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第67話 第四の殺人未遂――白雪姫への反対尋問

 酒挽(さかびき)はそこで白雪姫への質問を切り上げた。弁護側にはまだ反証の機会が残されている。いくつかの矛盾点を敢えて追求せずに、検察側の出方を確認することにした。


「では、検察側の反対尋問を」


 テールがゆっくりと証言台へと近づいていく。そして、白雪姫の真横に立ってから口を開いた。


「あなたは、小人から被害者に命を狙われていると忠告を受けていたわけですよね?」


「は、はい」


「そして、あなたは小人の家を訪問した農婆を、被害者ではないと思った、と」


「はい」


「にもかかわらず、百姓の『怖がっているのかい?』という発言については、小人から『王妃がお前の命を狙っている』と言われていたので、特に疑問に思わなかった……随分と証言が矛盾しているではありませんか」


 見逃しては来なかったか、と酒挽は思った。

 警戒しているから『怖がっているのかい?』という、挑発じみた言葉に違和感を覚えなかった白雪姫。訪問した農婆が母親ではないと証言した。ならば、訪問者が王妃の命を受けて自分を暗殺に来た刺客だと考えても不思議ではない。

 なのに、彼女は無警戒にもりんごを食べてしまった。


「えっと……仰っている意味がよくわからないのですが」


 白雪姫は困惑した表情を浮かべて訴える。


「あなたは自分で『命を狙われている』認識があったにもかかわらず、見ず知らずの農婆から差し入れられたりんごを食べて、意識を失ったわけです。過去に2度、訪問してきた物売りの女性から購入した品物が原因で、あなたは昏倒していました。同じように来た農婆を警戒してしかるべきではなかったのですか?」


 これが年単位で間が開いているのなら、記憶が薄れていたとか、あるいは王妃が諦めたのでは、と言う感情を抱いて無警戒にりんごを食べても仕方がないように思う。

 しかし、今回もまた櫛の一件の翌日の出来事なのだ。3日連続で同じような手口に引っかかっているわけで、これはもう、白雪姫をアホの子認定しても誰も文句を言わないだろう。


「あの、半分にしたりんごをおばあさんが食べたので、問題ないと思いました」


 その点は王妃も考えたのだろう。前に2度失敗している。今回ばかりは白雪姫も警戒している可能性が高い。食べさせることはできないかもしれない。だから、半分は普通の、もう半分はいわゆる毒入りのりんごを作ったのだ。

 何の警戒もなく家の中に入れたら、リンゴを切ってあげよう、とでも言っていたのかもしれないが、白雪姫は家に入ることを拒絶した。

 だから、王妃は外で半分にしたりんごの片方――毒の入っていない方を食べてみせたのだろう。

 そんなことは通常では考えられない、一つの個体の半分に毒を仕込み、もう半分には毒が含まれないなどというりんごという存在は。

 だから物を見ていない検察はこう考えるはずだ。「りんごは全部に毒が仕込まれていた」と。


「農婆が先に解毒剤を飲むなどの処置を行っていた可能性は考えなかったのですか?」


 案の定、農婆が食べた側にも毒が含まれていると考えた質問をしてきた。


「異議あり」


 酒挽(さかびき)は手を挙げる。


「何ですか、弁護人?」


「解毒と言うが、そもそもりんごには何の毒が仕込まれていたんだ?」


 テールはここまで「りんご」という物証について言及していない。もちろん、生モノなので、いつまでも現物を確保しておくことはできないだろう。だが、鑑定をしているのなら、少なくとも鑑定結果が提出されているはずだった。


「確認されておりません」


 やはり、と酒挽は思う。事件が起きてから童話裁判が行われるまでの期間が長すぎる。生モノの押収など不可能に近いだろう。

 少なくない可能性に一縷の望みをかけてみたが、空振りだった。もし残っているのなら、毒の成分ではなく、魔術的な処置が施されていたかどうかを確認しようと思っていた。もし、その兆候が見つかれば、りんごの半分だけに仕込みがなされていた可能性を検証できたのだが、空振りに終わってしまったようだ。


