146 幼女、翻弄される
「茉莉お姉ちゃん」
穂乃香は深い感謝の言葉に、もらい泣きを仕掛けるも、茉莉はそれを許さなかった。
「それにしても、千穂が夢中になるのがわかるなぁ……私も穂乃香ちゃんはすごい子だなって思ってたけど……びっくり箱みたいだよね」
ふふふと笑う茉莉は、するすると丸テーブルを回り込んで穂乃香に近づくと、間をおかずに抱き付いてくる。
「へ、え、うわぁ~」
茉莉の行動を予想していなかった穂乃香は、逃げ出しも回避もできず、なし崩し的にカーペットへと転がり、茉莉に抱きしめられてしまった。
「ま、茉莉お姉ちゃん」
仰向けに転がる穂乃香は胸の上に茉莉の頭の重みを感じて、動揺を多分に含んだ声を絞り出す。
ずっしりと胸にのしかかる茉莉の体の重さに、押しのけようと手に力を込めた穂乃香だったが、その力を途中で緩めた。
押し返そうと触れた茉莉の方から伝わる震えに、穂乃香は茉莉を突き放すことができない。
多少苦しいのは我慢しようと、声を殺して泣く茉莉を穂乃香は受け入れた。
「ユラじゃ」
「アオです」
「キでしっ!」
「クロなのれす」
ようやく落ち着いて対面するように座った茉莉の目前には、穂乃香の左手に年上の着物を纏った女性ユラ、穂乃香と同じ年頃の青い袴の少女アオこと青葉、更に穂乃香のベッドの後ろに、アオと同じ年頃の黄色い袴のキこと蜜黄、黒い袴のクロこと黒華がぞろりと姿を見せ、次々と頭を下げ、真名ではなく俗称を名乗った。
「え、えーと……なにこれ、じゃなかった、この人たち」
表情を引きつらせて尋ねてくる茉莉に、穂乃香はうーんと首をひねる。
「精霊? 妖精? なんだろう、精神生命体?」
「え、説明できないの!?」
穂乃香の反応に驚いた様子で目を丸くした茉莉に、ユラが僭越ながらと口を挟んだ。
「我らは、さまざまに呼ばれる他、我らもそれぞれ微妙に生まれが違うゆえ、主殿が説明できないのも無理のない事なのじゃ」
「そ、そうなんですね」
凛と通るユラの説明は有無を言わせず納得させるだけの圧がある。
「うむ、いずれにせよ、間違いないのは、この穂乃香様が我らの主殿という事じゃな」
少し自慢げに胸を反らせたユラに続いて、青葉が「はい、その通りです」と頷いて追従した。
「我らの姫でし」
「姫しゃまなのれすっ!」
蜜黄も黒華も、フンスと鼻息を荒くしながら、そうだそうだと頷いていると、茉莉が「ぷっ」と噴き出す。
そのままコロコロと笑ったところで、茉莉は目の端に浮いた涙を指の背で拭いながら「穂乃香ちゃんはいろんなヒトに愛されてるんだね」と微笑んだ。
その後で、穂乃香をじっと見つめてから「さすが姫様です」と、茉莉はまっすぐな視線を向けて平然と言い放つ。
が、言われた穂乃香はその言葉のくすぐったさと、茉莉の真剣な表情に、ボッと音がしそうな勢いで顔中を真っ赤に染めた。
「あら、あら~~」
からかうような口振りで、テーブルに両手をついて顔を近づけてきた茉莉に顔を覗きこまれて、穂乃香は思わず顔を隠すように両手で顔を覆う。
「ちょ・・ちょっと、茉莉お姉ちゃん、なんだか恥ずかしいから、やめて!」
「うん、わかった」
あっさりと言い放って体を離す茉莉に、顔を覆う手を下ろしながら、呆然とした顔を穂乃香は見せた。
「ん? なに? もうちょっと姫様って言って欲しかった?」
茉莉にからかわれて、穂乃香は顔をまたも赤く染めて「違うよ!」と訴える。
その反応に、茉莉は額に手を当てながら「クルミや彩花、ゆかりさんの気持ちもわかるかも……」と呟いた。
「それじゃあ、私は結構危なかったのね」
「うむ、主殿の到着が遅れれば、間違いなく手首を切っておったな」
改めて状況を聞き終えて深いため息をつく茉莉に、ユラはオブラートに包むことなく頷く。
穂乃香が慌てて「ちょっと」とユラを制するが、逆に茉莉が首を振って「いいの」と言ってそれを止めた。
「むしろ、穂乃香ちゃんの頑張りや私の状況をちゃんと聞けてよかったわ。まさか私のために、文字通り飛んできてくれるなんて、想像もしてなかったもの」
柔らかで爽やかな茉莉の笑顔は、思わず穂乃香が見惚れるほど美しい。
しかし、穂乃香が見惚れた笑顔は長くは続かなかった。
固めの表情で、茉莉がユラに視線を向ける。
「ところで、私の中に入り込んでたって言うあの黒いのは、もう……大丈夫なの、ですか?」
茉莉は外見的にも、おそらく精神的にも年上のユラに対する言葉遣いに引っかかりながら、今一番気になることを問うた。
すると、待ってましたとばかりに、ユラではなく蜜黄と黒華が嬉しそうに答える。
「姫は~ちゃんと『凝』を丸めて固めてたのでしっ!」
「姫様はしょれを火のじゅちゅで、燃やしたのれす!」
二人の言葉はなんとなく意味が分かるものの、確信を持つまでに至らない茉莉が視線を彷徨わせて、他の三人に助けを求めた。
姫という言葉に固まっている穂乃香、その主を微笑ましそうに眺めるユラ、答えを返してくれそうにない二人を素通りし、視線を向けると青葉が頷く。
「キとクロは、茉莉様の中に入り込んでいた私達が『凝』と呼ぶ黒い靄のようなものを完全隔離して、その上で火の術を使い焼却することで滅ぼしたと言っています」
「はあ、なるほど」
頷いた茉莉は、青葉に感謝するように頭を下げてから、バッと顔を上げた。
「違う違う、私の聞きたいのはそこじゃないよ!」




