第9話 童話世界
ようやく童話世界にたどり着きます。
【訂正等】
2020/05/09 キイナのセリフ中の「当利」を「トーリ」に訂正
「悔しい?」
そこまで理香の思い入れが強いとは、酒挽には意外だった。
「ボクが『白雪姫』を忘れたせいで、当利との思い出が一つ欠けてしまっているのだろう?」
酒挽と理香の思い出。酒挽が理香と一緒に中学で立った舞台の一つ。
「惨めなものだ。思い出であるはずなのに、どうやっても思い出せないのだからな」
そう言われてしまっては、酒挽も言葉を続けることができない。
「話が少し逸れたな。ボクが悔しいのは、自分の思い出を取り戻したいだけなのに、自分で手を出せないことにある」
理香が唇を噛む。
「いいんじゃないか?」
酒挽の言葉に、理香は怪訝な顔で、見つめてくる。
「理香だけの思い出じゃないだろ? 俺との思い出だ。赤の他人に運命を委ねるより、随分とましじゃないか」
しばらく酒挽をじっと見つめていた理香だったが、すぐに薄らと笑みを浮かべて呟く。
「随分と芝居かかったセリフを吐くじゃないか」
「……え、そう、かな?」
無自覚だった。一瞬、沈み込んだように見えた理香を、何とか元気づけようと思った酒挽の口をついて出てきた言葉だった。冷静に考えれば、雰囲気に呑まれていたことに気がつく。
「まぁいい」
理香が見せた満面の笑みが怖かった。だが、それもキイナの言葉ですぐに消えた。
「じゃあ、トーリは弁護人を引き受けてくれるのですか?」
理香もキイナの表情も引き締まったものへと変わる。
「ああ」
酒挽が応じると、キイナは胸に手を当てて、フゥと息を吐いた。
「良かったのです。断られたらどうしようかと思ったのです」
「すまないな。ボクには当利に頼るしか術はないのだ」
思い出を、二人の間に生まれた思い出のギャップを取り戻すためにできる唯一の手段。
酒挽自身も断るわけにはいかなかった。
理香とずっと一緒に培ってきた大切な思い出を、自分だけしか覚えていないのはあまりにも寂しすぎる。
「さて、時間も時間だ。キイナ」
すぐに真面目な表情に戻った理香が、キイナを促す。
「『童話世界』を見せれば良いですね?」
理香の求めを的確に捉えたキイナはスッと立ち上がると、扉の前に立った。そして、酒挽に向かって手を伸ばす。
手を繋げ、ということらしい。
酒挽は素直に応じて、キイナの手を取る。
「では、行ってきますなのです」
キイナは理香に声をかけて、扉を押し開け、酒挽を引っ張る。
「ああ、行ってらっしゃい」
理香の声が聞こえ、酒挽は振り向いた。だが、今通過したはずの扉は、もう消えてしまっていた。
「……」
周囲も一変している。さっきまで理香の部屋にいたはずなのに、今は地面に立っていた。それも近所の住宅街なんかではない。足元を確認すると、理香の家で履いたスリッパのままだ。
目の前には高くそびえる西洋風の城。世界史の教科書に載っているような歴史ある外観ではなく、真新しく、色のくすんでいない白の城壁と、青いとんがり屋根。
おそらく『白雪姫』を舞台にしたらこんな城を背景に描くのだろうという程、現実味のない建造物。むしろ「テーマパークです」と言われた方がよっぽど納得できる。
いろいろな方向に視界を向けて現状を確認しようとしているのを愉快そうに見ていたキイナが、宣言するように言った。
「ようこそ、童話世界へ!」
そして手を引いて、目の前の城に真っ直ぐ入ろうとする。
「え? 城に入れるの?」
キイナは酒挽の手を引いて、目の前の城に真っ直ぐ入ろうとした。
この手の建物は、入口に兵士がいて、不審者の侵入を許そうとしないのが一般的なはずだ。だが酒挽は、この『童話世界』からすれば異邦人。簡単に入ることはできないだろう。
だが、不思議そうなものを見る様な顔で、キイナは酒挽の方を振り向いた。
「城?」
と聞き返してくる。
「だって、城だろ?」
酒挽は、正面にそびえ立つ建物を指さす。
他に何に見えるかと聞かれても思いつきようがない。それぐらいその建物は城だった。
だが、キイナは首を横に振って返答する。
「ここは監獄なのです。『童話裁判』の被告人が収監されている場所なのですよ」
「……監獄?」
「はいなのです。トーリには、『童話世界』に来た証拠として、白雪姫と会ってもらうのです」




