第40話 第三の殺人未遂――小人の証言
「次に、小人の……最年長者に証言を求めます」
白雪姫が証言台から消えた後、酒挽が申し立てると、証言台に一条の光が差し込む。キイナもテールも固唾を飲んで見守る中、消えた光の中から、小人が一人だけ佇んでいた。どうやら、理香の特定方法は、有効だったようだ。
テールが脱力したように椅子に座り、いつものとおり、気だるそうな気配を醸し出しながら頬杖をついた。
「よかったのです」
キイナも胸を撫で下ろしていた。ほんのさわりとはいえ、7回の証言繰り返しは一度経験している。あの二の舞が避けられただけでも恩の字だ。
「えと……では証人、名前は」
裁判長のいつのも質問が始まる。
「小人じゃ」
「証人は、7人の小人の中で『最年長者』として召喚されましたが、相違ありませんか?」
「いかにも、ワシが7人の中で最年長者じゃ。ワシだけを呼び出すとは、お主、見る目があるのう」
そう言いながら、酒挽の方を見てくる。まだ裁判長の定形の質問が終わっていないので、愛想笑いだけを返しておく。
「職業は?」
「鉱石を掘り出しておる」
「所属世界は?」
「童話『白雪姫』じゃな」
「それでは弁護人、尋問を」
裁判長から振られる。酒挽は頷くと、弁護側の席に立ったまま質問を始める。
さっきの「見る目がある」発言を考えると、近づいたら関係のない事までベラベラ喋られそうな気がしたからだ。
「では、小人さん。白雪姫が櫛で倒れていたところを発見した時のことについて証言してください」
「あの時は、前日と同じぐらいの時間だったと思うが、少し日が暮れかけてから家に辿り着いた。
白雪姫がおるはずじゃからと、ドアをノックして帰ったことを告げたが、反応がない。
扉を押し開けば、鍵が開いていて、すんなり開いてしまった。
慌てたワシらが部屋の中に入ると、白雪姫が床に倒れておったんじゃ。
また王妃が来て白雪姫に何かしたに違いないと、白雪姫の体中を調べたら、櫛が髪に引っかかっておったんじゃ。
それを外したら、白雪姫は息を吹き返したんで、何があったか聞いたんじゃ。
そしたら、また物売りの婆が来て、そいつから櫛を買ったと答えた。さらには、そいつに髪を梳いてもらったとも。
だから言ってやったんじゃ。『そいつは王妃が変装した婆に違いない。今度は用心して、決して誰が来ても扉を開けちゃ駄目じゃ』と。他の皆も口々に白雪姫に言ったので、白雪姫は神妙な顔で『分かりました。もう二度と決して開けません』と答えてくれたんじゃよ」
それが、小人の証言だった。
「検察側に一応確認したいんだが……」
「第一審では、異口同音に同じ証言をしていましたよ」
意を汲み取ったテールが即座に返して来る。であれば、他の6人を召喚する理由はない。
「いくつか質問があります」
「なんじゃ? 嘘は言っておらんぞ?」
警戒するのも何となくわかる。他の6人が同じ内容の証言を違う言葉で証言するものだから、何度もテールは確認したことだろう。王子は知らないが。
「家の鍵は、出掛ける時に誰が掛けたんですか?」
「出掛けた時は、白雪姫じゃな。家の中からな。音がしたから間違いない」
「鍵が掛ったかは、確認したんですか?」
「白雪姫が掛けたんじゃ。確認するまでもないじゃろう?」
つまり、音がしたから鍵が掛ったと認識していた、と。
もっとも、白雪姫が小人を騙して鍵を掛けたフリをする理由が見当たらないので、恐らく施錠はきちんとされたのだろう。白雪姫が証言で「約束を破って、鍵を開けて、おばあさんを家に招き入れてしまった」と言っているのだから、鍵は掛っていたと考えて問題ないだろう。
「家に入って、白雪姫はどこにどのように倒れていましたか?」
「家に入ってすぐのところが、皆で食事をする広間になっておるんじゃが、そこの床に倒れておった」
