第53話 検察理論の準用
大分遅くなってしまいましたが、第53話です。
「閑梨、仕事終わります」
そう宣言すると、閑梨はキイナに作ってもらった焼酎の水割りを一気に煽った。
「お前、報告書は?」
矛瀬の問いかけに、
「そんなもの9割方完成しています。そもそもが裁判ですよ? 検察側も弁護側も同じ事件扱っているんですから、片方から話聞けば、基本事足ります。違うのは、お互いの主義主張だけなんですから」
そう言いながら、閑梨は紙を酒挽へと差し出す。
「というわけで、これお願いします」
「これは?」
そこには、白雪姫殺人未遂事件の概要が書かれていた。1枚に1事件。合計3枚。
「事件ごとの弁護側の主張を書いていただきたいんです。先程の説明どおり、検察側からだけの内容で報告を上げると公平性を欠くことになりますから、弁護側の主張も教えていただきたいんです」
「検察側から、我々の主張を聞けば済む話なのでは?」
酒挽の疑問に、閑梨は首を横に振る。
「利益の相反する両者の立場では、相手が伝えた内容を曲解して自分に有利なように解釈してしまう可能性も否定できません。だからこそ、当事者の主張をきちんと当事者から聞くべきなんです」
「なるほど」
キイナ曰く『有罪にするためなら手段を選ばない人』『虚実織り交ぜ、虚を真に偽装することを厭わない人』なのだ。言葉尻を捉えて検察側の都合のいい内容に改変して伝えてもおかしくはない。
「今さらながらですが、この度は申し訳ありませんでした」
閑梨が酒挽に頭を下げてくる。
「え?」
「きちんとした情報開示をせず、こちらが必要とする情報だけを聞き出そうとするという当方の行為は、酒挽さんやキイナさんに不信感を与えて当然のものです。
しかし、信じていただきたいのは、決して弁護側に不利益を被らせようという意図はないという点です。こちらと致しましては、私や矛瀬が検察側と通じているのでは? と、会合の冒頭から疑念を抱かれてしまうのではないか、という危機感があったため、不要な情報としてそちらに開示を行わない方が、より率直な意見を聞き出せるのではないかと言う趣旨でありまして……」
「冗長的な言い訳は、却って嘘を言っているように聞こえます」
酒挽は冷静に言い放った言葉に、閑梨は押し黙る。
「端的に言えば、検察側から情報を入手している事実を隠して、我々から情報を引き出そうとしたわけですよね?」
「……結果的には、そうなります」
閑梨は素直に認めた。
あれだけの長ゼリフの中で事実関係だけを引き抜けば、酒挽の指摘は正しい。なぜならそれ以外は、閑梨らがその行為に及んだ理由を述べているに過ぎないのだから。
そんな理由、酒挽が聞く理由もない。
閑梨の空のグラスが一瞬浮いて、すぐに机へと置かれる。
「お代り、作りますね?」
すかさずキイナがグラスを引き取り、焼酎の水割りを作り始める。何も聞かずに1:4ぐらいの割合で作っているが、受け取った閑梨はそれに「薄い」とも「濃い」とも異を唱えることなく、口元にグラスを運ぶ。
「……酒挽さんは、最初から当方が検察側からの情報を得ていると確信していましたよね?」
「ええ」
「やはり、タイミング、ですか?」
閑梨が矛瀬をちらりと見ながら尋ねる。当の矛瀬はそれに気づかないまま、チビチビと焼酎に口を付けていた。
「そうですね。わざわざ休廷のタイミングでキイナに報告を求めたところから、違和感がありました」
キイナは裁判の進捗について文化庁に一切報告していないと言う。
なのに、文化庁は休廷のタイミングを知っているかのように、キイナへと報告を求めてきた。
ならばどこかで、進捗を把握していると考えるのが普通だ。
閑梨は嘆息する。
「絶対バレると思ったんですよ。だから最初から『検察側からの情報もあるのですが』って正直に言って、協力を仰ぐべきだったんです」
