156 幼女、踏み出す
フワフワの白ワンピが、その体のラインを示すようにピタリと穂乃香の体に張り付いた直後、ベルトを中心に黒い塊が上半身、下半身とそれぞれに向かい穂乃香の体を覆いつくす。
直後、穂乃香の体を覆いつくした黒い波は、薄いにもかかわらずまるで透けない黒一色のウェットスーツのようなものへと変化した。
そこへ、ベルトから黒に続いて、赤よりもやや暗い紅の波が巻き起こる。
紅の波は全身を覆い、そして、過ぎ去っていった。
そして、再び顔を出した黒いスーツを保護するように、胸元、肩、ひじ、腕、膝、足首とプロテクターの役割も務めるのであろう銀色に輝く金属質の装甲が出現している。
更に頭部にも穂乃香の顔を覆い隠す銀色のマスクが出現し、その目の位置には大きな目を象った紅が光り輝いていた。
「ふぅ……」
ベルトの発光が終わったことで、変身が終了したことを認識した穂乃香は、早速とばかりに変身に使った赤い球をバックルから取り外すと、腰のベルトに下げられているポーチ上の入れ物に収め、かわりに無色透明で同サイズの球を取り出す。
躊躇いも見せずに、バックルに取り出したばかりの透明な球を収めると、穂乃香は素早く言い放った。
『ミラージュシステム起動!!』
マスク越しの少し曇った穂乃香の声が響いた直後、ロケ車の中には誰の姿もなくなってしまう。
穂乃香によるシステムが正常に動作した瞬間だった。
それを目撃したのは、本当にたまたまである。
アニメ・特撮研究会という部活に所属している以上、撮影に興味がないわけでなかった少年は、しかし、今回の作品が女子向けの作品である『プリティーウィッチ・フローラル』であったがために、女子部員と連れ立って撮影現場に赴くのに抵抗があり、一人学園の敷地内を歩き回り、独自に撮影隊の裏側を見学するつもりだった。
しかし、そこで少年は妙なロケ車を見つける。
撮影スタッフの使っているであろう機材運搬車や、千穂たち演者をのせたであろうロケバスとは、同じ駐車スペースに置かれているのに、距離を置いて停車しているそれは、特撮マニアの少年に興味を大いに引いた。
そして、周囲を警戒しながらもそろりそろりと近づいたところで、異変が起こる。
目の前のロケ車の窓から強烈な赤い光が漏れたのだ。
普通であればその異常事態に驚いてしまうだろう。
いや、実際に少年も驚いたのだ。
驚いたのだが、それは少年の興味を最高潮に高める方で作用する。
何しろ、少年が見たのは大好きな特撮ドラマ『アーマードファイター・クレナイ』で、主人公クレナイの変身時に放たれる光の演出にそっくりだったのだ。
それも通常の変身バンクが流れるパターンではなく、変身バンクを挟まずに次のシーンで変身した姿で登場する際の数少ないレア演出である。
直後、少年の脳裏には、同じ特撮物であるプリッチとクレナイのコラボCMが、瞬時に制作され流れていた。
「うお、そうなのか、そういうことなのか?」
興奮しながら周囲への視線を忘れない。
何しろ、目にしたものが撮影されている可能性があるのだ。
極秘裏の撮影に自分が見切れでもしたら、作品制作にとんでもない遅延を及ぼすかもしれない。
マニアだからこそ、そんなことは許されないと、少年はスタッフの姿を探すが、しかし、その気配はそこにもなかった。
慌てて空を見上げても、ヘリコプターはおろか、ドローンすら飛んでいない。
そんな状況に、目にした光景が何だったのかと首をかしげ始めた少年の前で状況が動いた。
注目していたロケ車のドアが開き始める。
直後、あれほど撮影に配慮していた筈の少年は真相を確かめたいという衝動に押されて、無意識にロケ車に駆け寄っていた。
しかし、少年の期待に反して、ロケ車のドアはゆっくりと閉ざされていく。
近寄ってくる自分に気付いて慌てて締めたのかもしれないと思った少年だったが、しかし、その目は目撃していた。
角度的にうまい具合に車内を見渡せる位置にいたお蔭で、少年はしっかりと車内に誰もいないことを目撃する。
「へ?」
思わず間の抜けた声を出して固まった少年の鼻を、わずかに柔らかなミルクのような香りがかすめていった。
「ふぅーーーびっくりしたぁ」
校舎の壁に背を押し付けた穂乃香は、ちらりと自分が乗っていたロケ車を振り返りながら息を吐き出した。
実験の為にいざ車を降りようとした直後、自らに向かってくる制服姿の少年に、穂乃香は身構えたのだが、そこで自らのミラージュシステムの完成度を実感する。
確実にロケ車と少年の間に穂乃香は立っていたのに、しかし、少年が自分に視線を向けることはなかった。
不意に『え?』と声を漏らした時には、全身から一気に汗が噴き出した穂乃香だったが、クレナイスーツは着ているのでどうにか誤魔化せるだろうとドキドキと暴れる心臓をなだめたのだが、勇気を振り絞って歩み寄っても少年は動かない。
折角なので、いたずら心の示すままに至近を歩いたのだが、少年はロケ車を見つめたまま、穂乃香に視線を向けることはなかった。
結果として実験の第一段階が成功したことと確信した穂乃香はほくそ笑む。
そして、冷や汗の後の成功という体験は、穂乃香のリミッターをいくつも破壊し、その行動を大胆なものへと誘うのだった。




