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第17話 4度の白雪姫殺人未遂

「テール検事」


 裁判長の呼び掛けに、テールは目線だけ動かして応じる。


「現在は第一審における事実関係の確認段階です。弁護人に反論を求めることは適切ではありません」


「失礼。言葉が過ぎました。仰るとおり、弁護人からの『確認事項』についてのみ、応じるように致します」


 テールの発言に満足したのか、裁判長は深く頷いた。


「では概略だけの説明を。詳細は、被告人を証人として召喚した際に行うということでよろしいですか?」


「問題ないのです」


 酒挽(さかびき)に入り込む余地を与えず、キイナが答えてしまう。


「あまり深入りすると、直接証人に聞きたいことも、テールさんが答えてしまいかねないのです。下手をすれば、先入観を植えつけられてしまうのですよ」


 そうなってしまえば、後は検察側の掌で踊るだけになってしまう、と、キイナは酒挽だけに聞こえる小さな声で呟いた。

 確かに可能性はある。

 検察側は第一審と第二審で、人の交代はない。しかも、第二審が行われるのは有罪判決が下った場合に限られている。

 対して弁護側は、弁護保佐人が選任した弁護人に半ば強制的に交代させられる。検察官が変わらない以上、第一審で負けた弁護人をもう一度選任するリスクが高すぎるのだから。

 事件と第一審の審理内容を熟知した検事が第二審に臨むのに対し、被告人弁護側は第二審で初めて事件に関わる。

 検事が言葉巧みに弁護側を誘導することも不可能ではないだろう。


「弁護保佐人の懸念を払拭すべく、客観的事実だけを、正確にご説明いたしましょう」


 テールはそう言うと、机の上でゴソゴソと書類を探る。さっきまで何一つ見ないで話をしていたのとは大きな違いだ。

 赤い表紙の本をめくっているようだった。そう言えば、監獄で見た時に小脇に大事そうに抱えていたものも、赤い表紙だった。どうやらそこに、裁判の資料を綴っているらしい。

 テールは、書類に目線を落として話を始める。


「一度目は、白雪姫が狩人に森へと連れて行かれた時です」


 有名なエピソードだ。

 王妃の命令により狩人は白雪姫を殺そうとしたが、命乞いをした白雪姫を憐れみ、結局見逃した。そして白雪姫は、森の奥へと逃げていき、七人の小人の家にたどり着くことになる。

 テールは顔を上げて説明を続ける。


「二度目は、白雪姫が着用する服の胸ひもが、窒息してしまうほど、きつく縛りあげられていた時です」


「胸ひも?」


「白雪姫が当時着用していた衣服は、上半身の前方を紐で締めるタイプのものでした。腹部から胸にかけて紐をクロスさせ、胸の部分で結ぶ形です。弁護人には靴ひものような形、と言えば理解できるでしょうか」


 何となく理解できた。スニーカーの縛り方を思い浮かべればいいらしい。


「三度目は、毒が塗布された櫛により意識不明となった時です」


「櫛?」


「髪を梳いて髪型を整えたり、髪を飾ったりする道具のことですが?」


「いや、櫛の意味を聞いたわけじゃなく……」


「トーリ、毒のことなら、証拠を検証する時に聞いた方がいいと思うのです」


 そう言いながら酒挽の手元にメモを滑らせてくる。

 そこには『現物を確認するべき』と書いてあった。


「そうだな。済まなかった。先を続けてくれ」


「では……」


 再びテールは、机上の書類に目線を落とす。


「四度目は、白雪姫がリンゴにより意識を無くした時です」


 ここが『白雪姫』の一つの山場だろう。百姓に化けた王妃が、白雪姫を毒リンゴで殺害しようとする場面。

 この後、通りかかった王子が白雪姫とキスをして、目を覚ました白雪姫と王子は結ばれて――物語は終わるはずだ。


「被告人は、これら4件を全て王妃によるものだと主張しております。つまり、被告人は、4度王妃から命を狙われたことで恨みを抱いていた。動機としては十分でしょう?」


 ――主張?

 酒挽は思わず聞き返しそうになったのを堪えた。

 テールは淡々と白雪姫の身に降りかかった事件の内容だけを説明し、最後にそれが『白雪姫の主張』だと言い放った。

 恐らくそれは事実であろう。

 だが、本当の問題はその後に続いた言葉だ。


「異議あり」


 酒挽は手を上げて、そう告げた。


「事実関係の確認の中で、異議が生まれる余地はないと思いますが?」


 しれっとテールは主張する。


「白雪姫が王妃に恨みを抱いていた、というのは、検察の憶測に過ぎないことだろう。前提が『事実確認』である以上、憶測は全て排除されるべきだ」


 一瞬の静寂の後、フッとテールは冷笑を浮かべる。


「さすがキイナさんが選任した弁護人。過ぎた発言であることを認めます……裁判長。『白雪姫が王妃に恨みを抱いていた』という趣旨の発言は撤回します。


「弁護人、よろしいですか?」


 裁判長が尋ねてくる。


「法廷で一度なされた発言は、裁判記録に残り、永遠に削除されることはないのです。検察側には今後、慎重に発言をして欲しいという、弁護側の補足意見を述べさせていただいた上で、撤回に応じるのです」


「ご随意に」


 恭しく頭を下げるテールの態度は、芝居がかっていて、まるでここまでは予定どおりだと言わんばかりのものに見えた。

 その証拠に、


「では、裁判長。事実確認が終了したので、一旦休廷にしていただけますか? 私自身、度重なる『言葉の行き過ぎ』を指摘され、少々頭を冷やしたいものですから」


 そう言い残すと、テールは、裁判長の言葉も待たず、席を立つ。


「そ、それでは一旦休廷とします!」


 木槌を叩いた裁判長が宣言した時には、テールは法廷から出てしまった後の事だった。

こうやって考えると、よく生きていたものです、白雪姫は。

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