「いや、しかし、転校から1週間経ったという理由付けもできるし、そもそも法廷は弁護側の都合が最優先だって言うし。で、法廷が櫛の事件の審理が終わったから、ちょうどいいタイミングだって……」
「誰がそんな事を言ったんですか?」
矛瀬の発言に、酒挽が間髪いれずに問いかける。
その問いと同時に閑梨の眉間にしわが寄っていた。そのまま額を押さえて、また大きく息を吐き出す。
「……課長。ちゃんと話聞いてました? 酒挽さんは『櫛の事件の審理中』だって言ったんですよ? 終わったという認識は、検察側の言い分です」
矛瀬の動きが固まる。
「全く……本来、本件の報告は、課長がするべきものなんです。書面提出を求められているから、私がその体裁を整えていますが、部長、次長、審議官への報告の際に質疑に応じるのは課長なんですから、ちゃんと話を聞いておいてください」
「……はい」
「全く……キイナさんに相手して貰っているからって浮かれすぎです」
部下は課長に容赦がないようだった。
「お作りしますね?」
打ちひしがれている矛瀬に優しい声をかけて、キイナはまた酒を作る。
閑梨は酒挽に向き直る。
「先程説明したとおり、我々は櫛の事件――弁護側が第三の殺人未遂事件と言っている件について、検察側から『審理は終了した』と報告を受けていましたが、実際はまだ審理中だったのですね?」
「私は、そう認識していますが」
だが終わっている、というのもあながち間違いとも言い切れない。
審理の上では、弁護側の立証、検察側の反対尋問、弁護側の反証というステップは終了している。
だが、証拠品である櫛の確認と、その表面に塗布されていた毒が、小人の家のどこからか検出されるか否かを、弁護側の要請で検察は調べている。
検察の立ち場としては、反証までのステップが終了しているのだから終わったと主張するだろう。確認を依頼している櫛の分析の結果は一旦保留、単に棚上げ状態であり、行われた審理の内容をひっくり返すほどの発見がなされない限り、改めて審理をやる直す必要はない、という考えだ。
一方の弁護側は、証拠の検証が不十分であるため、新たな事実が出てきたものとして審理を行いたいところである。もしかしたら、見えていなかった事実が現れる可能性がある。
「櫛は、弁護側の切り札になりそうなんですか?」
閑梨の問いに、酒挽は少し考えてから答える。
「そうですね。小人の家から指紋のない指の跡が発見されれば、白雪姫を殺そうとした人物の存在を立証できます。そこまで行けば、検察側と同じ理論を使えます」
「検察側と同じ理論、ですか?」
閑梨は首を捻る。
「白雪姫に殺意を持つ者は、王妃以外に出てきていません。
検察は白雪姫について『会場にいた中では、白雪姫以外、王妃に殺意を抱きそうな者はいなかった』から、王妃殺害の犯人と断定しています。
なら、同じ理屈を使えば、白雪姫を殺そうとしたのは、殺意を抱く王妃である、ということになります」
「ああ、なるほど、そういうことですか」
閑梨は納得の表情を浮かべる。
「どういうことです?」
「……いや、キイナ。お前が疑問を持ったらイカンだろう」
思わず突っ込んでから、ため息をついて酒挽は説明をする。
「検察は、白雪姫が『4件の殺人未遂事件を全て王妃によるものだと主張している』と言っている。そしてそれが原因で『王妃に恨みを抱いていた』とも。
つまり、検察側は4件の殺人未遂事件は、白雪姫の思い込みという仮定で裁判を進行している、ということだよ。下手をすると、事件を捏造したとか、でっち上げたと思っているかもしれないな」
活動報告にも書かせていただいておりますが、家が大変なことになっておりまして、更新が不定期になっております。あらかじめご承知おきください。