そう言えば、白雪姫が最初に小人の家に入った時、そこに食事の用意がされていた、と言っていた。小人たちは、家に帰ったらすぐに食事ができるようになっていたわけか。
「それで、どのように倒れていたかは?」
「どのように、というと……こう、じゃな」
小人は証言台で床に這いつくばった。匍匐前進しそうな勢いなのだが。
「うつ伏せ、ですね」
「おお、それじゃ」
小人も同意する。多分『うつ伏せ』という単語が出てこなかったのだろう。
「それで、倒れている白雪姫を発見して、髪に刺さっている櫛を抜いたところ、息を吹き返した、と」
「そうじゃ」
「白雪姫は、倒れていた時、息はしていたんですか?」
「ワシは、しておったと思うんじゃが……誰も確認しておらん、という事じゃったな?」
小人がテールに向かって確認する。
「第一審の証言では、やはり『息をしていたと思う』『していなかったと思う』という曖昧な証言だったため、誰がどのように確認したか、具体的な方法を確認したのですが、誰も心音を確認したものや、口元等に耳を当てて呼吸の有無を確認した者はいませんでした」
と、テールが補足する。
「あの、証人……」
裁判長がテールの方をちらりと見た後に、小人に視線を移す。
「証言では、証人の見たまま、感じたままを話して頂くのが前提ですので、検察官に意見を求めるのはどうかと……」
「意見など求めておらんではないか。事実を確認したまでよ」
堂々と言い切るが、その証言の真偽を確認するのがこの場なので、最初から検察側に与する証言をするというのは少し違うはずである。
とはいえ、曖昧な証言は採用することもできず、最終結論として、検察側の『誰も確認していない』が採用されるのは火を見るより明らか。
「特段の問題はないものと弁護側は思います」
「検察側も、問題ないという認識でおります」
双方にそう言われると、というより、裁判巧者のテールにそう言われると、恐らく反論のしようがないだろう。裁判長は「分かりました」と告げると、目線で尋問を続けるよう促してくる。
「確認しますが、白雪姫の髪に刺さっていた櫛を外したら、すぐに白雪姫が意識を取り戻したんですね?」
「そうじゃ。だから、あの櫛には毒が塗ってあったと確信した。そんなもの、捨てるわけにもいかんのでな、誰にも触れられないように厳重に保管しておったんじゃよ」
「それでは、白雪姫の胸ひもの時は……?」
「燃やしたが?」
当然だろう、と言わんばかりの口調だった。
まぁ、現代日本のように、ゴミ収集車が回収に来てくれるとも思えない。焼却炉や暖炉に入れて燃やしてしまったりするのだろう。
「では、今回の櫛は、なぜ燃やさなかったのですか?」
「たわけ! 毒が含まれていると分かっているものを燃やせるか! どんな被害がワシらや周囲に広がるか分からんのだぞ!」
怒られた。
言われてみればそのとおりで、どんな毒かわからない以上、安易に燃やしたりすると拡散する可能性だって捨てられない。
取り敢えず謝罪をして、次の質問に入る。
「櫛は、白雪姫の髪に刺さったままだったんですか?」
「そうじゃな。後ろ髪のところにそのままくっついておった」
白雪姫の証言だと、後頭部の下から始めて、上へと徐々に移動している言いっぷりだった。そして、証拠品の確認では、出来があまりよくない櫛という話だった。
「それは、髪の毛に絡まっていたということでしょうか?」
「いや、それほど抵抗なく取れた」
絡まっているほどではなかったということのようだ。
「櫛が刺さっていたのは、後頭部のどのへんだったんでしょうか?」
「この辺、じゃったと思うが」
小人が指をさしたのは、後頭部の中央部分だった。白雪姫の証言で示された部分より少し低い位置だ。
「検察側は、第一審の時、この位置については……」
「確認済みです。裁判記録にも残っておりますが、裁判長。一応照合を」
