169 幼女、騒がせる
「ヤバイヤバイヤバイヤバイ」
「なに、なんなのあの子!」
「うわあああああ」
穂乃香に取り残された格好になった千穂とクルミは、黄色い声を上げていた少女たちの反応の変化に、無意識に身構える。
たった今、穂乃香の見せた立ち居振る舞いは、見る者全てが言葉を失ってしまう程圧倒的であった。
しかし、その威風が強すぎると、逆に反発の芽を生んでしまうことも、天才的感覚を持つ千穂と芸能界での経験が豊富なクルミは知っている。
それゆえに、わずかに身構えた二人は、ギャラリーの少女たちが見せた変化の先を耳にした。
「ちょーーー可愛いんですけど!!!」
「ヤバッやばいくらい可愛いのに、カッコイイ!!!」
「ツボったかも……」
「ご、ごめんね、凛華さん、菊乃さん、私、フローラちゃん推しみたい……」
目の前の喜色だけの光景に、千穂は思わず「だよね、だよね!」と同調し、クルミは慌ててそれを止める。
「待って、まだ、撮影あるし! 落ち着け、千穂!!!」
絶叫に近い訴えでクルミは千穂を羽交い絞めにしたのに、逆に体重差で引き摺られてしまった。
「あーーー、もう、茉莉、彩花!!」
穂乃香が移動した先、撮影現場に向けてクルミが救援を求める。
一方、ギャラリーに同調した千穂は、ぐいぐいとギャラリーとの距離を詰めていった。
「もうね、穂乃香ちゃん……あー、あの精霊の姫役の子ね、めっちゃくちゃすごいんだよ!」
「だから! まだ撮影がっ!!」
普段の余裕など消え去ってしまったクルミは、必死に千穂を引き留める。
「くぅ……あ、アリサーーーー!!!」
無意識に助けを求めるのを拒否していたアリサに、ずるずる引きずられながら、クルミは助けを求めた。
すると、タイミングを見計らったように姿を見せたアリサが「ハイデスネーー!」と声を張り上げると、クルミの横で千穂の腰に腕を回して引き留める。
「…………ありがと……」
横にいるアリサがやっと聞き取れるほどの小声で礼を口にしたクルミは、直後、大きめの声を発してその余韻を打ち消した。
「てか、何で二人掛かりで止まんないのよ!」
「恐ろしいホドの、穂乃香ラブ、デスネー」
クルミの言葉に、アリサもやや呆れ顔で力を籠めるが、状況は一進一退の拮抗状態である。
「静まれ、千穂」
結局、ギャラリーに紛れ込んで穂乃香談議に花を咲かせようと暴走していた千穂を止めたのは、容赦のない茉莉の脳天チョップだった。
「あんたねぇ、いい加減に暴走するのやめないと、穂乃香ちゃんに心の底から引かれるわよ」
「そっそれは困るよっ! 茉莉ちゃん!!」
茉莉のお叱りに、顔を真っ青にした千穂が涙目で縋りつく。
対して、茉莉は右腕をピンと伸ばして、にじり寄らんとする千穂の頭を「私に言ってもしょうがないでしょ!」と言いながら押し返しつつ、冷たい目を向けた。
「冷静に考えなさいよ? あの責任感の強い穂乃香ちゃんが、自分が関わることで暴走する変人がいたとしたら、暴走させないために近づかないって選択肢を選んでもおかしくないでしょう?」
「…………」
茉莉の指摘に、目を丸くして千穂が動きを止める。
そこへ、いつもの澄ました顔の彩花がズバリと切り込んだ。
「穂乃香ちゃんの場合、暴走ぐらいで千穂を嫌ったりはしないでしょうけど……嫌わないからと言って、距離を置かないってことはないと、私も思いますわ……いえ、ある意味では嫌いにならないために距離を置く方が自然かもしれません」
言いながら彩花の口元が微妙に笑みを作っては、平静を装うように元のすまし顔に戻るのを繰り返している。
その様子に気付いた穂乃香以外の茉莉、アリサ、クルミは、無意識にあるいは意識的に彩花から視線を逸らした。
一方、顔色を青を越えて白に変えた千穂は震える体で、茉莉に再び縋りつく。
「どうしよ、茉莉ちゃん、どうしたらいいの、私はどうしたら、穂乃香ちゃんと離れないで済むの!?」
必死な千穂に対する茉莉の答えは酷く端的だった。
「暴走抑えなさいよ」
そう言われて千穂が周りを見渡せば、アリサもクルミも大きく首を上下させて頷いている。
彩花だけが、ニマニマとしながら、千穂を見ていた。
「え……と……」
何か違う意見がありそうな彩花に視線を向けた千穂だったが、問いかける言葉が出てこない。
だが、そんな千穂に対して、彩花は心得たように自ら話し出した。
「抑えろって言われても、つい、だからどうしようもないのよね?」
「う、うん」
すがるような目を向けて頷く千穂に、しかし、彩花は非情である。
「じゃあ、諦めなきゃダメかも……」
想像もしなかった救いのない一言に、千穂は「ぎゃっ」と悲鳴を上げた。
「ちょっと、彩花!」
「彩……このタイミングでドS出すなよ」
茉莉とクルミに、彩花は口元を隠すとそそと、千穂から離れていく。
「相変わらず、怖い人だなぁ」
アリサが誰にも聞こえない程の声で呟いたところで、茉莉が大きなため息をついた。
「はぁ~~~~」
それから再び、今度は優しい手つきで千穂の頭にチョップを落とす。
「……まつりちゃん……」
チョップを落とされた頭を抑えながら、千穂は茉莉を見つめた。




