第19話 減刑と無罪
2019/11/20 脱字を修正しました。
「そんなことないだろう? 白雪姫は有罪、それも極刑だったんだぞ?」
裁判には原則として『推定無罪』が働く。
被告人とはいえ、有罪判決が確定するまでは、犯罪者として取り扱われないのが原則だ。
逆に言えば、検察側は『推定無罪』を、確定的に有罪にする証拠を取り揃えなければ、被告人を有罪にはできないのだ。
有罪にした検察側が、裁判記録のほとんどを把握していない、なんてことは、あり得ない。
「当利。情報が多いことは正義ではない。いかに有効な情報を効率的に展開できるかが問題なのだ」
「どういうことだ?」
「検察側にとっては、白雪姫を有罪にする情報だけが必要なのだ。それ以外は無用ということになる」
理香の言葉にキイナも頷く。
「だからこそ、テールさんは、こちら側の事実関係の確認を裁判上で行う件について、容認したのだと思うのです……こちらが、前回の裁判記録の何を以って控訴したのかを把握するために」
「控訴した理由なら、読み上げたあの文に書いてあったじゃないか」
控訴趣意書。弁護側が控訴した理由を書いたものだ。
「本件は、被告人白雪姫が王妃を殺害したとして原審で極刑判決を受けたものである。しかし、原判決で、白雪姫が王妃を殺害したと認定した事実そのものに誤認があるため、破棄を免れない。よって、被告人は原判決を不服とし、無罪を主張するため控訴に至ったものである……ですか?」
キイナはメモを見ることなく、さらりと控訴趣意書の内容を暗唱する。
「な……っ」
酒挽は言葉を失う。
間違いなく、さっき自分が読み上げたものと同じだったからだ。それを流暢に、淀みなく、多少早口で一気に。
「なるほど、定型文か」
「そうなのです。こんなもの、コピペなのですよ」
言われてみれば、確かにそのとおりだった。
『被告人白雪姫』と『王妃』を変えれば、どの殺人事件の控訴審でも利用できそうだ。
「さっきは、トーリが何一つ裁判記録を確認していない事実を知られないよう、できるだけ感情を込めずに読み上げてもらったのです」
抑揚の出る部分に、人の感情が読み取れる。自信のある部分、誤魔化したい部分、嘘を言っている部分。それで公共放送のアナウンサー読み指定だったらしい。
「今回の裁判では、目的遂行のためには2通りの方法がある」
理香がベッドからゆっくりと半身を起こす。
手をどこかに当てることなく起き上がるところからは、発声のために鍛えた腹筋を、十二分に活用しているだろうことを見て取れる。
理香は両手を自分の膝の上に乗せると、言葉を続ける。
「1つは、無罪を勝ち取ること」
白雪姫に無罪判決が下れば、問題なく童話『白雪姫』は復活する。
「もう一つは、減刑により極刑を免れること」
極刑にならなければ、童話『白雪姫』は抹消されずに済む。
「ただしその場合、当利とボクの思い出を取り戻すという、ボクたち二人の目的を達成できない可能性を排除できない」
童話裁判において、極刑はその登場人物が物語から抹消されることを示す。
単なる有罪は、有罪部分に関わる物語が改変される。
今回の場合『白雪姫が王妃を殺害した』ということが、裁判の対象になっている。酒挽の記憶にある白雪姫には、そんなシーンは存在しない。
「なるほど……なら、どっちでもいいのか」
視線を床に落として、酒挽が呟く。
だから、理香の肩がピクリと痙攣したことに気づかなかった。
だが、見せた変化は、ほんの一瞬のことで、普段と何一つ声音も表情も変えることなく、理香は言う。
「だが、無罪を勝ち取るに越したことはない。最初から減刑を狙うのと無罪を狙うのでは、戦略が全く異なるのだからな」
「理香の言うとおりなのです。こちらが少しでも『有罪でも刑が軽ければ』なんて思えば、テールさんにその隙を突かれて、あっという間に押し込まれてしまうのですよ」
結果、減刑も叶わず、極刑が確定する。
「第一、向こうは妥協するつもりなどないと思うのです。事実関係の確認をした時ですら、こちらを揺さぶってきたのです」
――ご質問は、白雪姫が王妃を殺害した理由でしたか?
