153 幼女、提案される
普段は自信に満ち溢れて見える穂乃香の縋るような声に、茉莉は安心させるためにできうる限り優しい声色を意識して語り掛けた。
「大丈夫、私の調べた限りでは、それ以外に写真は出回ってなかったから……」
『…………うん』
どこか不安げに響く穂乃香の声に、茉莉はチクリと胸が痛むのを感じながら、抱きしめてあげられない距離にもどかしさを覚える。
が、それならばと、なるべく安心を与えられるように、気遣う思いを込めて言葉を続けた。
「画像を出した人は可哀想だけど、コメントには合成でしょうってツッコミが多かったし、本当に飛んでる女の子がいるなんて思われていないみたいだから、大丈夫だよ」
『……うん』
穂乃香の不安そうな返事に、茉莉はさらに声を柔らかくする。
「そもそも、写ってるのはサイネリアなんだから、イコール穂乃香ちゃんにはならないよ」
『う、うん』
あの手この手で言葉を掛けたお蔭で、多少は反応が良くなったが、それでも穂乃香の反応はいつもの明るさまでには届いていなかった。
ゆえに、茉莉は話の方向性を完全に切り替える。
「まあ、過ぎてしまったことは、どうしようもないから、問題が起きる度に対処するとして、まずは今後の対策を考えましょう?」
急に話の流れを変えたせいか、穂乃香からの最初の反応は無言だった。
自分が招いた沈黙が、茉莉の気持ちを急かす。
衝動に駆られてさらに言葉を口にしようとした茉莉よりも早く、受話器越しの穂乃香の声が響いた。
『今後の対策?』
はっきりとした口調で聞き返してきた穂乃香の言葉に、茉莉は空気が変わったことを感じて、やや前のめりに応える。
「そう、今後の対策!」
『……どういう、ことですか?』
声の変調で穂乃香が慎重になったことを感じ取って、茉莉は自分の気が急いていたことに思い至った。
そこで、茉莉はわずかに間を開けてから、今一度丁寧に言葉を紡ぐ。
「穂乃香ちゃんは、色々考えていると思うの」
『……えーと、はい?』
「でも、何かあればすぐに飛び出して行ってしまうでしょ?」
『うっ』
茉莉の指摘に、受話器の向こうで、明らかに身に覚えのある穂乃香が言葉を詰まらせた。
「だから、次の機会に撮影されないための方策を立てましょうってこと」
茉莉の提案は、現状の撮影されていたという問題の解決策にはなっていない。
が、穂乃香の視線をそらして、無意味な苦悩を継続させないためには有効だった。
元々、一人悩むことの多かった茉莉ゆえの対処法ともいえる。
『撮影されないための方策ですか?』
どこか落ち込んだ様子で尋ねてきた穂乃香に、茉莉は「そう」と同意を示した。
それから、コホンと咳払いをして、茉莉なりの結論を口にする。
「ずばり、光学迷彩よ!」
『こうがくめいさい!?』
穂乃香のオウム返しに、したり顔で「そうよ!」と言いきった茉莉は笑みを浮かべる。
だが、それが崩れるまでに要した時間はわずかだった。
『……って、なんですか?』
「…………」
穂乃香と茉莉の電話を当然のことながらチェックしている者たちがいた。
榊原家に組織されている穂乃香護衛隊である。
「今、光学迷彩とか言ってましたよね……」
だいぶ疲れた表情で、副長であるエリーがこめかみに手を当てた。
「……考え方よ。穂乃香お嬢様が撮影されでもしたら、そちらの方が大問題になるわ」
ゆかりも笑顔を引きつらせつつも、冷静に光学迷彩が成功した場合と、現状を継続した場合の問題をはかりにかけて、そう結論付ける。
「茉莉さんの穂乃香お嬢様に対する分析はかなり的を射ているわ……穂乃香お嬢様の性格を考えれば、何かあれば自ら助けに行ってしまうのは、みどりさんの件と合わせても間違いないでしょう……今後同様のケースでも、やはり動かれるでしょうね」
ゆかりの言葉に、エリーも頷くしかなかった。
これまでメイドとしても護衛隊としても見てきた穂乃香は、ともかくも他人に優しい。
友人であるみどりや奈菜だけでなく、その家族やはては榊原家の使用人に対しても、年齢にそぐわないほどの気遣いを日々見せていた。
それをもとに考えれば、穂乃香が窮地の人に手を差し伸べるのは当たり前であるし、それを成せるだけの能力を持っているのは間違いない。
となれば、次があるのは百パーセントを越えそうな確率で確定しているようなものだった。
ゆえに、ゆかりは光学迷彩で直接穂乃香を追えなくなる可能性よりも、穂乃香の秘密が知れ渡ってしまうことの方が問題だと判断する。
「穂乃香様が光学迷彩で姿を消したとしても、追えるだけの装備、ノウハウを確立すればいい」
「……そうね」
ゆかりの言葉に疲れ切った顔でエリーは同意した。
だが、二人の口元、いや、護衛隊全員の口元には挑戦的な笑みが浮かんでいる。
「護衛を退屈させないなんて、最高に素敵なご主人様だと思わない?」
そう部隊長に発破をかけられて、否を口にするメンバーなどいないのだ。
だからこそ、全員の返事がたった一つの言葉に収斂する。
「「「はい!」」」
総員が声をそろえ、そして同時にそれぞれが穂乃香が今後引き起こすであろうトンデモ事態への対策を思案し始めた。