テールが言うと、裁判長が「弁護側、よろしいですか?」と確認してきたので、照合をお願いした。
今度は、さっきと違い、探す場所がある程度絞られていたので、それほど待たずに照合ができた。
結果は「第一審の証言と同じ場所」だった。
白雪姫と指し示す位置が違うわけだが、白雪姫の証言では「頭でチクリとした」後「急に呼吸が苦しく」なった。だが、いきなり意識を失ったわけではない。「上手く梳けずに髪が引っ張られたのかと」思えた時間ぐらいの猶予はあったことになる。その間、髪を梳くため、櫛は上から下に動かされていたはずだ。
「櫛が刺さっていた部分ですが、白雪姫に傷痕や腫れたような痕はありませんでしたか?」
「そこまで深くは見ておらんが……白雪姫が意識を取り戻した後、痒がったという素振りは見せておらんぞ」
「頭や体をぶつけて痛がった素振りは?」
「なかったな」
テールの反対尋問や証拠品確認の際に述べたことが、小人の証言で確定した。
床に倒れた際に、どこかをぶつけた痕跡はない。おまけに白雪姫自身にも自覚はない。
これでは、テールが主張した「白雪姫の倒れ方が不自然」という内容を否定することはできない。
さらに、櫛が刺さり、毒が体内に入り込んだ形跡も見つけられない。
つまり、物証が存在しても、それが白雪姫に使われたことがはっきりしないことになる。
少し別の観点から確認する必要がある。酒挽は、話題を変える。
「物売りを王妃の変装だと仰る根拠は何ですか?」
「他におらんじゃろう。あんなに可愛くて器量の良い娘を殺したい者など、王妃以外あり得ん!」
「何故そう思いますか?」
「白雪姫がそう言ったんじゃ! 自分は母親に殺されかけたと。自分の娘をじゃぞ? いくら嫉妬心に駆られているとはいえ、おかしいと思わんか!?」
小人は証言台を拳で叩くほど力説している。だが、どうにも認識に齟齬があるように思う。
「それ、白雪姫からお聞きになったんですか?」
「当たり前じゃろう。それとも何か? お主は白雪姫の言葉を疑うとでも言うつもりか?」
「いや、そうではなくてですね。白雪姫は『母親から命令された狩人に殺されそうになった』と言ったと思うんですが……」
「だから、そう言っておろうが!」
いや、言ってないし。
それよりも確認すべきことがある。
「王妃が嫉妬心に駆られた、というのはどういう意味でしょうか?」
白雪姫は、権力闘争で王妃の不興を買ったような言いっぷりの証言をしている。
一方で、本人の耳にも入っているであろう城に流れている噂『白雪姫が王の寵愛を一身に受けているせいで王妃が嫉妬している』も、料理人が証言した。
嫉妬心、と言われれば、後者を思い浮かべるが、権力闘争で先行する実力者に『嫉妬』という解釈も不可能ではない。
だから、酒挽は敢えて曖昧な質問をしたのだ。
「決まっておろうが! 王妃は白雪姫のあの器量に嫉妬したんじゃ!」
「それは、白雪姫の口から直接、お聞きになったことですか?」
万一、小人が肯定したら、白雪姫は最初の尋問で必要な情報を意図的に証言しなかった可能性が出てくる。王妃が自分に殺意を向けて来るのが、権力闘争以外にあるという事実を。
「……いや。そうは言われておらんのぅ」
だが、小人の答えは否定だった。
酒挽が重ねて確認をする。
「確認しますが、白雪姫からは『母親から命令された狩人に殺されそうになった』以外には、殺される理由について何か言われた記憶はありますか?」
「いや、ない」
「では、白雪姫から、自分が王妃に狙われているのは、所謂権力闘争だとは……」
「何を言っておるんじゃ?」
小人はきょとんとした表情で酒挽を見つめる。
「あの国は、代々男子が王位を継承してきておる。女子である白雪姫がそんなものに巻き込まれる理由なぞ、あるわけなかろうが」




