第8話 当利である理由
「『白雪姫』が、消された?」
酒挽の問いかけに、キイナは黙って頷いた。
荒唐無稽な話だ。人間の記憶の中から、童話『白雪姫』だけを消す。それも、一人や二人ではない。世界中から消されているというのだから。
だが、事実だということは昨日の夕方、身をもって体験した。
しかし、と酒挽は疑問に思う。
「じゃあ、何で俺は『白雪姫』の事を覚えている? 何で君は理香のところに来た?」
無意識に詰問するような口調になってしまっていた。
キイナは首を横に振りながら、悲しそうな表情を見せた。
「ごめんなさいなのです。私には答えていいことと答えてはいけないこと、答えを知らないことがあるのです」
理香はそんなキイナの頭をポンと軽く撫でる。
「キイナがボクのところに来た理由は想像がつくがな」
「「え?」」
酒挽とキイナが理香を一斉に見つめる。
「ボクと『白雪姫』の情報が結びつくとすれば、昨日の中央図書館だ」
『白雪姫』を検索するように依頼をした時、理香の利用者カードを提示している。カードを作る際、住所と名前、電話番号を届け出ているのだ。
「図書館に『白雪姫』を探しに来た利用者を報告せよ、とでも命令が下っていたのだろう。そう思えば、あの図書館の係員が『白雪姫』に過剰反応したことにも納得がいく」
確かに図書館員があれほど怪訝そうな表情を見せたことに酒挽も疑問を覚えていた。
いくら図書館にいる人間でも、蔵書のタイトル全てを知っているはずがない。検索を依頼しただけで怪訝そうな表情を見せたのは、命令された『白雪姫』というタイトルの本を本当にコイツ探してやがる、という反応だったのだろう。
「キイナの話を勘案すれば、全国の図書館全てに下された命令だろう。であれば、国の機関がバックにいるわけか。ま、文部科学省ぐらいだな」
キイナは目を丸くして理香をじっと見つめていた。
だが、最後は諦めたように嘆息する。
「……理香の言うとおりなのです」
正確には、文部科学省ではなく文化庁だとキイナは訂正した。
文化庁認知外文明部。
人知外からの文明から接触があった場合に対処する部署。『童話世界』との話は、そこが窓口になっていると言う。
「でも、何でわかったですか?」
「事実関係を後から結び付けるだけなら、さほど難しくはない。問題なのは、どのパーツが結びつくかを選別することだからな」
とはいえ、中央図書館で『白雪姫』を検索したところと、異世界からキイナが現れたことを結びつけるのは容易ではないだろう。酒挽は素直に感心する。
「ホント、冷静だよな、理香は」
この状況、普通だったら、パニックに陥っても仕方がない。
だが、理香は状況を冷静に分析し、キイナが現れた背景まで言い当ててしまったのだ。
「慌てて事態が好転するのであれば、そうするがな」
理香は簡単に言うが、実践するのはかなり困難だ。それをいとも簡単にやってのけてしまうのは、さすがとしか言いようがない。
「キイナ。君がここに来た理由を説明してやってくれ」
話を促され、キイナは俯いていた顔を上げた。
「『童話裁判』の第一審で負けてしまった白雪姫は、自分が主人公の童話『白雪姫』の存在を人間界から抹消されてしまったのです。元に戻すためには、第二審で逆転無罪の判決を受ける必要があるのです」
『童話裁判』では、主役である白雪姫が被告人。
検察官が白雪姫を有罪にするために積み上げる証拠を、弁護人が無罪を勝ち取るために攻撃する。
それが『童話裁判』だとキイナは説明した。
「弁護人になることができるのは、その童話を知っている人なのです」
「つまり、当利。君だ」
理香は、酒挽を指差した。
「え? 理香だって『白雪姫』を知ってるだろ?」
『白雪姫』と全く同じ『森の姫君』を書き上げたのだ。知っているも同然である。
だが、キイナは首を横に振る。
「知っているのと、作ったのではレベルが違うのです。理香はあくまでも『白雪姫』に類似した話を作り上げたに過ぎないのです。だから、理香には弁護人になる資格はないのです」
「悔しいことにな」
理香が呟く。