「そう……確認されていないところが問題なのです」


 テールは白雪姫の横から離れると、弁護側の席近くまで歩を進めてくる。


「被告人が命を狙われたのは4件。1件は狩人に殺されかけた、2件目は胸ひもにより締めつけられた、3件目は櫛により意識を失った、4件目はりんごを食べて倒れた……いずれも、物証が存在しません」


 狩人の件はともかく、胸ひもは小人が切断した後に焼却処分したという話だし、櫛については、証拠の保全状況が問題で証拠能力なしの判定が下っている。


「1件目の狩人は、当職が事情聴取を試みましたが、行方知れずで叶いませんでした」


 検察側は捜査権限を持っているので、事情聴取が可能だという。

 だが、裁判所の証人召喚のように、呼べば登場する、ということはできず、裁判所の令状を持って逮捕して事情を聞いたり、その童話世界に行って任意に話を聞くのだそうだ。

 その辺は、人間界の捜査と違いはない。

 様々な証言を基に、起訴の要否を判断し、結果白雪姫は起訴された、ということになる。

 そして、恐らく、登場人物らの証言が不足していたからこそ、白雪姫は起訴され、そして有罪、極刑の判決が下されたのだ。

 だからこそ、検察側の結論が導き出される。

 テールは再び白雪姫の横に立つ。今度は、こちら側に背を向けての体勢だった。


「あなたは、4件に渡る被害者による殺害の主張を裏付ける証拠がないにもかかわらず、小人の憶測を疑うことなく信じた結果、それらの犯行を被害者によるものだと思い込んだのではないですか?」


「そんなことはありません。私は、未だにお母様が私を殺そうと思っていたなんて、信じられないんです」


「信じられない、ではなく、信じたくない、が正しいのではありませんか? 自分は母親を信じていた。しかし、何度も命を狙われ、小人からそれは母親がやったことだと聞かされ、裏切られた気持ちになったのではないのですか?」


「な……っ」


 白雪姫の目が見開かれ、テールを見つめる。

 そこまで聞いて。敢えてそこまで全部テールに言わせてから、静かに酒挽は挙手をする。


「異議あり」


 テールが振り向く。


「それはあくまでも検察側の憶測に過ぎない。白雪姫は『信じられない』と言ったんだ。本人の言葉に嘘があると主張するのなら、証拠を揃えてからにしろ」


 口調が厳しかったことは、酒挽自身も自覚があった。

 テールも異議は予想していたことだったようで、振り向いた時は微笑を浮かべていたが、酒挽の言葉に、少しずつ真顔へと変化していた。


「心、というものは、自分自身が一番分かったつもりでいて、一番理解できないものです。様々な葛藤が入り混じり、信じたいのに信じられない、好きなのに素直になれない、なんてことはざらです。多少挑発をして、怒りに触れ、本心が爆発的に膨れ上がった時にこそ、正しい心の内が吐露されることは、私の過去の経験からしても明らかです」


 幼女検事はそう言い放つ。確かに童話世界では、見た目に比して実年齢は相当の人も少なくない。キイナは高校生でも十分通用するが、実際は3桁に届く年齢だと言うし、白雪姫に至っては、設定年齢8歳、実年齢200歳超である。

 もっとも、テールの場合、自分で17歳と公言している。酒挽と同じ年しか重ねていないのに、どれだけ経験の違いがあるのか、甚だ疑問ではある。が、そこは突っ込むまい。


「……とはいえ、言い過ぎである点は間違いないでしょう」


「ええと、弁護側の異議を認める、と言うことでよろしいですか?」


 裁判長がテールに尋ねる。


「誠に不本意ですが、ね」


 そう言うと肩を竦めて、続けた。


「検察側は以上です」

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