第80話 第四の殺人未遂――王子への反証
「検察側は以上です」
テールが静かに宣言して、自席へと戻る。
随分とあっさり終わらせたものだ、と酒挽は思った。
「弁護人。反証はしますか?」
「します」
裁判長の問いに、酒挽は立ち上がりながら答える。
「王子。あなたは、第一審で白雪姫の弁護人でした」
「……私の力が足りなかったばかりに、君たちには手間を取らせている」
「いえ、お気になさらず」
とは答えたものの、内心は複雑だった。
理香の評する「無能弁護人」という印象を、今の王子から全く感じ取ることができないでいるからだ。
実に堂々としている。
もっとも、政治家としての王子は優秀なだけで、弁護人としての王子は無能なだけなのかもしれない。
しかし、政治家として、答弁や外交を担うこともあるのだから、まったくの無能とは到底思えない。それが酒挽の偽らざる感想だった。
「白雪姫は、今審理中の百姓の『りんご』による事件、その前の物売りの『櫛』による事件、別の物売りの『胸ひも』による事件で倒れています。私としては、これら3件の実行犯は、白雪姫の実母である王妃の変装によるものだと考えているため、これまでの裁判過程では、3名を証人として召喚しませんでした」
「白雪姫と小人の話から、私もそのように推理している」
王子も肯定してきた。
テールの座る席にちらりと視線を飛ばしてみたが、テールは目を閉じてじっと座ったままだった。
「そうですね。王妃の変装によるものであれば、すでに死亡しているわけですから、召喚が不可能、という結論に至ります。
……ですが、一番最初の事件は、違います」
それは、白雪姫が小人の家へと逃避するきっかけとなった事件。狩人による殺人未遂事件だ。
王妃の命を受けた狩人は、白雪姫を森まで連れ出して、そこで彼女を殺害しようとした。
しかし、白雪姫は、城に戻らないことを誓い、狩人に見逃してもらった、という経緯がある。
「狩人は、第一審において、この法廷に証人として召喚されることはありませんでした。
さて、検察は、所在が不明であるため、事情聴取をしなかったことが理由で行わなかったのですが、弁護人であったあなたは、なぜ、狩人の証言を求めなかったのですか?」
狩人は、王妃から「白雪姫を殺せ」と命令を受けている。
白雪姫の証言から、当然王子も、その事実を把握できたはずだ。
でもなぜか召喚をしなかった。
そこに何らかの理由があったのか確認する必要があった。
「当然だな。私の白雪姫を殺そうとした人物など、いくら殺しても殺し足りん。狩人を召喚して目の前に立たれようものなら、反射的に屠る自信がある」
……ああ、これなら理香の指摘に納得できる。
弁護人である自分の好き嫌いが優先され、証言を得ることで生ずる被告人白雪姫に対する有利不利は二の次。とても弁護人として優秀とは言えないだろう。
一方で、王子の気持ちもわからなくはない。
王妃以外で白雪姫に害を及ぼそうとしたのは、狩人だけなのだ。いくら命令とはいえ、そして結果的に白雪姫の命乞いを聞き入れたとしても、一度でも彼女に刃を向けたことを、王子は許せないのだろう。
「ところで、あなたは、小人の家で、ガラスの棺に入っている白雪姫を見て、彼女を欲しいと考えたわけですが……あなたは、本当に白雪姫と面識がなかったのですか?」
「全くなかったのか、と問われると、少し語弊があるかもしれん。白雪姫の国とは従前から国交があったし、私も、そちらの国に何度か出向いたことはある。
その際、挨拶程度の会話は交わしている可能性はゼロではない。
ただ、私は立場上、そういった場に何度も立ち会っている。一度会った人物をすべて覚えているのは難しいな」
「そうすると、あなたは、人物を見て、ガラスの棺に入っているのが白雪姫だと気が付いたのではなく、ガラスの棺に書かれていた小人の文書を見て、彼女が隣国の王女である白雪姫だと気がついたわけですか?」
一瞬、王子の反応が遅れた。
「……そうだ」
その答えを聞いて、酒挽は確証を得た。
――王子は嘘をついている。
死体を欲しがるというインパクトが強いことで、あまり注目されなかったのだろう。
王子の証言の順番はおかしかった。
王子は、こう証言した。
「小人は、白雪姫を『死体だ』と言ってのけたが、どう見ても眠っているようにしか見えなかった。
聞けば3か月近くも変わらずそこに、横たわっていたらしい。
私は、そんな奇跡のようなできごとに感動した。
ガラスの棺には、白雪姫の生い立ちが金色の文字で記されていた。
見れば、隣国の王女だった。
私は、どうしても彼女が欲しくなってしまった」
本当に白雪姫の死体に一目惚れをしたのなら、見た瞬間「どうしても彼女が欲しくなる」はずで、ガラスの棺に書かれていた小人の説明文は、後回しにされておかしくない。王子としては、情報の重要度が低いからだ。
一方で面識がなかったのも事実なのだろう。
彼女を欲しがる前に「隣国の王女」という証言が出ている。
この証言順では、「どうしても彼女が欲しくなった」のは「隣国の王女」だからで、隣国の王女であることは「ガラスの棺に白雪姫の生い立ちが金色の文字で記されていた」から、という解釈が可能となる。
そうやって考えると、理香の推理は本当に馬鹿にできない。
これはいよいよ、王子が「白雪姫の死体」を欲したことを意味するのではないか。
ここまでくると、理香が思い描いているエンディングを、さっさと知りたくなってしまう、酒挽なのだった。




