第11章 心の傷2
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「どういう奴等だ?転校生とは?」そう言う小林は今よりずっと背が低い。小林は中学校の学ランをきている。だが、ボタンは全開である。堅苦しい制服を嫌っているのは明らかだ。
「滅茶苦茶さ。他人の給食は奪うわ、授業中は騒ぐわ、とるとこなしだな。」吉田はそう答えた。吉田もボタンは全開である。不良くささが漂っていたが、不良ではない。
「奴等に目をつけられないようにな。」
「僕がそんなじめじめした生き方をすると思うか?」吉田は挑戦的に言った。
「俺よりは弱いからな。」小林は臆する様子もなく答えた。
吉田は何か言いたげだったが、授業開始のチャイムが鳴り、小林も吉田も教室に戻った。
吉田は教室に入ると早速、目を細めた。
「ムカつく目してやがるぜ。構わねえ、気失うまでやっちまえ。」
そんな声がした。確かに不良達が暴れまわっていた。誰かをリンチしている。
「なあ、そろそろ先公来るぜ。続きはこいつの部室でやろうぜ。」取り巻きの一人が言った。
「そうだな。オイ、お前ら脚を持て。」不良達のリーダー、渡辺が言った。
一人一人が四肢をそれぞれ支え、渡辺は手ぶらなのでグループは5人だった。
渡辺、柴田、豊田、五十嵐、小川だ。
5人はベランダ(3年の教室は1階だった)からさっさと出ていった。
吉田は軽くため息をついた。別に止めようともしなかった。誰だって自分に矛先が向いたら嫌だ。吉田は確かにケンカは強かった。『人体解剖学』と言う、図書館の禁書の棚から引っ張り出した物を読んで以来、一発で敵の意識を数秒飛ばしたり、動きを止めたり出来るようになった。
それでも、現実は甘くない。1対5ではなかなか勝つのは難しいだろう。不良だとは言えバカではない。人質をとるやら、寝込みを襲うだとかもやるのだ。
よく、恋愛小説で主人公が女の子を不良グループから守って縁になる話がよくある。
主人公が空手や柔道をやっていた、ならまだ分かるが、何でもないただの男子がケンカだけは強い、などと言う理屈は現実世界では一切起こらない。その手の小説を書く著者は決まってケンカも気も弱く、小さく小説で不良に復讐しているわけである。吉田はその手の小説をことごとく時間の浪費と考えている。
小林はスピードがあったので、素早く相手を倒す技もあったし、不良が得意とする接近戦をさせなかった。
萩谷はスピードは小林には劣るが、体格の良さが際立っていた。中学生で既に180を越えている。それでいて、サッカー部の主将である。
ぼんやりとしていると、数学教師がスタスタ入ってきた。
結局、彼らはその日戻ってこなかった。
吉田は楽観視していた。どうせ適当にボコった後に、放置して家に帰っただけだと。
だが。
次の日、吉田が学校に登校すると、小林が待ち構えていた。
「聞いたか?」
「あん?」
「高橋の件だ。」
小林は今と変わらず挨拶もろくにせずに話しかけた。高橋というのは昨日虐められていた生徒だ。
「死んだとか?」
「そう。何だやっぱり知ってたか。」
吉田は小林の返答に面食らった。吉田は冗談で言ったのだ。
「交通事故らしい。だが、交通事故だけではできない外傷が遺体にあったから、疑惑の事件だな。」
「交通事故だけではできない?そりゃ渡辺達が暴れまわっていたからな。」吉田が答えた。
「やっぱり!!!じゃあ渡辺達が車道に押し出したんだ。」小林が言った。
「あるいは、意識がないのを車道に投げ飛ばしたか………」吉田は靴を履き替えながら言った。
「警察につかまるのも時間の問題だな。」小林は真相に対する論拠を自分で立てていて、吉田の意見を聞いて確証へと迫ったのだ。小林は教室に戻って行った。
しかし、証拠が余りに少ない事も事実だった。奴等の暴力は誰にも目撃されていないし、渡辺達が移動するシーンをとらえた監視カメラが一台もないのである。
1ヶ月後、渡辺達は留置所から出てきた。
さて、肌寒い11月の中旬に事件は遂に起こった。長い事吉田を苦しめる事となる…………
その日、珍しくも渡辺達は学校に来ていなかった。誰かを虐めるために必ず来るのだが………今日はどういう訳だろう。
教室には笑顔が溢れていた。普段にはない緊張感のない笑みだった。吉田は渡辺が居ようが居なかろうが、関係なく、ひたすら自習していた。
その日の昼休み、小林が吉田の所に飛び込んできた。
吉田は給食を食いながら、本を読んでいた。
「貴司、大変だ。俺らのクラスの長谷川が奴等に連れ去られた!!目撃者が何人も………学校に苦情入れがあって、今先公達が行っている。」小林は一気に言った。吉田は豚肉の生姜焼きを渡辺達の分もぶんどって食っていた。
「なら、大丈夫だろ?先公達が行ったんだろ?それで、神永いないのか………」吉田は楽観視していた。
「先公達が勝てると思うか?奴等は市内でも最強の部類に入る不良だぜ!!!」
「何処で何をしているか分からないのに、僕達にはすることはない。」吉田が冷たく言った。
「どっかの空き家らしい。しかも5人で長谷川1人、女1人だぜ!!!」
「何、まさか強姦してると?」吉田はあっさり言った。
「長谷川には借りがあるだろう、俺達。」小林は静かに言った。
「えー、うん………」吉田は微妙に理解したような顔で頷いた。
中学1年の時、吉田、小林、萩谷の三人を何の委員会に入らなくても済むように等の事をしてくれたのは、彼女だ。なかなかの美少女でもある。
「今すぐ行くのか?」吉田は小林に言った。
「夕方の方が良いだろ。先公達に会わないし。悠斗もつれていこう。」
「場所は分かってんの?」
「ああ。」
「最後の質問。お前、イライラしてるストレス解消のたむにケンカしに行ってないか?」
「何の事やら。」小林はすっとぼけた。
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「で、渡辺達に…………負けたの?」蛯原は恐る恐る聞いた。吉田は首をふった。
「ふうん、じゃ………何の不都合も………」
「あったんですよ、勝ち方に。」
吉田は蛯原を見た。無垢な瞳に、光と感情のある目だった。
「続きを聞かせて下さい………」蛯原が言った。
自分をせっかく好きだと言ってくれた少女に話すのは少し抵抗があった。しばらく吉田は蛯原をじっと見ていた。
「吉田君………?」蛯原が言った。吉田はそれでも視線を外さない。
「な、何………」蛯原は赤くなり、下を向いた。
「すみません、何でもありません。」吉田は答え、話し始めた。
エリアHー5
「じゃあ、吉田君の過去には………だからあんな風に…………信じられない………そこまで………」真実を萩谷から聞かされた山口はもうしどろもどろだ。
「真実です、全て。だからといって、貴司は俺の大切な友人ですし、達也にとってもそうです。それとも、貴司と一緒の教室にいるのも、嫌になりましたか?」萩谷が言った。あのエリアを引き払い、新たな家に潜伏していた。
「そんな事は………」
「俺だって貴司と同じ………ですから。」
「………始めに聞きました………」
「………………通報するつもりがおありですか?このプログラムが終わったら?」萩谷は深みのある声で聞いた。
「………………どう判断していいか、分かりません………」
山口の目には涙が光っていた。やがて、萩谷は見張りの位置を変えるために立ち上がった。