158 幼女、補足される
当初、ゆかりは余裕を持っていた。
というのも、穂乃香が茉莉との電話の果てにたどり着いた光学迷彩は、ゆかりをリーダーとする護衛隊にとって頭の痛い課題であったが、科学班の活躍によって、一つの解決策を見出しすでに実装しているのである。
それが、穂乃香の髪留めに仕込まれた超小型発信機であった。
これまでに前例のない『魔法』という穂乃香固有の能力に対して、気付いていないふりをしつつ、フォローするために、ゆかりたちはありとあらゆる手段を検討し、科学を主軸に据えることに落ち着く。
そう結論したのは特殊班の扱う霊能や超能力と言った超常分野の能力では、穂乃香に悟られる可能性が高いためであった。
何しろ、朧気ながら観測されていた撮影スタジオの澱んだ空気、霊的に言えば陰気の塊、超能力で言えばマイナス的力場、扱いどころか観測そのものが難しいそれを、関与した直後に穂乃香は簡単に消滅させてしまったと推測されている。
それはつまり、およそ超常の分野では突出して穂乃香の能力の方が高いと言わざるを得ないということだった。
対して、機器を使いこなしてはいるものの、アプリの改造や制作、ネットワークの介入などは行っていない点から、情報技術分野の能力は超常的能力よりは低いと推測され、確実ではないものの、その判断に従って、科学技術をベースに対策を立てる方向で結論したのである。
その結果が、穂乃香の髪留めであり、周囲の音を拾うマイク機能と位置を定期的に送信する発信機の機能が付与されていた。
穂乃香が実験で光学迷彩を使用し、ロケ車を抜け出した際も、その後の移動も問題なく穂乃香の所在を伝えるそれは、科学班の生みだしたまさに傑作である。
そして、その性能の高さがゆかりに油断を生んだのだ。
穂乃香が光学迷彩でロケ車を離れようとしたタイミングで、その車両に近づく人影があった。
普段であれば、警戒程度で済ます学園の生徒らしき学生服姿の少年に、穂乃香護衛隊の視線が集まる。
髪留め越しに聞こえてくるアーマードファイターになりきっている穂乃香のセリフに、光学迷彩の実験開始が近いことを誰もが察していた。
その少年がどういう目的でロケ車に近づいているかはわからないが、護衛隊一同が警戒を示すのは当然の状況下である。
その中で、穂乃香は動き出した。
モニターや陰に潜むメンバーの視界には、勝手にドアが開いて閉じただけの光景は、光学迷彩が使われているとわかっていても、穂乃香の動きを追えないほど完璧な同化である。
唯一、穂乃香の髪留めの発信電波を拾い地図上でモニタリングしているスタッフだけが、穂乃香の動きを感知できるほどの完璧な迷彩は、全員の意識を少年に向けさせるには十分な土台となった。
「前方の少年に接触する」
短く、衿元のマイクに向かってそう告げると、ヌルっとまるで陰から浮かび上がるようにして姿を見せたメイド服姿のゆかりが、颯爽と少年に向かって歩き出す。
そうして、ゆかりが少年に接触するタイミングで、穂乃香の移動をモニタリングしていたスタッフが護衛隊専用帯域の通信で報告を上げた。
『穂乃香お嬢様が西棟一階で移動を停止しました』
「ねぇ、君」
ゆかりは静かな口調で少年に声を掛ける。
が、目の前の車で起きた少し不思議な出来事に気を取られていた少年は、飛び上がるほど驚いて振り返った。
「ひやあああああ」
目を丸くして怯えた表情を浮かべながら、いつの間にか背後に現れたメイド服のゆかりに少年は視線を向ける。
そして、その美しさの影にどこか恐怖を抱かせる存在感を纏ったメイドの姿に、息を呑むとそのまま静止し 固まってしまった。
一方ゆかりは、少年の反応には特に興味を示さず淡々と言の言葉を口にしていく。
「あの車に何か用だったの?」
そう尋ねられた少年はゆかりにじっと見据えられ、言葉もなく金魚のように口をぱくつかせた。
答えたくても言葉の出ない様子の少年に、ゆかりは首を傾げる。
何しろ、少年がまともに反応できないのは、ゆかりの纏った威圧感に気圧されたからであって、そんなものを纏っている自覚のない本人に、それを察する術はなかった。
妙な沈黙が二人の間にしばし横たわったところで、少しずつ我に返りつつある少年が、恐る恐る口を開く。
「そ、その……えと、アーマードファイタークレナイとプリティーウィッチ・フローラルのコラボがですね……」
少年は目の前の美人のメイドの様子を窺いながら探り探り慎重に声を発した。
だというのに、ゆかりは突如と大声を張り上げた。
「なんですって!」
それは少年に対してではなく、通信を通じて知りえた穂乃香の居場所が男子トイレらしいという情報に対しての言葉だったのだが、当然ながらそれを知る由はない。
ほぼ反射的に蹲りつつ「ごめんなさい」を連呼してしまった少年は、哀れな被害者だった。
しかし、普段ならともかく、通信機経由で伝わる穂乃香のいる個室を叩いているらしい不快な打撃音を耳にしたゆかりに、気遣う余裕などない。
少年に一言すら声をかけることなく、音のない走りでゆかりはその場から掻き消えるように移動を開始した。




