第48話 幼馴染とは他人が思うほど単純ではない
「アンニュイな理香さんや」
「何かね、久美子さん」
昼休みも終わり間際の教室。酒挽とキイナとは違うクラスでぼんやりと窓の外を眺めていた理香に、同級生の今井久美子が声をかけてきた。
文芸部の部長で、生徒会主催の部長会議の席では隣同士。そのため、雑多な話から深刻な部の内情まで、割とよく話す間柄だった。
「アンニュイなのは否定しないんだ?」
「君がボクに向けた見た目による評価だからな。否定する理由もない」
「相変わらずドライだねぇ」
ドライ、と言うよりも単に面倒臭いだけなのだが、と理香は思うが、口に出すことはしない。それすら面倒なのだ。
「酒挽君の噂、聞いた?」
酒挽とキイナが付き合っているとかいう話だろうと、理香は推測する。
学生の世間は、兎角、校内という狭い空間で完結させようとする圧が働く。そのせいか、些細な変化があるだけで勝手に噂は流れ、大きくなっていく。
そんな閉鎖空間に美少女の転校という要素が投下される。なぜかこの手の存在は、前の学校との人間関係、特に男女関係は解消されていて当然なのが前提だ。故に、キイナには彼氏などいないことにされる。
そこに酒挽という存在が挿入される。転校初日、挨拶の瞬間に既知の仲である酒挽へと笑顔を見せたとなれば、男女関係で噂になるのは目に見えている。
だから、敢えて別のネタをブッ込んでみる。
「美少女二人を侍らせて登校してきたことか?」
噂になっているかどうかは不明だが。
「……自分を美少女とか言うかね?」
否定されなかった。それはそれで噂になっているらしい。
「これでも演劇部の看板女優を標榜しているからな。それぐらいの自己評価をしても文句は言われまい?」
「まぁ、実際美人だけど、理香は」
釈然としない表情で久美子は言う。
過去の文化祭でも、理香は人気投票でそれなりに上位へと顔を見せている。大半の票が女子生徒から、という点を考慮しても、自己評価は決して過大ではないだろう。
「で、どうなのよ、理香?」
「どう、とは?」
「またまた、しらばっくれちゃって。酒挽君と転校生の話」
「ボクが知っている範囲で結論を言うと、二人は付き合っていないはずだ」
ある意味、キイナに酒挽が付き合わされている、と言った方が正確だろう。そこに理香も巻き込まれているわけだが。
そもそも、校内でキイナが酒挽にまとわりつくのは、理香の指示である。可愛く、スタイルもいい上に、異世界人故に積極的に他人に関わらないように振る舞う様子が奥ゆかしさだと勘違いされている面もある。だから理香は、酒挽という男の影を前面に押し出し、他の男子生徒に余計なちょっかいを出させないように画策した。
つまり、酒挽はキイナのちょうど良い虫除けだったのだ。
「そうなの? じゃあ、理香と付き合っているワケ?」
「そこまでの関係かと言われると明言できかねるな、キイナとは」
「そっちじゃない! 理香と酒挽君よ」
「所謂男女の関係と言うのであれば、ボクと当利は付き合っていない」
「……本当に?」
「生まれてこの方、幼馴染という範疇を超えたことはないな」
そう言いながら、理香は嘘を言っている気分に陥る。
酒挽が理香を部室で責めた時、白雪姫の劇中にあるキスシーンで、本当にキスをしたと主張しかけていた。あの時は他の部員がいたため、寸でのところで『危うくキスしかけた』と言い直したが、間違いなくキスしたのだろう。
酒挽はその原因を「役にのめり込み過ぎて」と言ったが、そんな事はあり得ない、という自覚が理香にはある。
どんなに役が熱くて熱血シーンを演じていても、泣きのシーンでも、役者『平理香』は常に冷静でいたつもりだったし、それが信条でもあった。
