第85話 陥落戦
すみません。投稿ボタンを押したつもりが、押されていませんでした。
活動報告だけ投稿して混乱させてしまいました。申し訳ございません。
「……そうなると、何気に平さんと初対面なのは私だけですか」
閑梨が首を捻りながら呟く。
面識の有無を判断基準にするなら、その認識は正しい。理香は、閑梨と直接電話で話したことはあるが、対面するのはこれが初めてである。
「遅ればせながら、初めまして。平理香です」
「こちらこそ、ご挨拶が遅くなりました。文化庁文化部認知外文明管理課民間伝承係の、閑梨琴と申します」
閑梨はそう言いながら名刺を差し出してくる。
正直、酒挽やキイナから何度か見せられているものと全く同じなので、受け取る理由はほぼない。そもそも、連絡先はキイナを通じて交換済なので、この場合、本当に形式的な社交辞令的な意味合いしかない。
「私は、キイナさんから聞いているとは思いますが、直接名乗ったことはありませんので。童話世界の童話裁判で検事をしております、テールと申します。生憎、名刺は持ち合わせておりませんので、ご容赦ください」
童話世界の物は、人間界に持ち込めない決まりだ。そもそも、直接連絡を取る必然性がないのだから、貰う必然性もない。
逆に受け取ってしまえば、密談したという物証になりかねない。
キイナに内密であっている以上、バレる可能性を高めるリスクを負う必要もない。
「私も名刺は持っていませんので。七つ坂高校の平理香です」
自分だけ自己紹介しないのも居心地が悪いので、名乗ってみる。
ちょうどそのタイミングで、飲み物が運ばれてきた。いつの間に注文したのか、テールの分も含まれていた。
「閑梨はお酒でなくて、いいのかしら?」
「まだ勤務時間中ですので」
閑梨が答えたとおり、時間は夕方というにはまだ早い。現に、昼はビジネスマンにランチメニューを提供しているこの店では、まだランチタイムの営業を謳っていた。
「平さん、お昼がまだでしたら、我々に遠慮なさらず注文していただいて大丈夫ですよ」
「では、遠慮なく」
そう言ってメニューを取ったのは、テールだった。
「あなたは食べたじゃないですか!?」
「しかし、彼女だけに食事をさせては居心地の悪い思いをさせると思いませんか? せめて我々もパフェの一つでも食べて、歩調を合わせるのが得策だと主張いたします」
「何ですか、その理屈は……」
閑梨が頭を抱えるが、理香は、
「確かに、お付き合いいただけるのであれば」
そう言って求めたのは、フレンチトーストだった。
結局テーブルの上には、小倉あんの乗ったフレンチトーストが2つと、アイスクリームだった。
「そうすると、あなたはこの時間を作るために、キイナさんに追試を受けさせようと?」
「ええ。基本、キイナは私と一緒にいようとしますので、強制的に排除するには、外的要因が必要でした」
キイナは、童話世界と人間界を繋ぐ扉を、どこにでも出現させることができる。童話世界側から扉が開けられない構造になっているため、人間界側から開けなければ来ることはできないが、下手なところに出現させて目撃されたら、大変な騒ぎになってしまう。
「キイナには、厳しく申し付けていますので、そんなことはしないと思いますが……」
「しかし、今日、閑梨さんのところに問題を取り行くことを伝えたら『自分が童話世界を経由した方が早い』と言い出しました。割と気軽にやらかしているように、私は印象を受けました」
そう指摘しながら、理香はオレンジジュースを口に含む。
「……そうですか」
閑梨がため息交じりに返事をすると、テールも、
「優秀な弁護保佐人なのですが」
そうって、嘆息した。
「実のところ、平さんの提案は、渡りに船の面がありまして」
キイナを七つ坂高校へと強引に転校させた弊害がいくつか出てきていたという。
設定上、キイナは外国の学校から急遽やって来たことになっているという。だから、それ以前の成績や、中学の卒業証明も、前の学校の在学証明すら存在しない。
もっとも、戸籍や住民票自体がないのだから、もともとが無茶な話なのだ。
学校側から、どのようにして成績を付けたらいいか、文部科学省にまで問い合わせが届いていたらしい。
結局、身元保証人である文化庁の方で、各種書類の捏造を画策していたところに、理香からの話が舞い込んだ。
直ちに、閑梨の上司である課長の矛瀬に相談。
結果、1学期終了まで時間がないことを理由に「追試を受けさせろ」と回答を出したのだ。
「問題なのは、キイナが高校生としてどれほどのスペックを誇るのかが、皆目見当がつかないところでした」
それはそうだろう。相手は異世界人。人間界の物理法則が通用する世界かどうかも不明だし、そもそもが歴史など相いれないであろうし。
「そこを平さんにフォローいただけるということで」
「優秀な弁護保佐人ですから、問題ないとは思いますが」
テールがキイナをそう評価する。
「優秀と言っても、童話世界の中でですよね?」
閑梨が指摘する。
確かに、人間界の評価尺度に合わせた場合でも優秀かどうかは、正直ってわからない。
「優秀だと思いますよ」
答えたのは、テールだった。
ズズズ、と少し音を立てて飲み物をストローから吸い込んでいる。
「根拠は何なんですか?」
閑梨の問いに、テールは少し歪んだ笑みを見せて答える。
「彼女、弁護保佐人になって控訴棄却――第一審の判決がそのままだったことは、一度たりともないんです」
テールの言葉に、理香は眉をひそめる。
その微細な動きを、彼女は見逃さなかった。
「そうです。この裁判、私とキイナさんのどちらかが百パーセントの勝率から陥落する、そんな攻防戦なんですよ」




