第26話 言質
第二の白雪姫殺人未遂事件の争点を整理している二人です。
「でも、理香のお陰で、いくつかわかったことがあるのです」
キイナと酒挽、二人での下校途中。キイナは自分が失神したことについて、理香を非難することはなかった。
それどころか『こんなの誰にも気づかないのです』『さすが理香なのです。ちょっと発想がおかしいのですよ』と、賞賛なのか、嫌味なのかよくわからない言葉を連発していた。
ついさっき意識を失ったとは思えないほどの上機嫌さだ。
「体がゾワゾワってしたと思ったら、目の前が暗くなって、それっきり、だったのです」
意識を失った瞬間のことを語るキイナは、その直後、
「……裁判記録にあった、白雪姫の証言と、完全に一致するのです」
トーンを落として呟いた。
「そして、第一審で立証されていない部分が見えたのですよ」
「立証されていない?」
「いないのです。第二の殺人未遂事件は、その事件で殺されかけた白雪姫の証言だけが審理の対象だったのです」
第二の殺人未遂事件は、胸ひもをきつく縛り上げられたことにより、白雪姫が意識を失って倒れていた。
そのうち、客観的事実として存在するのは『白雪姫が意識を失って倒れていた』事実だけだと、キイナは説明する。
「証言だけって……胸ひもって、物証があるだろ?」
胸ひもは現場に残っていたはずだ。
しかし、キイナは首を横に振る。
「胸ひもは、白雪姫を助けるために切断されたため、きつく縛り上げられていた、というのは、白雪姫と小人の証言だけなのです。その上、王妃が殺そうとした道具を持っているわけには行かないと、廃棄されてしまっているのですよ」
白雪姫の証言を裏付ける物証は、すでに捨てられている。
確かに、切ってしまったひもでは、長さは足りず、服の合わせを抑えることもできないだろう。
「検察側は、この件を『白雪姫の証言だけで、信じるに値しない』と断じたのです。その上で『仮にその証言が真実だとしても、被告人が王妃から殺意を抱かれていると思い込むことを証言しているに過ぎない』『小人に王妃の自分に対する殺意をほのめかすことで、同情を買おうとした』と主張して、裁判所もその主張を認めてしまったのです」
誰しも、自分が殺されかけた、という証拠をいつまでも残しているはずもない。
やるなら先に警察に訴えるはずだ。
もっとも、勧善懲悪とか、目には目を的な童話世界に警察なんて制度があるとは思えないが。
「あと……理香のこと、怒らないであげて欲しいのです」
横に並んでいたキイナが、肌が触れるほどの距離まで近づいてきて囁くような小声で訴える。
背の高さがほとんど変わらないため、顔が近い。
その距離感に、酒挽は言葉を発することができなかった。
「私は童話世界の住人なのです。人間が生み出した創作物の一つでしかないのです。実体はあるのですが、生殺与奪はあくまでも創作物の中でしかできないのです」
だから、この世界で殺されても死ぬことはない――キイナはそう言った。
その表情に、何の感情も浮かべず、まっすぐ酒挽を見つめながら、そう言った。
「このことは、理香にも話してあるのです。だから理香は危険性を考慮せずに実験ができたのです。理香が責められるなら、私にもその責任があるのです」
そう言われてしまえば、頑なに理香を非難し続けることもできない。
「ま、本人も『頭を冷やす』って言ってたしな」
「じゃあ、いいのですね?」
「そうだな」
もとより、酒挽にも理香を窘める程度のつもりでしかなかった。
思いの外、理香が引いたので、言い過ぎた感じがしていたのだ。
「言質は頂いたのです」
ニヤリと笑ったキイナの手には『録音中』と表示されたスマホが握られていたのだった。
次回、裁判が再開します。




