第94話 白雪姫蘇生の瞬間――メイドへの反対尋問(その1)
「弁護側は以上です」
メイドへの尋問を終え、酒挽は弁護側の席へと戻る。
「理香から言われている内容なのです」
席に座ると、横からキイナがメモを滑らせてきた。それに目を通す。
「……これ、もう1枚あるだろう?」
「それだけなのです」
キイナは首を横に振る。
改めて渡されたメモに視線を落とそうそしたところで、テールの尋問が始まり、そちらに注視する。
テールは、自席で立ち上がったままで、証言台にはまだ近づいていない。
「さて証人。あなたには、一つ実験をお手伝いいただきます」
「実験、ですか?」
メイドのその答えを聞いて、初めてテールは席を離れる。
手には、りんご。半分に切ったものだった。
「一口齧っていただけますか?」
「畏まりました」
メイドは手渡されたりんごを齧る。
おそらくメイドは、テールの趣旨を汲み取ってのことなのだろう。りんごの底の部分――萼窪の部分を一口齧った。
「出した方がいいでしょうか?」
メイドは、口にリンゴの破片を含んだまま、テールに尋ねる。
「問題がなければ、こちらに出してください」
どこから取り出したのか、テールが紙を差し出す。ティッシュのような柔らかそうなものではない。弁護側の席からでも表面がテカテカとしている、白い紙だった。
メイドは素直にその上にりんごの破片を吐き出す。
「ふむ……」
テールはその破片を一瞥すると、溜息を一つ吐き出す。
そして、こちらへと近づいてくる。
「弁護人」
「何だ?」
「あなたはこれを、りんごの『へりの部分』と認識しますか?」
見せられたのは、今しがたメイドが口に含んだりんごの破片。
「……個人的な意見を言わせてもらうなら、『へり』とは言わないと思う」
「当職もその認識です」
そう言い残すと、テールは踵を返して、証人席の方へと戻っていく。
白雪姫は証言で、りんごの「へり」を食べた、と言っていた。確かに、半分に割った縁であれば「ヘリ」と言えるだろう。
だが、酒挽があの証言で想像したのは、りんごの中央部分にかぶりつく白雪姫の姿だ。
芯の部分を地球の「地軸」に例えるなら、赤道に当たる部分。そこが白雪姫の言う「へり」なのだろうと思う。
もっとも、その点は後で、白雪姫本人に尋ねれば答えが出るはずなのだが。
「さて証人。あなたは先程、弁護人が白雪姫から飛び出したというりんごの破片の大きさに関する質問に対して、指で長さを示しましたね?」
「仰る通りです」
「最初に示した時は親指と人差し指を上下に開きましたよね?」
「仰る通りです」
テールの指摘どおり、メイドの指は、親指を下、人差し指を上にして縦方向に大きさを示すために開かれた。
「その大きさは、約4センチ。それに対して、幅は1~2センチというのが、証人の証言、ということになります」
「……それが、何か?」
ほとんど変化のないメイドの表情の中で、眉根が若干寄せられる。
「今、あなたが齧ったりんごは、破片の横幅が長く、縦が短い。であれば、弁護人に大きさを示すとき、縦方向ではなく、横方向に指を開くべきだったのではないですか?」
おそらくテールの指摘は正しい。
そして、メイドもそれを肯定する。
「そうですね。もしその破片の大きさを尋ねられたのなら、このように長さを示していたでしょう」
メイドはそう言って親指と人差し指を開く。それは先程とは異なり水平方向へと開かれていた。
それを見て、酒挽は手を挙げる。
「何ですか、弁護人」
テールが応じる。本来なら裁判長のセリフなのだろうが、常勝幼女検事は、そんなことお構いなしだ。裁判長も頷くだけで文句は言ってこない。
「今指で指し示されている大きさが、そのりんごの破片に比べて、どの程度ズレているか、確認したいんだが」
「わかりました。……係官」
係官が出てきて、破片の大きさを計測させ始める。
「現物をそのまま当てはめればいいのではないです?」
キイナの指摘に、テールは首を横に振る。
「現物が近づいたら、証人が指を動かして調整してしまう可能性があります。そしてその結果大きさが一致する。そのことを以って『証人は実際にりんごの芯を目撃した。なぜなら正確に大きさを再現できるからだ』などという主張をされるおつもりなのでしょう、弁護人は?」
「さすがだな。読まれていたか」
酒挽は苦笑いを浮かべてみせる。だがそれは作り出したものだ。
確かに酒挽は、テールの指摘したとおりの主張材料を確保しようと考えていた。
だが、酒挽には確信があった。
「テール検事。サイズが一致しました」
「誤差は?」
「ですから、一致しました。誤差はゼロです」
「……は?」
係官の返答に、テールは怪訝な表情を浮かべて測定結果を確認する。計測可能な単位での誤差はゼロ。サイズが一致という係官の言ったとおりだった。
テールが酒挽を睨みつけるようにして視線と飛ばしてくる。
「弁護人は、わかっていたのですか……?」
「最初の証言の時に、指を微動だにさせなかったからな」
普通なら記憶を探りながらのことなので、開いた指を目視しサイズ調整をするだろうところを、彼女は一度示した大きさを変えることがなかった。キイナが計測を依頼した時にも、自信ありと言わんばかりに、そのサイズを維持し続けていた。
「そうですか」
テールが視線をメイドに戻し、りんごの破片を見せる。
「では証人。あなたが目撃した被告人の口から飛び出したというりんごの芯は、これと同じ、又は類似の形状でしたか?」
「いいえ」
そしてメイドは、一瞬だけ目線を酒挽に向けてから、言葉を続けた。
「私が目撃したりんごの芯は、白雪姫様が齧ったものだとは思えませんでした。大きさも可愛らしいお口に比して巨大過ぎますし、何より形状として、食べて体内に取り込むには無理があります。それに……」
メイドはそこで言葉を一旦切り、テールを見据えて、とんでもない証言をした。
「そもそも、件のりんごの芯には、齧った跡……歯形が見受けられなかったのです」




