147 幼女、紐解く
「私が聞きたいのは、また、同じことが起きるのかどうか」
真剣な顔で尋ねる茉莉は、誰が答えをくれてもいいように、注意深く全員の間で視線を動かす。
そのあまりに真剣な態度に、茉莉が千穂をはじめとする共演者やスタッフを思っているのだと察した穂乃香は、静かに答えを示すように名を呼んだ。
「……ユラ」
主である穂乃香に促されたユラは一度頷くと、茉莉が緊急事態だったために、中途半端に終わっていた情報を、改めて語りだす。
「まず、最初に言わねばならぬのは、本来の『凝』が、茉莉殿が体感したような、物体に影響を与えるほどの力を得ることは、ごくまれな事なのじゃ」
穂乃香と茉莉が共に頷いたのを確認して、ユラは先を続けた。
「そもそも『凝』とは、澱んだ思念の塊に過ぎず、物体よりも、精神に影響を与えるモノでの。感覚的に言えば、近づきたくないだとか、雰囲気が悪い場所と認知させる程度の影響力しかないのが普通なのじゃ」
ユラの説明に頷きつつ、茉莉がそう言えばと口を挟む。
「確かに、あのスタジオ、空気が悪いとか、不気味とか言われてました」
「そのような印象を抱かれるようになれば、普通は自然と人は距離を取るであろう? 我がヒトであった頃も、そう言った場所は危ないので近づくなと大人たちがよく言っていたものじゃ」
するりと語られたユラの元ヒト発言に、茉莉は驚く素振りを見せるが、語っている本人は気づかなかったようで、そのまま話を続けた。
「つまりは、自然と人払いができるモノなのじゃが、あそこには……」
「撮影スタジオが立ってしまった」
穂乃香がユラの発言を引き継ぐと、今度は青葉がさらに後に続く。
「あそこにあの建物が出来てから、人が多く集まるようになり、あの『凝』は徐々に大きくなったと思います」
真剣な顔で、自分が見てきたものを思い出しながら青葉は語り、蜜黄、黒華も同意した。
「確かに、あれが出来てからおっきくなるのが早くなったでし!」
「黒華もみたのれすっ」
あっさりと真名を口走った黒華にユラが表情を引きつらせるが、茉莉はそこに気付かなかったようで、困り顔で、スタジオの使用者に関しての見解を口にする。
「撮影スタジオは無茶なスケジュールで仕事をこなさなければいけないことも多いですし、事故などもありますからねー。まあ、今でこそだいぶ改善されたってあおいさんが言ってましたけど……」
茉莉が語尾を濁すのは、確かに安全面の配慮や法令順守などによる改善はあるものの、未だに多少の無茶や無理をしているスタッフも皆無ではないのを知っているからだ。
良い作品を作るために、あおいも徹夜をすることがあるし、大道具や小道具といった演出に係わるチームにも、完成度優先の職人気質は根強く存在している。
その素晴らしさも知る茉莉からすると、否定する気持ちばかりではなかった。
穂乃香はそんな茉莉の気持ちを汲んだわけではなかったが、別の目線を加える。
「撮影スタジオは、華々しい演劇の世界の表裏も影響していると思う」
主の発言ということもあり、自然とユラたちの目線が穂乃香へと向かった。
最後に茉莉が苦いものを噛みしめたような表情で穂乃香を見る。
穂乃香は茉莉の感情をなんとなく察しながらも、あえて、一般論ですよという体で語りだした。
「演劇の世界では、注目を浴びて輝く演者の影に沈んでいく人たちもいる……その人たちの羨望の念も影響していると思うの」
羨望の陰にある嫉妬の念に心当たりのある茉莉は更に表情を歪める。
一方で、穂乃香は笑みを消し、真顔を作りつつあえて茉莉から視線を外した。
心を読まなくても、それを自ら言い放つことで、茉莉が悪感情を抱くなら自分に向くように穂乃香は意図したのだと理解したユラは、主の難儀な性格に胸の内で溜息と尊敬を同時に抱く。
ゆえにユラは流してしまうのが吉だと、多少強引に会話を進めた。
「ともかくじゃ、あのスタジオは様々な要因から『凝』を育みやすい環境だったわけじゃ」
語尾を若干強めに強調したことで、穂乃香も茉莉も自然と視線をユラに向ける。
そのタイミングで、ことさら明るい声で、ユラは「あー」とあからさまな方向転換を示唆した。
「しかしだの、悪い事だけではないのだの」
若干わざとらしい口振りではあるが、ユラはそう言いながら青葉を見る。
「ヒトが集まるということは、陽の気が集まるという事、それ即ち、青……たち精が生まれやすいという事でもあるのじゃ」
思わず青葉の真名を言いかけて、どうにか押し留まったユラはそのまま強引に結論へと駆けこんだ。
後を託すべく、多少の不安を感じつつ、青葉に続きを任せるとばかりに頷いて見せれば、返事として頷きが返ってくる。
「そうです。私が生まれることができたのは、あそこにあの建物が出来たからなんです。人々の陽の気から、私は生まれることができたのです」
青葉はそう言って誇るように胸に手を置いて訴えた。
「蜜黄もあの辺に芝居小屋ができたおかげでうまれたのでしっ!」
「黒華は、蜜黄や青葉が生まれてくれて嬉しいのれす! 姫しゃまにもお会いできたのれす!」
嬉しそうに穂乃香に抱き付く蜜黄と黒華に、遠慮がちに羨ましそうな目を向ける青葉、傍目には幼女四人の仲睦まじい姿はほのぼのとして映る。
当然茉莉もつられて笑みを浮かべるのだが、もうすでに蜜黄と黒華が真名を連呼してしまっていることに、更には自分も口走りかけたことに、ユラは一人頭を抱えた。




