第66話 第四の殺人未遂――白雪姫の証言
昨日は急な更新延期で申し訳ありませんでした。
2019/06/23 13:20頃 誤字と誤記を訂正しました。
2019/06/23 22:15頃 サブタイトルを訂正しました「~未遂事件」→「~未遂」
法廷に入ると、検察側の席に普通に座っていた。
瞳を閉じて、背筋を真っ直ぐにして顔は正面を向けている。ただ、瞼は閉じたままだった。
「……普通だ」
「……何ですか、弁護人?」
テールは片目だけを開いて、酒挽を睨むように見つめる。
「いや、いつもの体勢じゃないんだなと思って」
裁判のたびに法廷には先に着いて、検察側の席で頬杖をついて退屈そうにしている幼女検事。第一審から白雪姫の童話裁判を担当している。一度行っている審理をもう一度繰り返しているのだから、毎度毎度退屈そうにしているのは仕方がないはずなのだが。
「そんなこともあります」
そう言うと、再び目を閉じる。何かを考えているというより、集中しようとしているような気配だった。
「起立!」
号令が法廷に響く。
テールと酒挽、そしてキイナが立ち上がると、裁判長が入廷してくる。着席を待って、3人とも座る。
「それでは、審理を再開します」
裁判長に指名されて、酒挽が立ち上がる。
「それでは、4番目の殺人未遂事件について、被害者である白雪姫に証言を求めたい」
狩人、胸ひも、櫛に続く白雪姫への殺人未遂事件。
あの有名な毒りんごのシーンだ。
いつものとおり証言台に召喚された白雪姫に、裁判長がいつもどおりの質問をして、酒挽へと引き継がれる。
「あなたが、りんごを食べて倒れた事件について、証言してください」
「は、はい。あれは、櫛の一件の翌日のことです。
2度も約束を破った私は、小人さんに『誰も家に入れちゃ駄目だし、物を買ったりしちゃ駄目だ』と厳しく言い聞かせられました。なので、玄関に鍵をかけて、家事をやりました。
一人でお昼ご飯を食べ終わった後でした。玄関をノックする音がしました。
窓からそっと覗くと、お百姓のおばあさんがいたのです。
私は『誰も家には入れてはいけないし、物を買っては駄目だと言われています。お帰り下さい』と言いました。
おばあさんは、おいしそうな真っ赤なりんごを見せながら言ったんです。
『欲しくないなら無理にとは言わないが、りんごを全部始末してしまいたんだよ。そうだ。一つあげるから試しに食べてみるといい』
私はその時、一瞬迷いました。くれる、というのなら貰ってもいいのではないか、と。
おばあさんは、私のその迷いを誤解してしまったようで『怖がっているのかい? なら、私が半分食べて見せるから、残りの半分をお前さんにあげるよ』といって、りんごを半分にして、少し青い方の身を食べて見せました。おばあさん、ものすごくおいしそうに食べて、『ほら、なんともないだろう?』と言ったのです。
それで私、どうしても食べてみたくなってしまって、おばあさんが差し出してくれた半分を手にとって一口、食べたんです。
そこから先は……覚えていません」
毒入りのりんごを食べて倒れた、という筋書きのとおりなのだろう。
酒挽の質問が始まる。
「その百姓のおばあさんは、りんごをいくつも持っていたんですか?」
「おそらくは」
「おそらく? 見ていなかったんですか?」
「窓から覗いただけですので。籠を持っていたことは見えました。おばあさんは、りんごをその籠から取り出したんです。布がかけられていましたが、膨らんでいたので、籠にまだりんごが残っていたのだろうと思いました」
おばあさんの持っていた籠からりんごが出てきた。布がかけられた籠はまだ何かが入っているかのように膨らんでいる。そして、おばあさんの「りんごを全部始末したい」という発言。全部ということ言葉が挿入されているせいで、取り出された一つの他にもりんごが存在すると思い込むのも無理はない。
あくまでも白雪姫の証言から分かる事実は、農婆が「布を被せた籠を持っていた」「その籠からりんごを一つ取りだした」だけ。他は白雪姫の感想や推測でしかない。
「『怖がっているのかい?』……おばあさんは確かにそう言ったんですか?」
「ええ。今思えば、なぜそんな事を聞いたのか、不思議です。しかし、あの時は、小人さんに『王妃がお前の命を狙っている』と言われていたので、特に疑問に思いませんでした」
確かに「怖がっている」という農婆の疑問は、通常はあり得ない。
白雪姫が命を狙われていることを知っているのは、白雪姫自身、小人、そして王妃自身だ。
「トーリ。料理人が証言していたのです。『城内では、王妃様が白雪姫の事を殺したいほど憎んでいる』という噂が流れているです」
キイナが指摘してくる。噂話まで広げると、少し結論が変わってしまう。農婆がその噂を知っていることを否定できないことになる。
それに、タダで貰えることが原因になっている可能性も否定できない。「腐っているから、何か問題があるからタダなのでは」と疑念を感じているのではないかと、農婆が考えた可能性もある。
もっとも、農婆が王妃の変装だと知っている酒挽から見れば、こんなもの、検察が想定しうる言いがかりでしかないのだが。
「おばあさんは、りんごを半分にしたんですよね?」
「はい」
「どうやって半分にしたんですか?」
「わかりません。気が付いたら半分になっていたんです」
「あなたは窓から覗いていたと言いましたが、おばあさんの姿は完全に見えていなかったのではありませんか?」
白雪姫が少し思案するような仕草を見せる。
「言われれば、そうかもしれません。小人さんの家は、玄関そばに開く窓がなく、少し横にありました。窓を全開にすると、無理に入って来るかもしれないので、細めに開いて様子を窺うようにしていました」
窓枠をそっと開いて、その縁に指を掛けて、目の部分までゆっくりと顔をのぞかせて周囲を窺っている様が目に浮かぶ。ホラーか恐怖映画のワンシーン。または廊下の曲がり角で告白シーンを覗き見ている自称「親友」というデバガメという光景が思い浮かんだ。
真面目な話に戻す。
そうなると、視界は完全に確保されていなかったことになる。
真っ赤でておいしそうなりんごは、色合い的にも、食後のデザート的にも否が応にも印象深くなるだろう。
「おばあさんが食べているところははっきり見たんですか?」
「『食べて見せよう』と言ってから、窓の近くまで来ましたから。目の前で食べてくれました」
「そしておいしそうだったから、おばあさんから直接りんごを受け取った、と」
「そうなります……」
白雪姫は少し俯いて答える。
結果的に、りんごを食べたことで意識を失い、小人に迷惑をかけたことになったのだから、その反応も仕方がないだろう。
「で、どうやって、りんごを食べたんですか?」
「どうやって……えっと、手で持って、こう……」
白雪姫はゼスチャーで伝えようとするが、酒挽がそれを遮った。
「質問を変えます。おばあさんから受け取ったりんごの、どの位置を食べたんですか?」
「へりの部分です」
半分に割られたりんごの切断面、皮との境目を一口だけ齧った、というのが、より正確な表現だろう。
「あなたは、百姓のおばあさんを見て、彼女が王妃――つまりあなたの母親だと思わなかったのですか?」
白雪姫は顎に手を当てて、うつ向き気味に目線を落とした。
そしておもむろに顔を上げると、言い切った。
「お母様だとは思いませんでした」




