139 幼女、真相を考察する
『あの土地にはかつて沼があったようだの。今はあの撮影場所を建てるために埋められたようだがの』
穂乃香が「それって……」と首をかしげる。
ユラは穂乃香の反応を当然のものと受け止めるように軽く頷いてから、説明をつぎ足した。
『同じ水場でも沼は、池と違って見通しのきかない水場ゆえに、澱ができやすいのだの』
穂乃香はユラの説明に頷きつつ、一つの疑問を返す。
「でも、埋められてしまっていたのなら、昔に沼があっても関係ないんじゃないの?」
目をぱちくりとさせながら、首を傾げる主に、ユラはゆっくりと左右に首を振って見せた。
『いや、問題なのは名前だの』
「名前?」
反射に近い速度で聞き返されたユラは、穂乃香に対して更に丁寧に説明を加える。
『あの土地の名前には、すでに沼とついておるからの。沼そのものが物理的に消滅していても、その特性は残る……というよりも、実際の沼が無くなっている分、念や霊力といった常ならざるものが溜まりやすいと言えるの』
「……なるほど……」
スタジオの土地がより『凝』が生じやすいと知って、深刻な表情を浮かべて頷いた穂乃香は、確認のために自身のうちでまとめた想定をユラに投げかけた。
「つまり、その環境によって溜まった『凝』があの黒い魔力の塊で、あのスタジオで事故を引き起こしていたのね」
『それは間違い無いの』
頷くユラに、穂乃香はさらに浮かんだ疑問を言葉にする。
「でも、事故を引き起こすほどの殺気も悪意もあの時感じはしなかったわ」
それは現場にいた穂乃香が自身の感覚に由来する断言だった。
人に危害を加えようとすれば、自然と漏れ出してしまう悪意のようなものを感じなかったがゆえに、穂乃香は大して警戒しなかったのである。
それゆえに、ユラからの言葉は、穂乃香の意識を変えるに十分な衝撃を含んでいた。
『それが『凝』の厄介で危険なところだの。アレは一人の執念や怨念ではなく複数のヒトの念が積み重なったモノゆえ、自らの意思のようなものは存在しないがの……一方で陰気……悪意や害意などに強く反応して、現象を引き起こすのだの』
「それが、気配を感じない理由ね」
『左様』
ユラの同意に、穂乃香は真剣な表情で問う。
「つまり、あのスタジオの中に、千穂お姉ちゃんたちに殺意を……」
『それは少し違うの』
言いたくなかった言葉を遮られたことで、わずかに安堵しながらも、穂乃香はユラの否定の仕方に不思議そうに首をかしげた。
「どういうこと?」
『ほんのわずかな嫉妬でも『凝』にとっての後押しになり、その方向に一気に崩れるように向かってしまうのだの』
穂乃香はユラの明かした事実の秘める危険性に一瞬言葉を失う。
「それじゃあ、強い恨みとかではなくて、わずかに羨ましいと思う人がいただけで……」
『あの事故は引き起こされた可能性があるの』
「……じゃあ、それが事故の真相ということね」
『うむ。さらに、今回の『凝』は非常に厄介なことに、事故を引き起こせるほどの域に達しているということだの』
新たにもたらされたユラの情報に、穂乃香の警戒が増した。
「つまり?」
穂乃香はユラに消え入りそうなほど小さな声で言葉の続きを促す。
ユラは一度穂乃香の覚悟を覗き見た上で、口を開いた。
『悪意や怨念の塊である『凝』は、ヒトに影響を与える……が、それは気配といった程度なのが普通だの』
「うん」
『さらに怨念が積もれば、ヒトの心を病ませるほどになり……そして……』
「今回は、モノを動かせるほどになった……と」
『そういうことだの』
穂乃香のかつての世界にも、霊的な生物が、生まれたては周囲の空気を澱ますだけだが、徐々に人をはじめとする生物の精神に悪影響を与え始め、やがて物理的な影響を与えるようになるという事象が存在していただけに、理解は早い。
当然、その危険性も穂乃香は理解していた。
それゆえに、至極慎重に穂乃香はユラに確認する。
「だいぶ育った『凝』が人の中に潜り込んでるってことよね」
『……そういうことになるの』
想像通りともいえるユラの答えを受けて、穂乃香はかつての知識を交えて先を予測して、独り言のように呟いた。
「当然、潜り込まれた人間にも影響はある……よね」
穂乃香としては問うたつもりではなかったが、ユラは少し間を開けてから『だの』と静かに頷く。
ユラからの返答に、ぎゅっと目をつぶって俯いた穂乃香は、言葉にするのをためらいつつもどうにか声を絞り出した。
「……事態はものすごく深刻ってことね」
主の苦悩する様子に表情をわずかに歪めつつも、ユラは従者としての務めに従い、穂乃香の言葉にまっすぐに答える。
『……少なくとも入り込まれてる人間は危険だの。生き物は『陽』の気を持つものだがの。入り込んだ『凝』は『陰』の気の塊、そして『陰』の気とは言わば死者の気ゆえに……』
あえて語尾を濁すユラに対して、わかっていると頷きながら「死に引きずられかねないってことね」と穂乃香はとても小さな声を零した。




