第12話 国家権力
ようやく、対裁判の戦略を練るところまでたどり着きました。
昼に至るにつれ、酒挽には、嫌な予感だけが募っていった。
1限目終了直後、教室の最後列に突然運び込まれた空き机。
日直が職員室で見かけた美少女の噂話。
その予感は、夕方のホームルームで的中する。登場した日本史教師の担任に伴われて。
「突然のことだが、転校生を紹介する」
1学期の期末テストが終わり、夏休み直前という極めて中途半端な時期。ただの人間に興味を抱かない団長殿ならレアな存在として真っ先に捕獲を試みる大事件だ。なんたって、登場したのは、真正の異世界人なのだから。
「あの……私、希伊奈。あ、宇佐希伊奈です。不束ものですが、よろしくお願いしますです」
酒挽が軽く目眩を起こしたのも、仕方のないことだろう。
銀髪ではなく黒髪、ウサ耳はないものの、顔は明らかにキイナのそれだった。
他人の空似、という一縷の望みに賭けたかった酒挽だったが、
「酒挽と知り合いなんだってな」
という担任の言葉に、その希望は潰えた。
その上、
「へへっ」
満面の笑みを浮かべながら、キイナは教室の真ん中付近にいる酒挽に手を振ってきた。
この瞬間、彼はクラスメイト男子の大半を敵に回す羽目になった。
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「やはり、か」
キイナが転校したことを知っても、理香の反応は淡泊だった。
「わかってたのかよ?」
「可能性は否定できないと思っていた」
放課後の演劇部室。全員揃っていた部員も今はいない。残っているのは酒挽と理香、キイナの3人だけだ。
酒挽が人間に変装したキイナを部室に連れて来ても、理香は動じることがないばかりか、機転を利かせて「ランニングして来い」と部長権限を使い部員を追い払ったのだ。
「可能性?」
「キイナがボクの事を探し当てたのは、文化庁が暗躍していた結果だったと言っただろう?」
それはキイナも認めた事実。
そして、文化庁は文部科学省の外局。学校は文部科学省の管轄下にある。
「学校に絶大な権力を行使できるところが絡んでいるんだ。転校に必要な書類が一切存在しないキイナを強引に転入させることなど、国家権力でどうとでもなるだろう」
むしろ、国家権力でなければ、不可能な話だ。
「ホントに理香は、何でもお見通しなのですね」
キイナは感心したような声を上げる。
彼女の外見は変装の結果だ。黒髪のカツラを被り、ウサ耳を隠している。他の銀髪は、黒く染めているとキイナは説明した。
ちなみに「宇佐」の名字は、文化庁でキイナの対応をしてくれている役人が便宜上付けてくれたものだという。漢字も適当に当てはめたらしい。
「ウサギだから『宇佐希伊奈』とは、なんとも安直だ」
というのは、理香の述べた感想だった。
「時間があまりないのでできるだけお二人の傍にいたいとお願いしたから、学校に通わせていただけるようになったのです」
「ほほう。どうやってお願いしたのだ?」
理香のあやしげな笑みを酒挽は見過ごさなかった。
「一体何を期待している!?」
「考えてもみろ。異世界人とはいえ、キイナはどう見ても人類に危害を加えそうなタイプではない。なのに大の大人ども、それも官僚という堅物どもが言いなりになっているのだぞ? 後学のため、どのような萌え要素満載で『お・ね・が・い』したのか、興味を持つなという方が無理だろう」
「あ、えっとですね……」
「答えるの!?」
「別に、一緒にお酒を飲むということで快諾いただいたのですよ」
「って! 未成年でしょ!?」
さすがに飲酒はまずいだろう。
「生まれてから、という意味では、そろそろ3桁になると思うのです」
……そうだ、この人は『童話世界』の人間だった、と酒挽は思い知る。
「ウサギなので設定上何歳か、まではわからないのです」
ちなみに、白雪姫は設定上8歳、実年齢は二百歳程度らしい。そりゃ若いわけだ、と実物に会った酒挽は思わず納得する。
「さて、閑話休題だ。件の『白雪姫』について少し話すとしよう。当利、君が知っている『白雪姫』は、ボクの書いた『森の姫君』と全く同じ内容、ということで間違いないだろうか?」
「ああ。俺の知る限りでは基本、同じ内容だ」
「つまり、王妃が死ぬシーンは描かれていなかった、と?」
酒挽は首肯する。
「そもそも、王妃は途中から出てこなくなったような気がする。『白雪姫と王子様は結婚して、幸せに暮らしました。めでたしめでたし』で終わり。その結婚式の時には、もう登場していなかったんじゃないかな」
「ボクは王妃が、当然自分だという答えが返って来ると信じて疑わないまま『鏡よ鏡、世界で一番美しい女はだぁれ?』と尋ねたのに、別人を答えられて混乱した、というように描いた」
白雪姫と王子の結婚のシーンにも出てこない。
「キイナ、今回白雪姫が裁判にかけられたのは、王子との結婚式の会場で、王妃を殺害したことが原因ってことだったよな?」
酒挽が、昨日キイナから聞いた起訴内容を確認する。
「はい。ですが、白雪姫自身は直接手を下したのではなく、実行犯に命じて、王妃に真っ赤に熱した靴を無理やり履かせ、死ぬまで踊らせた、というのが、起訴理由なのです」
「つまり裁判では、白雪姫に、王妃を殺害する動機があったと、認定されたわけだ」
理香が腕組みをして思考をめぐらせようとしたところに、部員がランニングから戻ってきた。
理香は「後で話を詰めよう」と言ってすぐに切り替え、部員に『森の姫君』の台本を出すように指示する。
「さて、本読みをする。いいか? 表に出てきたセリフを鵜呑みにせず、背景を考えてながら読むことを忘れるなよ」
座ったままで台本を読む。
話の流れを大まかに掴み、キャストが登場人物をお互いどのように解釈したのかをすり合わせるだけのもの。
傍から見ていればおそらく退屈な作業。
だが、キイナは演劇部を見学に来た転校生として、大人しく部室で活動の様子を眺めていた。
そして、酒挽と理香にとっては、有罪判決をひっくり返すポイントを探す時間となった。




