたり………そのこともあり、漸く近所からの攻撃は収まりました。学校では、小林と萩谷以外は話しませんでした。その二人ですら、僕は話しかけるのを躊躇いました。当然、彼らにふりかかるからです。」
「………………」
「この高校に受かった時、本当にうれしかったんですが、実際受けるのも大変でした。
内申書に悪行の数々をかかれ、警察の公式記録に残っています。
受験票を受けとる際には、担任に何度も志望校を変えろと言われました。しかし、なるべく地元の奴等が来ない高校を僕は優先しました。それから、大富豪同好会を立ち上げ、今ここに至るわけです。ちなみに、大富豪同好会会員はこの事を知っています。」吉田は話しながら、時計に目をやった。6時10分前だ。
「話すことは、全て話しました。」吉田が言った。
「………………可哀想。」蛯原がポツリと言った。
「えっ?」
「貴司………君は………身を守るため………なんでしょう。それに、………中学校の時に、プログラムを………一度してるのに、……………また参加させられて…………酷すぎる………」
「そう言えば、プログラムについて、話してませんでしたね。プログラムは12月の下旬にやらされました。僕は、もう良心を完全に無くしてしまい、人を探し回るような事はしませんでしたけど、目の前に来たヤツを次々と手にかけました。そして気が付いたら、自分が生き残りだったわけです。」
「貴司………君。」
「はい。」
「私には貴方が………悪い人か、良い人かは判断できない………でも…………貴司君は………貴司君は…………」
その後の言葉は嗚咽により出てこない。
しばらく二人は無言だった。
やがて、吉田は口を開いた。
「君がこの話を誰にするのも自由です。
恐らく、今の僕を見てきた人なら、その話を信じてしまうでしょう。
だからといって、僕は君を口封じに殺したりはしません。
はっきり言っておきますが、僕がよく不良から狙われるのは………実名と顔写真が渡辺を殺した時に新聞に出たからです。
小林に聞いたところ、渡辺は中学生ながら、高校生よりも実力や権力があり、強者だったのです。
彼を倒した僕を倒せば、更に名声が得られる訳です。
学校の中にも知っている人はいるかもしれません。県内の範囲で報道されたに過ぎませんが………そして何より、僕を好きでいてくれるのは君の、自由ですが、連中は人質に君をとれば僕が屈服すると考えるでしょう。僕はもう、引き返せない所まで来ているのです。唯一の償いとして、善人を不良から守る手伝いをしているのです。」
「一方的に話さないで………それは、私にもう、自分に近寄るなと言ってるの?」
「そうは言ってません。君の自由だと思います。」
「私は告白しました。プログラムが終われば、付き合ってくれますか?」蛯原はストレートに聞いた。目にはいつもの守って欲しい、と言わんばかりの光はなく、強い眼差しが向けられていた。
「………付き合ってどうなるんです?僕を好きだと言ってくれたのは君が初めてで何も分かりません。」
「………………」そう言えば何故だろう。高校生同士が付き合って結婚まで行く例がないわけではないが、殆んど進学なり、就職なりで別れてしまう。それなのに、何故?楽しいから。嬉しいから。悩みを解消できるから。蛯原はさんざん考えた挙げ句、答えた。
「貴方の心の傷を癒して、自分に自信が持てる人間になって欲しいから。」
「…………………」吉田は黙っている。蛯原をじっと見た。
「おかしいかな?」蛯原はいつも即答する彼が黙ってしまったので、変に不安になった。
「………心の傷?」
「はい、それを癒してみせます。」
「心の傷とは具体的にどんなものですか?」吉田は無表情になっている。さっぱり訳が分からないらしい。
「貴方の中にある『根』を取り巻く邪念です。
貴方の根は真っ直ぐで長い。だから貴方を失いたくない………多分私だけではありません。小林君も、萩谷君も、金子君も、海老澤君も………もちろん色んな人が………貴方はこのままでは、自分の『根』を出せないまま、きっと本来の力を出せません。」蛯原はスラスラと言った。こういう意見を聞いた事があり、受け売りだ。
「蛯原さん…………」
「な、何?」蛯原は赤くなりながら聞いた。久しぶりに名前を呼ばれたからだ。
「君は、僕が思っていたより、強い人かもしれませんね。」吉田は言った。そして………屈託のない笑みを浮かべた。
「た、貴司君………」蛯原は見たことのない彼の表情に浮わついた。
「君がそこまで本気なら、このプログラムが終わったら………友達になれるでしょう。」
「うん……………」蛯原はしくしくまた泣き出した。彼にとって『友達』は『親友』の次に信頼がおける関係になることだ。小林が前にそう聞いた事がある。その小林、萩谷の次の位置につけた事へのとりあえずの安心感はあった。
朝日が差し込んできた。
「全く、君って人は涙腺の脆いひとですね…………」吉田は言った。蛯原は涙を吹きながら頷いた。
一人の美少女と一人の冷酷な少年の心が少し近づいた。




