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第18話 第一審裁判記録

休廷中の作戦会議です。

少し長くなったので分割しました。

そのため、次回も裁判シーンはありません。


「ただいまなのです」


 人間界の方から扉を開けてもらって、酒挽(さかびき)とキイナは理香の部屋に舞い戻る。


「お帰り」


 待ち構えていた理香は、床に敷いてある新聞を指さす。

 童話世界は室内だけではない。靴を履いて向かう必要があった。

 当然、戻って来た理香の部屋に土足のまま入るわけにはいかず、二人は靴を脱いで、新聞紙の上に靴を置いた。

 

「どうだった? 当利の本番役者っぷりは?」


「やっぱりお前か! キイナに変な言葉を吹き込んだのは!?」


「変な言葉とは心外だな。『本番』に強い『役者』だから、『本番役者』。称賛以外のなにものでもないだろう?」


「それ、別の意味になりかねないから!」


「凄かったのです。あのテールさんの誘導をことごとく止めたのは、トーリだからこそ可能だったと思うのです。裁判では一度『事実』と認めてしまえば、それを後から否定したり否認したりするのは大変なことなのですよ」


 証言を覆す。

 裁判記録で全てが残る『童話裁判』では、後から証言を取り消すのは難しい。

 テールが述べた『恨みを抱いていた』という憶測に基づいた発言の撤回ですら、敵対する弁護側の許可を取った上で、裁判記録に『撤回する』という発言が記録されるに過ぎない。記録から物理的に抹消されるわけではないのだ。


「なるほど。ある種、人の発言と同じだな」


 裁判記録の撤回について説明を聞いた理香が、そんな納得の仕方をする。


「どういうことだ?」


「発言は、一度言葉として発し、相手に届いてしまえば、絶対に消すことはできない。それを取り消すためには、言葉を何度も重ね、取り消すに足るだけの十二分な証拠を積み重ね、ようやくその発言を、理論的に『なかったことにする』同意が得られるだけのことなのだ」


 理香の表情に、一瞬だけ僅かに影がさし込んだ。

 だがそれは、酒挽やキイナが気付くほどの変化ではなかった。


「こちらは、検察に比べれば圧倒的に情報量が不足した状態だ。揚げ足を取られたり不用意な同意をすると、必要な情報を入手する以前に、取り消すのに何倍もの労力を投下する必要が出てくる」