――被告人は、4度王妃から命を狙われたことで恨みを抱いていた。
テールは、全てが裁判記録に残ることを前提で、この2点を肯定意見として記載させようとしていた。
一度認めてしまえば、反論するためにはこちらが立証する必要が出てくる。本来検察側が、殺意を立証しなければならないのに、弁護側が殺意がなかったという、絶対に立証できない、悪魔の証明をしなければならなくなるのだ。
「それに、テールさんは、白雪姫が命を狙われた4つの事件について、一部情報を提示しなかったのです」
「え?」
4つの白雪姫殺人未遂事件。
1つ目は、狩人に森へと連れていかれて、殺されかけた。
2つ目は、胸ひもをきつく縛りあげられて窒息しかけた。
3つ目は、毒の櫛により意識を失った。
4つ目は、毒のリンゴを食べて意識を失った。
酒挽が指折り数えながら説明すると、キイナは首を横に振る。
「違うのです。1つ目の事件の説明でテールさんは『白雪姫が狩人に森へと連れて行かれた』としか説明していないのです。2番目以降の事件では、白雪姫が陥った状況の説明はあっても、実行者には一切言及していないのです」
「あれ? でも、テールは『自分の命を4度も狙った相手』って……」
「正確には『自分の命を4度も狙ったはずの相手』なのです」
「……なるほど。そういうことか」
理香は何かに納得したように、軽く頷きながら呟く。
「どういうことだ?」
「確証が持てたら話す。キイナ、すまないが、裁判記録を読み返して、狩人に証言を求めたかどうか、確認してくれ」
キイナは絶望の表情を浮かべる。
「……あれを読み返さないといけないのですか」
「証言の内容までは不要だ。証言したかどうかだけでいい」
「まぁ、それなら何とか」
暗い表情は晴れなかったが、それでも真っ青だったキイナの顔色に、いくらか色が戻って来た。
「では、キイナ、頼む」
「……了解なのです」
元気なく童話世界への扉を開いたキイナは、自分の世界へと戻って行った。
「さて当利。申し訳ないが君には家で『森の姫君』を熟読して、脇役の誰が、どんな事件に関わっているかを整理して欲しい」
「脇役?」
理香が頷く。
「おそらく主要登場人物クラスの証言は検察側も把握しているはずだ。しかし、脇役クラスの証言には、注意を払っていない可能性がある。何しろ物語の主要な部分を担っていないのだからな。にもかかわらず、裁判記録は、キイナが引くぐらい膨大な量になった。ならば、我々に残された手つかずの証拠は、脇役が担った役割の行間にあると考える」
「なるほど……」
「台本は、家にあるよな?」
「ああ」
「では、また明日。放課後の部室に集合だ」
==========
酒挽を見送り、理香は部屋へと戻って来た。
「さて」
理香は机へと向かう。
置いてあるパソコンを立ち上げ、マウスとキーボードを操作すると、画面には、中世ヨーロッパの情勢が画面に映った。中世の時代考証。酒挽が『白雪姫』は『グリム童話』と言ったことから考えれば、物語を形成する時代背景はその付近だろうと、理香は考えていた。
理香は机の引き出しから『森の姫君』を取り出す。その台本には、周りに赤い文字でびっしりと情報が書き込まれていた。
「魔女狩り、か」
理香は画面を見ながら呟いた。
理香が設定した『森の姫君』の時代背景は17世紀。世界各地に王が支配する国があり、魔女狩りがごく一般的に行われていた時代である。
「都合よく記憶が消えてしまう、か」
現実には不可能と思われる内容。魔法なら可能かもしれない。
だが、事実、その事象は自分自身に起きている。
「……ボクは、果たして、どんな思い出を失っているのだろうな」
その答えは、今の理香には絶対にわからない。
酒挽が勝訴を勝ち取れば答えが出る。
だから、理香は負けるわけにはいかないのだった。
失われた思い出を全て取り戻すために。
時間的制約(上演時間)のあった台本から、そういった制限のない小説になったことで、書き直しの幅が大きくなって、当初考えていたものとは大分乖離しています。
大筋は変えないようにしているつもりですが、何せ登場人物たちが勝手に動くので……。
もしかしたら、明日の更新は難しいかもしれません。




