149 幼女、侵入先から帰宅する
「じゃあ、気を付けてね」
「うん、またね、茉莉お姉ちゃん」
挨拶を交わす穂乃香と茉莉は、自然と距離が詰まったことを示すように抱き合ってから体を離した。
続いて、茉莉はもう姿が見えなくなってしまっているユラたちに声を掛ける。
「ユラさん、アオちゃん、ミツキちゃん、クロカちゃんも、またね」
「いや、もう、今更……」
挨拶をした直後に、穂乃香の口から零れた言葉が理解できずに、茉莉は首をかしげる。
「どうしたの?」
茉莉にそう尋ねられて、穂乃香は素直に起こった出来事を伝えることにした。
「蜜黄と黒華が、自分の名前がバレてますって騒いでて……」
「あー、そう言えば、最初、あだ名みたいなの名乗ってたっけ」
顎に指をあてて記憶を思い返す茉莉に、穂乃香は少し逡巡している様子を見せる。
それから、意思を固めた穂乃香は大きく頷くと、大きな瞳を茉莉に向けた。
「茉莉お姉ちゃんには教えておくけど……」
穂乃香の口から放たれた言葉の切り出し方に、茉莉は何か重要なことなのだろうと察して身を正す。
そんな茉莉の反応を受けて、穂乃香は理解に嬉しいものを感じつつ続きを口にした。
「蜜黄と黒華って名前は、真名って言ってね、その名を呼びながらあの子たちに言葉を掛けると、命令になってしまうことがあるの」
「そ、れ、は……気を付けなきゃだね」
表情を引きつらせつつも、誠意のある答えを示した茉莉に穂乃香は困り顔で頭を下げる。
「なんか、いろいろ、ごめんなさい」
しおらしい穂乃香に、茉莉は「いいよいいよ」と気にしないでアピールをして見せた。
「むしろ、穂乃香ちゃんの秘密をいっぱい共有出来て、ちょっと嬉しいんだ」
「嬉しい?」
不思議そうに首を傾げた穂乃香に、茉莉は目いっぱいの笑顔で頷く。
「さっきも言ったじゃない、穂乃香ちゃん、びっくり箱みたいって……それって、私にとってはドキドキやワクワクがいっぱい詰まってるって意味だから、とっても素敵なものってことなの」
いつも大人びた空気を纏う茉莉には珍しい子供らしい無邪気な笑みに、穂乃香は思わず照れてはにかんでしまった。
それほど、見る者の心を弾ませてくれる素敵な笑みを浮かべた茉莉は優しく穂乃香の頭を撫でる。
だが、茉莉のやさしさや輝く笑みを見ることで、穂乃香の意識はその対極の影に向かってしまった。
「……でも、怖い思いもさせちゃったから……」
消え入りそうなほど小さな声で、目に移る茉莉の姿は無理して紡ぎ出したものなのじゃないかと暗に指摘する穂乃香に、茉莉は呆れた様子で言葉を返す。
「はぁ、何言ってるの? そこから助けてくれたのが穂乃香ちゃんでしょ?」
今度はワシワシと少し手荒に穂乃香の頭を撫でまわしながら茉莉は言い切った。
「今すごく気持ちが晴れやかだから、私は笑ってるの。確かに私は隠し事が多い方だけど、心から笑えないわけじゃないんだから、見くびらないでよね」
「う、うん」
「それから……」
穂乃香の頭から手を離した茉莉は、ビシッとその鼻先に指を突きつける。
「これからもこういう出来事があったら、穂乃香ちゃんを頼るから!」
「え、あ、うん」
聞きようによっては穂乃香を利用するとも取れる宣言だったが、しかし、そこに嫌悪感はなかった。
そして、その理由を続く言葉に穂乃香は察して笑みを浮かべる。
「だから、何かあったら、私を頼ってくれていいんだからね。穂乃香ちゃんが助けてくれた分をちゃんと恩返ししないと、私が気持ち悪いから、ちゃんと協力させてね? 今、穂乃香ちゃんの魔法のことを知っていて、穂乃香ちゃんよりお姉さんなのは私だけでしょう?」
言いきったところで、頬を赤くした茉莉はつぅっと穂乃香から視線を外した。
その態度に吹き出しそうになるのを堪えて、穂乃香は来た時と同じ様に自らの体を風へと変えていく。
「じゃあ、またスタジオでね、茉莉お姉ちゃん」
「うん、今日は本当にありがとう、穂乃香ちゃん」
最後の挨拶を交わし合ったところで、タイミングよく穂乃香の姿が消え去った。
残された茉莉は「ははは」と乾いた笑みをこぼしてから踵を返す。
「よし、寝よう」
わずかな時間に起きた出来事の濃厚さに、若干ふらつきながら茉莉は、自室へと歩み出した。
が、ベッドに横たわり大分時間が経過した頃、ガバリと体を起こした茉莉は大きなため息を漏らす。
「魔法ってすごいわ……全然寝れない」
目覚ましの為に放たれた穂乃香の魔法の残り香に包まれた部屋では寝ようにも寝れず、茉莉はそのまま動揺のあまり散らかした部屋の片づけに一晩を割くこととなった。
『主殿、嬉しそうだの』
高速で飛翔する穂乃香の耳元でユラが囁く。
対して、自覚のある穂乃香は「うん」とだけ短く答えた。
それだけで、主の気持ちの弾み具合がわかるというものだが、続く穂乃香の声にユラは目を見開くこととなる。
「うあっ」
出てきた時よりも、明るい榊原家の屋敷とその周囲を動き回る見慣れたメイド服姿やスーツ姿の人影に、穂乃香は顔を引きつらせていた。
「ね、ねぇ、ユラ?」
穂乃香は大分テンパりながら、傍らにいるはずのユラに声を掛けるが、反応はなく視線を向ければ姿もない。
「ま、まさか、逃げた!?」
愕然とする穂乃香は足の下の光景に動揺しつつも、可能性はとてつもなく低いとは思いつつも、自分が抜けだしたのがバレたわけではないと仮定……いや、自分に言い聞かせて魔法のステッキを振るった。