 言いながら、理香はベッドに腰掛けた。そして、ポンポンと自分の横を叩く。キイナは叩かれた場所に座る。

 昨晩と同じ体勢。酒挽はイスを引っ張り出して座る。


「それで、どうだったのだ? 揚げ足を取られるような発言はしていないだろうな?」


 理香に促され、裁判の状況を詳細に伝える。


「さすがだな、当利。きちんと相手のセリフを読み取っていた点は褒めてやる」


 理香はニッコリと酒挽に微笑みかけた。


「裁判は、検察側と弁護側が互いに証拠や証人を出して自分の考えを立証し、相手がそれに反証するということを繰り返すのです」


 これは、人間界の裁判と仕組みはほとんど変わらない。


「ただ『童話裁判』では証人に出廷の拒否は認められていないのです」


 裁判所が出廷を命じれば、証人は必ず法廷に登場する。


「裁判所の証言台には召喚魔法が設定されていて、その世界――今回で言えば『白雪姫』の世界にいる者であれば必ず召喚できるのです。既に死んでしまっている場合を除いて」


 つまり、今回の()()()である王妃は、召喚ができないことになる。


「誰でも召喚できるということだろうか?」


「そうなのです」


「ふむ……」


 理香は腕組みをして思案する。


「キイナ」


「何です?」


「君は、第一審には関わっていない、と言ったな?」


 キイナは首肯する。


「すると、裁判がどのように行われたのかは知らないわけか」


「一応、裁判記録は確認したのです。ただ、とてつもなく膨大な量だったので、一通り流し読みしできた程度なのですよ」


「さほど込み入った内容には思えないのだが、王子もそれなりに抵抗したということか」


 王子は第一審で白雪姫の弁護人を務めた。

 記録が膨大になったということは、それだけ裁判が長引いたことを意味する。もしかしたらいい所まで行ったのかもしれない。

 酒挽がそんな想像をしたが、キイナは、


「確かに長引いたのだと思うのですが、記録を見ても、検察側の立証に有効な反論を加えている気配はないのです。むしろ、同じ証言が何度も出てきたので、もしかすると同じ証人に繰り返し証言を求めたのかもしれないのです」


「それって、時間稼ぎをしたってこと?」


 キイナは首を横に振る。


「あのテールさんが、そんなことを容認したり、甘受したりするとは到底思えないのです。被告人である白雪姫を除いて、同じ証人は原則一度しか召喚できないのです」


 ただし、他の人との証言が矛盾していたりすると、再度の召喚は可能らしい。

 召喚の申請は検察か弁護人が行うことができる。が、申請に対して相手は異議を申し立てることが可能だという。

 結果、総合的に判断して裁判長が召喚の要否を決めることになる。

 理香は大きく息を一つ吐いて、体を起こした。


「第一審の裁判記録を確認したいところだが……童話世界のものは、人間界に持ち込みができないのだったな?」


「そうなのです。さすがにあれだけの記録を私は覚えきれないのです」


 キイナはそう言うと、遠い目をして天井を仰ぎ見る。


「ちょうど、あの辺の高さまで積み上がった書類だったのですよ……」


 想像するだに恐ろしい分量である。


「ところで、休廷はいつまでなのだ?」


「基本的に、こちらの都合に合わせてくれるのです」


 曰く、キイナは『白雪姫』裁判だけを扱っているので問題なし。

 検察は、複数の事案を抱えているものの、裁判は、法廷が1つしか存在しないため、物理的に他の裁判に出席することがあり得ない。


「それに『童話世界』の住人は、童話に関することだけをこなしていればいいのです。トーリや理香のように『人間界』での生活が別にあるのとは、事情が違うのです」


「つまり、法廷の都合と当利の予定次第ということか」


 もとより、酒挽には、学校という拘束時間がある。

 童話世界に出向くことができるのは、放課後か、休みの時に限られる。


「とはいえ、あまり間を開けないでいただけると有難いのです……主に私の精神安定のために」


 キイナが遠い目をする。


「ああ見えてテールさんは気が短いのです。顔を会わせるたびに、あの童顔から冷たい視線を向けられて『まだ?』と聞かれるのは、ちょっとしたトラウマなのですよ」


「あ~……」


 確かに審理中は淡々としていた。しかも、あの目力で、本来法廷で最も権威があるはずの裁判長を牽制し、発言を促したり、勝手に休廷を宣言したりと、やりたい放題だった。


「当利、今度その幼女検事をスマホで撮って来てくれないか。どの程度のものか、この目で確かめたい」


「自分で行って直に経験して来い。俺がこっちで待ってりゃ行けるだろ」


「わかってないな、当利は」


「何だと?」


「裁判で直接対峙する者から、突然『写真を撮らせて欲しい』と懇願されるからこそ、万全の冷たい目線を得られるのだ。しかも相手は大人びた幼女だ。きっとその破壊力は想像を絶する」


「理香。テールさんを怒らせると、審理に悪影響なのです。終わるまでは少し自重して欲しいのです」


「まぁ、それもそうだな」


 何の感情も読み取れない平坦な抑揚で、理香が応じる。

 と同時に、上半身を後ろに倒して天井を仰ぎ、腕を持ち上げて自分の目を隠す。


「キイナ。君の感覚でいい。膨大な裁判記録を検察側はどれだけ把握していると思う?」


 口元に手を当てて考えること暫し。


「ほとんど把握していないと思うのです」

なんとか1日1話を更新を維持できれば、と思っています。

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