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セーラー服の魔法使い  作者: 雨音静香
第八章 幼女と魔法修業
208/812

208 幼女、演じ終える

 コツコツとステージを歩きまわる音がピタリと止まると、腰を曲げた月奈の前には、不思議そうにその姿を見る穂乃香が立っていた。

「美しいお嬢さん、これはあんたに贈り物だよ」

 右手の平を上にして、林檎を差し出す素振りを見せる月奈に、穂乃香は首を傾げる。

「私に?」

「とてもおいしいから、食べてみなさい」

 ニヤリと笑みを浮かべて、月奈は手に持った林檎を差し出す演技をみせた。

 穂乃香は躊躇いながらも林檎を受け取ってしまう。

「ほら、美味しいよ。リンゴはあんたの好物だろ?」

 月奈は言いながら左腕に掛けた架空の籠から林檎をもう一つ取り出してかじってみせた。

 それから、他人の悪い笑みを浮かべる。

「毒なんてはいっていないよ、安心おし」

 老婆の月奈にそう言われた穂乃香の白雪姫は、コクリと喉を鳴らした。

「おいしそう」

 そう呟きながら、穂乃香の白雪姫は林檎を齧る。

 瞬間、月奈の演じる老婆の笑みが深くなり、穂乃香の演じる白雪姫は体を大きく揺らして膝をつくと、そのままステージの上で倒れ込んだ。

「ふふふふ、あはははは」

 先ほど、狩人に命を下したシーンでお后様役の奈菜が演じた笑い方を月奈は完全に再現してみせる。

 その迫力は、倒れたままピクリとも動かない穂乃香に、不安を抱かせるほどだった。


「白雪姫ー」

「ううー」

 みどりと月奈が泣いて縋るのは、先ほどの椅子で作った簡易ベッドに横たわる穂乃香だ。

 四人以外は見本の劇には参加していないので、奈菜が王子役を務める今、小人役は必然的にみどりと月奈の二人となる。

 悲しみの演技をしつつ、みどりと月奈は順番に、小人たちのセリフを処理していた。

「目を覚まして、白雪姫」

「もう……お別れを言わねば……」

「し、白雪姫は寝てるだけだ……」

「もう何日も目を覚まさないし、白雪姫は……」

「い、言わないで、言わないでー」

 みどりと月奈が、二人で用意されたセリフを言い切ったところで、舞台袖から奈菜が姿を現す。

「そこの小人たち、どうかしたのか?」

 凛々しい顔で登場した奈菜は、気持ち普段よりも背筋を伸ばし、みどりと奈菜をかき分けるようにして、目を閉ざし横たわったままの穂乃香を見た。

「おお、なんと美しい姫だ……まるで眠っているようじゃないか……」

 奈菜の言葉に、みどりが首を振る。

「し、白雪姫は、毒のリンゴを食べて……」

「寝ているならどれほどよかったか……」

 みどりと月奈のセリフに、奈菜は熱っぽい視線を穂乃香に向けたままで「この姫は、白雪姫というのか……」と、都合の悪い事だけが聞こえていないかのように言葉を零した。


「この美しい姫を私に譲ってはくれませんか? 代わりにあなた達の欲しいものを差し上げましょう」

 しばらく穂乃香を見つめていた奈菜は、熱っぽい顔でそう小人であるみどりと月奈に提案した。

「いいえ。たとえ世界中の全ての金貨を貰っても、白雪姫を渡すことはできません」

 月奈は強い意志の籠った目で奈菜を見返しながら言い切る。

 それに気圧されたような反応を見せてから、奈菜は首を左右に振った。

「確かに、どんなお金や宝物をもってしても白雪姫に替えることができない」

 悲しそうに目を細めて奈菜は、ため息をつきながら視線を穂乃香に向ける。

「……だが、私はこの白雪姫を私は愛してしまった。命ある限り、白雪姫を大切にすると誓う。だから、どうか、この私の願いを聞いてはくれないだろうか?」

 奈菜の訴えに、今度はみどりが首を振った。

「白雪姫が生きていたならば……ですが……」

 意図的に言葉を抜いて作られたセリフだが、みどりは彩花やアリサとの練習で、王子に同情し、悲しそうにする小人の演技を見ている。

 セリフを理解したというよりは、二人の演技を真似た形だが、しかし、セリフの根本にある王子への同情は察しているみどりの言い回しは実に的確にハマった。

 話の筋もセリフも把握している、あかねと副担任までが息を飲む。

 その緊張に満ちた数秒間は、ふぅと長い息を吐き出した王子を務める奈菜の行動で終わりを迎えた。


「……わかった。お前達の言う通りだ。諦めよう」

 奈菜はみどりから視線を外し、穂乃香へと向き直る。

 それから、ゆっくりと奈菜は手を伸ばして、穂乃香の前髪をかき分けた。

「だが……生まれて初めて恋をした白雪姫に、どうか別れのキスをさせて欲しい」

 目を閉ざしたままの穂乃香を見つめ言う奈菜にだけ、月奈はほんの僅か嫌そうな顔を見せる。

 それから、綺麗に取り繕ってから「白雪姫も許してくれるでしょう」とものすごく嫌そうに言い捨てた。

 奈菜はそんな月奈に向かって、小さく胸を反らす。

 熾烈なジャンケン対決で月奈から王子役を勝ち取った奈菜は、穂乃香の前髪が除けられたおでこに躊躇いなく自らの唇を押し当てた。

 そうして、奈菜が顔を離した直後、穂乃香がゆっくりと目を開く。

 直後、みどりと月奈がタイミングよく歓声を上げた。

 更にさりげない動きで、奈菜を穂乃香から遠ざけるように、月奈は二人の間に入り込む。

「ちょ……」

 奈菜が抗議の声を上げるより早く、更に大きめの声で「やった、白雪姫が目を覚ました!」と全力で月奈はセリフを被せた。

 こうして、最後にバチバチと奈菜と月奈が穂乃香を取り合って火花を散らしたが、お手本の上演は無事、拍手をもって幕を迎える。

 本番まであと二週間、あかねの戦いはようやくスタート地点に到達したばかりだった。

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