にもかかわらず、舞台本番でキスをした。それも、客席からは見えない、フリだけで済むシーンで、だ。
間違いなく、やる気でキスをした。理香自身はそう考える。
なぜそんな事をしたのか。その理由は、童話『白雪姫』の抹消とともに消された思い出の中にある。
酒挽は知っていて、理香が知らない思い出というカードは理香の目の前で伏せられ、理香はそれを捲りたいという好奇心と、捲れないという酒挽への後ろめたさに挟まれている。
圧倒的な情報不足の中で、手を出すことの愚策を、理香はわかっているつもりだ。
だから、今の理香にできることは、解決までの間、時間が過ぎるのを待つことしかない。
「幼馴染っていう関係に胡坐をかいてない、理香は?」
「……随分と辛辣な言われようだな」
理香はフッと余裕で笑って見せたが、実のところ図星を突かれていた。
だが、そんな心情を見せることなく、理香は感情を押し隠すため、鍛え上げた演技力を駆使し始める。
「幼馴染とは他人が思うほど単純ではないのだよ」
「そう?」
「ボクと当利は、同じ病院で同じ日に生まれ、保育器が隣同士だった所から始まっている。以来、進路もやることもほぼ一緒。純粋培養で育まれた幼馴染だと言っても過言ではあるまい」
「いや、明らかに言い過ぎだと思う」
「そんな純粋培養な二人なわけだが、ずっと一緒にいるのが当たり前の関係ではあった」
「無視かよ」
適度なツッコミが入る軽い話っぷりの中で、不自然に半拍程度の間を置く。
その上で、声のトーンを少しだけ落とす。
「時々、夢を見る。大切にしている存在を、突然奪われるという夢だ。幾度も見るその夢に、ボクはいつも自分の流した涙で飛び起きてしまう」
「……それが酒挽君だったと?」
「当利に限らず、様々な物を無くしたよ、夢の中で。人形、ぬいぐるみ、本、自分で作った思い出の品……そして、困ったことにいつもボクは同じ反応で目を覚ましてしまう」
「それって何か問題?」
「とどのつまりボクは、当利を失うのと人形を失うのと同じ喪失感しか抱いていないことになる。ならばそれは、自分が独占していた物を他人に取られるのが嫌なだけという子供っぽい感情に過ぎないのではないだろうか」
「それは……」
久美子は言葉を続けることができなかった。
やらかした、という表情を浮かべて何も言えない久美子に、理香は微笑を湛えて言葉を重ねる。
「……とまぁ、関係性が近過ぎるが故に、いくらでも考え想像し、妄想できる。だが、そんなもの結局不毛な理論でしかない。要は幼馴染が枷になるか鎹になるか。誰にも未来が見通せない以上、考えるだけ無駄なのだよ」
そう言って肩を竦めてみせる。
「だから結果的に、ボクの台本の糧にしかならないのさ」
ウィンクをして見せながら、久美子に明るい声でオチを語った。
「……ったく、驚かせないでよ」
理香の思惑どおり、深刻な話に聞こえたそれを、久美子は作り物、と判断したようだ。
緩い話からスタートして、緊張を強い、最後のオチで聴き手を弛緩させる。この起伏を利用することで、理香が隠したかった違和感は、作り話のような語りで更なる違和感に上書きされてしまう。
さらに理香は、即座にキイナの話に切り替え、自分の話から強引に距離を取る。
「キイナからすれば、転校の不安を抱えた状態で、知り合いの当利に会ったことは、安心要素だ。元より、好印象を抱く異性が相手なのだ。外的要素――例えば、他の男から言い寄られるようなことが頻繁に起これば、当利への依存心がいつしか恋愛感情へと転嫁してもおかしくはない」
「それって……」
「ボクとしては、そんな様を面白おかしく観察対象とさせてもらうが」
「性格悪いな!?」
「二人の仲を、黙って生温かく観るだけだと言うのに、随分な言われようだ」
そう言って、溜息をついて見せた。




